橋の上で 公演情報 タテヨコ企画「橋の上で」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2023/03/08 (水)

    世間の耳目を集めた事件を総括し未来を見据える討論劇

     新型コロナウイルスの流行前から日本社会が直面してきた諸問題について、少し先の3年後の時点から先取りして観客に提起する意欲作である。

    ネタバレBOX

     2026年3月、地方新聞「北部新聞社」生活文化部の若手記者・能瀬美音(いまい彩乃)は、20年前に発生し全国的な注目を集めた「藤平町児童殺人事件」についての企画を提出する。デスクの宍倉勝雄(今村裕次郎)はくらしのニュース向きではないと取り合おうとしないが、偶然部を訪れ当時社会部で宍倉と一緒にこの事件を取材し苦い思い出を持つフリージャーナリストの潟上一穂(舘智子)の後押しを受け、能勢は事件のあらましと企画の意図を同僚たちに披露していく。

     2006年4月、33歳のシングルマザー藤井あかり(リサリーサ)は9歳の娘雫を橋の上で見失う。懸命の捜索もむなしく、翌日川の下流で雫の遺体が発見される。母の真由美(仲坪由紀子)や友人の山本直子(ミレナ)に支えられながらなんとか正気を保とうとしていたあかりだが、雫の事件後の行動について情報を募るビラを撒いたことを刑事に咎められ、地域住民からも奇異な目で見られてしまう。翌月に今度は藤井家と同じ団地に住み雫の友人でもあった7歳の男児・里村尊の遺体が見つかり、尊の両親は尊の失踪後の不可解な行動からあかりが犯人ではないかと疑念を抱くようになる。やがてこの事件は全国から注目を集め藤井家はマスコミの餌食となってしまう。

     男児殺害事件から3週間後に警察から任意同行を求められたあかりは長時間の取り調べのなかで尊の殺害を認め逮捕される。その後の裁判では検察側と弁護側双方による事件の検証やあかりの精神鑑定が行われ、その過程で明らかになるあかりのこれまでの来し方に我々観客は目を奪われる。学校でのいじめや父親の虐待と母親へのDV、予期せぬ妊娠と出産、奔放な男性遍歴、次第に錯乱していく精神状態、そして起こった悲劇……若手ジャーナリストが20年前に起きた事件を総括するなかで、シングルマザーの家庭が置かれた過酷な境遇や社会的包摂の欠如、マスメディアや警察、司法の問題など現代社会の諸問題をあぶり出していく。 

     本作は実際の事件に着想を得、関連文献にあたり劇化した労作である。虐待やDVの描写が含まれているため事前のアナウンスはあったほうがよかったようには思うが、2時間近く飽きさせずグイグイ引っ張っていく作・演出の青木柳葉魚の手腕は大したものである。ジャーナリストの議論劇として始まり、事件推理や裁判劇、そしてある女性の悲劇など、さまざまなジャンルに分類できそうな内容がひとつにまとまっていて感心した。

     俳優たちは自分の持ち役以外にもマスコミや地域住民、警察や教師など何役かを兼ね、舞台の上に複数の時系列を交錯させ厚みを持たせることに成功していた。特に恵まれない環境のなか奮闘する芯の強さと精神的な脆さを併せ持つあかりを演じたリサリーサや、ベテランジャーナリストと朴訥な精神鑑定医を演じ分けた舘智子の達者さ、能勢に他所の縄張りを踏み荒らすような企画を出す奴と難癖をつけた社会部デスクや、警察発表に楯突いたマスコミに癇癪を起こす副署長、女性的な仕草で藤井家を噂する地域住民などを演じ分けた西山竜一の幅の広さが印象に残っている。初日の客席を埋めた男性を中心とした熱心なファンが、俳優の芝居に積極的に反応していた様子も忘れがたい。

     また俳優自身がコの字型の白い木製の台を移動させ、あるときは事件現場の橋、あるときは新聞社のデスクに見立ててといった展開もうまい(舞台美術=濱崎賢二)。シンプルだがアクティブな空間設計で、大きな空間とは言い難い小劇場B1が実に広々と見えた。

     他方で2006年と26年の二つの時系列の結末に置かれている最大の問い――「子どもたちの悲劇はなぜ起きてしまったのか?」「はたして能瀬の企画は採用されるのか?」――の答え、つまり物語の行きつく先がある程度予測できるため、スリリングな展開に至るまでにはならなかった点は残念であった。2006年のパートは実際の事件を元にしているため難しいのかもしれないが、ただ再現ドラマを見ているように感じてしまった。また2026年のパートは物分りがいい記者ばかりでなく能瀬の企画を強く否定する人物を造形するなどして能瀬が奮闘する様子をより緊密に描いてほしいと感じた。くわえて藤井家の複雑さやマスメディアの功罪を描くことに成功していたものの、警察や司法制度は一面的な描かれ方であったため図式的になってしまった点は残念に感じた。

     熱意が実りデジタル版の企画として採用が決まると、能瀬は夜を徹して記事の執筆に勤しむ。潟上から当時の取材ノートを託され奮起した能瀬は、ふと仕事場に差した月明かりを見つめ、それを服役中のあかりがどこか別の場所から見つめる、という場面で幕が下りる。終盤までの熱気が嘘のような静かなエンディングは少し物足りない。欲を言えば能瀬とあかりが相まみえる様子を見てみたいと感じた。

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    2023/03/16 12:04

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