これが戦争だ 公演情報 劇団俳小「これが戦争だ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

     今作はアフガニスタンに派遣されたカナダ兵士の戦場に於ける行為に対するジャーナリストの質問に対して返答する各兵士の返答内容を再現する形で話が展開する。舞台美術は極めてシンプルで板中央に出捌けにも用いる空間を開け、その両側に大きな衝立を1つづつ置いた抽象的で無駄の無い内容。作品内容に集中させる為に最も効果的な舞台美術となっている。また、出演俳優4名はそれぞれの役を生きるべく奮闘していることが伝わってくる演技で好感を持った。(追記2023.7.26、それにしても、今作のような作品が書かれ、上演されるカナダという国の文化レベル、社会の懐の深さ、自由度には称賛すべきものがあるように思われる。自分の直接の友人、知人を含めたカナダ国籍者との付き合いを通じても良く感じることではあるのだが)
     一応下らない誤解を防ぐ為に書いておくが、パシュトゥーンワーリーなどに触れたからといって自分がターリバーンの女性政策に賛意を表明している訳ではない。ただ、対話する他に合理的な解決法は無いと考えるから、話の持っていきよう迄考えて掛からないといけないのではないか? ということである。

    ネタバレBOX

     登場人物は4名、唯一の女性兵士・ターニャ伍長、責任感が強く部下思いの軍曹・スティーブンは故国に妻を持つが妻は浮気中、自身は看護婦ともターニャとも肉体関係を持った。一方、現地の下士官らしく独学でパシュトゥーン語を勉強してもいる。軍医・クリス。彼は通常の診察以外に兵士たちの心理的ケアも担当しているが、軍というものが戦闘を基本に構築されている組織である以上これは自然な分担ということになろう。当然、総てが剥き出しになる戦場体験の中で性の問題は極めて執拗で深刻な問題であるが、男性中心の軍隊で彼もホモセクシュアルである、脚本家が彼のキャラをそのように設定していることでLGBTQの問題も可視化されていることになる。そして新兵・ジョニー20歳はターニャに夢中の4名。証言される事象が起こった時期は9.11以降のターリバーン勢力排除の時期を経て再び西側に支えられて漸く成立している傀儡政権に反発したターリバーン復活以降のアフガニスタンの前線、パンジェイ。西側バックアップでかろうじて成立している傀儡政権の国家治安部門と国際治安支援部隊(IFSA)が共闘する直前から共闘し始めた頃の前線。カナダ兵は着任初日に兵士1名が死亡する攻撃を受けた為、この任地を亡くなった兵士の名で呼ぶようになっていた。各証人が各々の記憶を頼りに往時の自らの体験を、記憶を元に再現する内容が戯曲化されているが、アタックを掛ける前日の模様を各々が語る共有シーンもあるので、その証言者毎に若干の違いがある点などを観客自身はどう解釈するか? も問われている。(例えばヘルメットを着けている・いないや、ほんの僅かな動作・所作の差などで各人の記憶の相違等も表現されていると取るか、或いはそういった小道具を袖から手渡すだけの裏方の手配が時間やスタッフ人数の関係でできなかったと取るかで観客の読みの深さそのものが観劇後反復する思考の中で試される。この演出がグーと筆者は判断した)つまり前者の場合、命の懸かる前線で兵士、軍医を含めて個々の人間が味わっている部隊のミッションでは必ず複数で対応している最中にとてつもなく孤独・孤立感を味わっている兵士たち個々の人間という生き物の深さも描かれていると見る観客が出てくる点が良かろうと自分は思うのである。
     物語に出てくる基本的なシーンは、ジョニーとターニャの淡い恋のシーン(ジョニーはマジだが、ターニャは距離を置いている)、ターニャの証言の中に彼女がもう1人と共に歩哨に立っていた時、アフガニスタンの民間人と思われる大人2人が一人の腹を裂かれ血みどろの子供を抱きかかえて陣地に近づいてきた話がある。自爆とは考え難いが可能性零とは判断しかねぬ2人、制止する為に英語で呼び掛けるが彼らには言葉が通じない、そのまま進んでくる。あわや彼らを殺害しそうな時、スコープで詳細を観察していた歩哨の相棒がスコープに見える模様を逐一ターニャに伝えた。以前、5歳の女児を心ならずも射殺してしまったことを気にしているターニャは助けを求めてやってきたと合点し軍の携帯を用い緊急に救援ヘリを要請した。然し答えはノー、というよりヘリは軍負傷者の為に用意されていると電話を切られてしまった。話の続きは、ターニャが相棒の制止も聞かずもう1度、ヘリ派
    遣を要請し2度目は認められたこと。その直後、ジョニー達が塹壕の中で戦っている最中に少年兵がスーサイドボンビングを決行、結果的には死ぬことになった家族思いで26歳の兵士が瀕死の重傷を負い、その救援を頼んだ軍曹の緊急連絡にも拘わらずヘリ到着に1時間も掛かったこと、それ故、緊急オペも死んだ兵士は受けられなかったことなどが語られるが、ジョニーもこの時重症を負い障碍者となった。4人の証言に共通していたのが先に述べた、明日は敵との初の戦い前夜のことであった。
     ところでターリバーン(*アラビア語は男性形、女性形があるので女性形は別な表記発音になる)という呼称の意味をどれだけの日本人が理解しているだろう? 今作を少しは現実的に解釈する為にこれは極めて重大な問題である。現在ターリバーンが復活を遂げていることにも今作を理解する為にも大きな関わりがあるからである。如何に諸外国が様々に圧力を掛けようが、ある国や大きな地域で実権を獲得し、握り続ける為には権力者は住民の支持を不可欠の要素とする。少し話が逸れた。ターリバーンとはアラビア語で学生を意味するターリブの複数形である。今回のケースでは「神学生」を意味するから複数形では「神学生達」とでも訳したら良いのかも知れぬ。これはフスハー(正則アラビア語で、所謂アーンミーヤではない)表現である。
     歴史の現実に即し密着して言えば単数形のターリブはソ連の軍事侵攻を受けたアフガニスタンで多くの子供が戦災孤児となった為、モスクが施設内で子供たちを育て教育を施した。モスク内の学校であるからクルアーンは必須である。その結果孤児たちの頼るべき精神的支柱が宗教的色彩を帯びるに至った。同じ頃、世界の政治はムスリムに対し偏見を持って対した。宗教的な思考を中心にアイデンティファイした元戦災孤児の中にムスリムフォビアに反発し過激な思想が目覚めるのは必然であったと言えよう。然も傀儡政権の中で大きな力を持った北部同盟のリーダーたちの殆どはマスードと僅かな例外を除き殆どが無頼の輩であり傀儡政権成立後も腐敗の温床を為していたから、都市部を除けば民衆から完全に離反していた。繰り返しになる部分があるが、もう一度振り返ってみよう。何故ターリバーンが生まれたのかだ。ソ連によるアフガニスタン侵攻によって多くの戦災孤児が生まれそうした戦災孤児の多くがムスリムの教会とも言えるモスクに引き取られ、付属の学校で教育を受け成長したからである。そういう環境の中で育った彼らの多くが、倫理的に可成り厳格でストイックな宗教観を持つに至ったことは自然であろう。そういった事情も価値観も分からず、唯自分たちの価値観だけを中心に判断する米英を中心とする西側諸国の根本的な過ちは、余りにも自己肯定的で他の価値観や論理ベースを認めようとしない傲慢で排他的な価値観を政治利用しつつ、実際には自分たちより軍事的に劣ると見做した他国や他政権を軍産学複合体の儲けと政治力で自由に操ろうとする勢力によって、西側諸国の国民の命をも費消しつつ実行されているのが現実の戦争の姿だということではないのか? 
     “戦争の初め、最初に殺されるのが真実である”との格言が正しいのはまさしくこの点を見事に隠蔽してしまうことを指摘しているからである。今作でもその辺りのことは、各兵士の証言の至るところに見て取れる。兵士たちは「アフガニスタン国家治安部隊の指揮官たちですらジュネーブ条約の内容を知らない」と非難するがそう述べる彼ら自身が前線でアフガニスタン民間人に、自分たちの前線基地に来ないよう制止する最も簡単な現地語や共通語すら知らない、教えられていないことに抗議しないどころか、抗議しようとの発想すら浮かんでいないように思われるが、もし“ストップ、引き返せ、来るな、それ以上近づけば殺す”などが言えるだけでターニャが僅か5歳の民間人少女を撃ち殺さずを得なくなり実際に殺害してしまったことで強く深く自らの精神を病んでしまうようなことには至らなかった可能性も高かろう、ということである。国際治安部隊を派遣していた主たる国々は世界でもトップクラスの経済力を誇る先進国でもあった、その豊かな先進国国民である兵士たちが国内で経済的弱者であるとしてもその程度の要求すらできないほど知的訓練が出来ていないということであれば、これは国家として非常に大きな問題でもあるハズ。遥かに貧しいアフガニスタンの人々がジュネーブ条約の諸協定を知らないことを非難する前に自国政府を批判するのが先だと自分は考える。何となれば、金銭流通が世界を席巻している以上、金銭的貧困は即ち命の値段がその分安くなるということである。貧しければそれだけで死は日常となるのである。この単純極まる事実の重みを我らは先ず理解しておかねばならぬ。また先進国の軍事的指導者たちはターリバーンの中核を担うパシュトゥーンの部族法であるパシュトゥーンワーリーを理解する程度のことは人権をことあげする以上最低限知っておかねばなるまい。そのような努力や外交努力も無く戦争を始め、最前線へ派遣する兵士への十分な教育も無しに平和だの正義だのと言えるのか? そのことを今作は訴えている。もう少し言っておくなら、カナダ部隊が死者1、重傷者1を出した戦闘後もターリバーンは、正確な銃撃と武器の扱いでカナダ軍を苦しめたが攻撃したターリバーンを1時間ほどで一掃したのはアフガニスタン国家治安部門であり、ターリバーンが利用していた地下通路内に水を導き入れ全員(確か167名、多くの少年兵を含む)を溺死させた。敵兵と雖も年輪もゆかぬ少年が襤褸の如く殺された事実、マスコミが注目しないハズはない。こういったことも含めて“これが戦争だ”なのである。

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    2023/07/25 13:41

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  • 皆さま
    ハンダラです、追記しておきました、ごご笑覧ください。

    2023/07/26 13:44

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