アルトゥロ・ウイの興隆―それは抑えることもできる― 公演情報 ピーチャム・カンパニー「アルトゥロ・ウイの興隆―それは抑えることもできる―」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

    中身はとても良かった
    合併前の大学のころから観ている劇団で、いまや半ば責任感のような気持ちをもって観続けている。
    ピーチャムクラシックスという今回の企画は、新主宰の川口典成の嗜好がより濃く出ているような気がする。何しろ、脚色者の清末浩平はサーカス劇場時代、尊敬するのは唐十郎オンリーで「ブレヒトなんてくだらない」とまでブログに書いていた人なので(当時の傲慢さには呆れたが)、その彼がブレヒト作品を脚色するなんて大変意外で、興味があった。
    そもそも劇団名「ピーチャム・カンパニー」のピーチャムはブレヒトの「三文オペラ」の登場人物「ピーチャム」から取ったそうで、ブレヒトは今日の日本のアングラ劇にも通ずるいかがわしさがあり、案外、清末浩平には合っているのかもしれない。
    結論から言うと、両劇団のこれまでの作品と比較しても、今回の作品が一番良かったのではないかと思う。もっとも、オリジナル作品ではなくブレヒトの戯曲なので、元が良いといえばそれまでなのだが。清末は東大時代、オリジナルより脚色ものの「カリギュラ」のほうが評価が高かった人だし。本編のほうは観たことがないので、本編と比べたら、また違う感想もあるかもしれない。だが、古典をこのようなかたちで紹介するのは大賛成。演出がスピーディーで、字幕の使い方も巧く、音楽も照明も良く、大人が楽しめる作品となっていた。中身だけなら、初めて★4つ出したいと思った。
    だが、「箱」との対照で言うと、残念ながら減点せざるをえない。シアターpooは今回初体験。会場は狭くてもかまわない。ただ、これだけ人数を詰め込むなら、1時間30分ものではやはり長過ぎると思った。この会場でこの作品を上演するなら、人数を20人くらいに限定して、もう少し座席をゆったりとるか、人数を詰め込むなら、1時間程度の別の作品を上演するか、この作品をなるべくおおぜいに見せたいなら、小劇場でももう少し広い会場を選ぶか、いずれかを希望する。「芝居大好きでどんな悪条件の観劇でも気にならない」と言う観劇慣れした人ならかまわないのだろうが。自分の場合、前の客が思い切り体を後ろに倒していたので、膝を前に出せず、からだを横向きにしたままの姿勢で1時間30分、身じろぎできないのはかなり辛く、帰宅してから疲れきって何もできなかった。また、「詰めてください」とスタッフに言われて席に飲み物をこぼしてしまった客もいた。私は「良い作品なら、アメニティはどうでもよい」とは考えないほうなので、あしからず。
    昔、サーカス劇場時代、東大駒場の会議室を使って上演した「雪の女王」のとき、長時間、酸欠と暑さで気分が悪くなったことを思い出す。そのときは終演直後、「外、涼しーい!」と言う客が多く、今回は「腰痛かったー」と言う客が多かった。長年観ていて、ここの制作はあまりそういうことは気にしないようだが、環境は大事。環境が作品を殺すこともある。

    ネタバレBOX

    「仮名手本忠臣蔵」が徳川幕府に遠慮して時代設定を変えて描かれたように、ヒットラーをギャングの世界に置き換えた戯曲になっていて、面白い着想。さらにギャングの抗争劇を芝居仕立てで見せることによって、名画「スティング」で使われたブラフにも似た効果があって楽しい。
    俳優は1人何役か受け持つ。観ていて女性の役はわかりやすいが、男性の場合は別人なのかどうかわかりにくい役もあった。私は見落としてしまったが、連れがこの時代に携帯電話が出るのはおかしいと言っていた。
    アルトゥロ・ウィを演じる堂下勝気はいつもより若々しく見えた。このアンサンブルの中で世代的に彼はかなり年上の俳優なので、キャリアの点からも一日の長があって当然だが、この役の持つ底知れぬ狂気、野心を隠した不気味さは表現しきれておらず、存在感が薄く、平凡に見えてしまった。今回は八重柏泰士のドッグスボローがとても良かった。最初、八重柏だとすぐに気づかなかったほど、役になりきっていた。こういう老け役もできるのか、と新しい発見があった。
    しかし、ヒットラーも、このアウトゥロ・ウィもそうだが、こういう勢力の暴走を抑えるのにはどうすればよいのだろうと、この劇を観て思った。
    勢いがついてしまうと、逆らうことができず、民衆の力ではもう抑えきれない。そして、ファシズムの台頭を後押ししたのも民衆の熱気である。太平洋戦争でメディアのありかたをあれほど反省したはずの日本でも、先の小沢騒動では大新聞が検察側に立つ報道一辺倒の姿勢が気になった。直接的証拠がない嫌疑の段階でも「悪の権化」のようなレッテルを貼ったらヒステリックなまでに叩く一方で見事に足並みを揃え、薄気味悪ささえ感じた。
    料金的には3作品セット割引5000円くらいなら良心的なのにと思った。「料金はもう少し抑えることもできる」(笑)。
    この作品、ブレヒト劇を得意とする東京演劇アンサンブルで、公家義徳のアルトゥロ・ウィなら適役だし、2部構成の長尺版でぜひ観てみたい。
    近年の清末は自身の作品を「アングラ」のイメージで語られることを極度に嫌っているようで、「カラス」も「イヌ物語」もアングラではないと言っている。しかし、出演者や観客がアングラだと語っているのが皮肉だ(笑)。清末としてはアングラを脱却したいとは思っているのだろうし、そのためにカラーの異なる地上3mmとも合併したのだろう。
    3部作終了後、秋公演のオリジナル作品がどのようなものになるのか、見ものである。

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    2010/02/09 15:21

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