橋の上で 公演情報 タテヨコ企画「橋の上で」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    一人のジャーナリストが20年前に事故として処理された少女の死亡事件の再検証に踏み込むというストーリー。
    単なる「事故死」として片付けられたかつての事件を現在の角度から紐解く記者側のパートと、追憶のような手触りで当時の様子を再現する当事者側のパートを行き来する形で次第に真相が詳らかになっていきます。俳優は複数の役を演じ、時系列は交錯するも整理され、導線が敷かれた演出や俳優の技量、照明や美術の効果も手伝って、混乱することなく観ることができました。

    ネタバレBOX

    実際に起きてしまった事件を題材に、児童虐待や家庭内暴力やいじめ、シングルマザーの貧困や孤立といった緊喫に取り上げるべき現代の社会問題を個人のみのストーリーに終始させないところに本作の覚悟と意義、社会に対する姿勢を感じました。(暴力的描写があるということに関しては、世相を鑑みて事前にアナウンスがあった方がいいとは思いつつ…)

    権力からの圧力や揺れるジャーナリズム、社会の仕組みそのものの歪みを知らしめるような物語展開や演出が印象的だったことの一方で、主人公のこれまでの歩みに関するシーンがやや駆け足のダイジェスト風に見えた節や、記者たちがなぜその事件にこだわるのか、という部分がもう一歩深く描かれてほしいという気持ちもありました。そのことによって、事件やその背景にある社会がより鮮明に再検証されるのではないかとも思います。
    当日パンフレットに作家の青木柳葉魚さんのこんな言葉がありました。
    「当たり前のように一人一人に名前がある。誰かが何らかの思いを胸に名前をつけた。今、隣に座っている誰かにも名前があって、その名前をつけた人がいる。そう考えると隣の誰もが少しだけ特別な存在に感じる。誰もが名前のある人間だ。一人一人が」
    劇中でもこういった「個人の姿を見落とさず描きたい」という思いそのものには触れることができたのですが、それだけにもう少し景色として登場人物の表情を見てみたかったと思います。例えば、主人公・藤井あかりの一番好きな食べ物や好きな色を知りたい、記者の能瀬の記者ではない横顔を見てみたい、とそんなことを思いました。「社会問題を個人的問題に回収しないこと」と「個人が背負う日々や思いを描くこと」の両立は劇作の上で非常に難しいことだとは思いつつ、作家の思いの丈と力量に期待を込めて記させていただいた次第です。

    実際に起きた事件を下敷きにしていることもあり、血肉の通ったセリフやそれを腹の底に落とした上で絞り出すように体現する俳優陣の姿に心を揺すぶられる瞬間があっただけに、笑いを誘うシーンや歌詞の世界観の強い劇伴の多用はやや蛇足に感じる面もあったのですが、それも裏を返せば、俳優の技量含めエンタメに振らずとも十分成立しうる作品であった、という演劇そのものの強度の一つの証のようにも思います。

    制作面においてすごく有難いと感じたのは、安価での託児サービスデーがあったこと。「この題材だからこそ託児は手の届くものでなくてはならない」といった本作におけるカンパニーの一貫した哲学や思いに触れたような気がしました。子育て中の観客にとって、観劇はハードルが高く、社会や他者へ繋がる一つの窓口でもあるはずの劇場はまだまだ気軽に訪れられる場所ではありません。そんな中で、観劇アクセシビリティ向上の取り組みが作品そのものとしっかりと手を繋いでいたことは舞台芸術全体にとっても大きな意義を持っていると感じましたし、そのことによって、演劇が世の中へと発信するものは舞台上にのみあるものではない、ということを改めて知らされたような思いです。

    0

    2023/06/05 14:16

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大