実演鑑賞
満足度★
井上ひさしにも失敗作はある。どこかで、航海に例えて、井上の弁を読んだ記憶があるが、作者は出航の時は、湊から出ても波を切れると思って船を出すのだが、いざ航海を始めると、とてもこの船では駄目と分かることがある、だが、時すでに遅し、日程も配役も決まっていて、已む無く書きつづけ、幕が開いてしまう。とんでもないところに船は着いている。失敗だったと作者には分かっている。だから、そういう時は作者の責任で止めるべきだ。それを可能にするために自らの劇団を作った。それがこまつ座だ。
創作者としての覚悟のある発言である。しかし現実にそんなことをしていたら興行業界成立しない。ウラもオモテも寄ってたかって何とか形にして幕を開けてしまう。そうやっているうちに中身も面白くなってくる作品もあるから芝居の世界は不思議である。
これは、こまつ座では初演と言っているから、はじめは注文仕事だったのだろう。
中身は夏目漱石が伊豆の宿で喀血し人事不省に陥っていた数時間に見た作中人物たちと、本人の交流のイメージという、狙いもよくわからぬ作品だ。死の直前に見るイメージを舞台化してみるということなのだろうか。そこにも、変に井上流世情批判みたいなものも入ってきて、よくわからない。「頭痛肩こり樋口一葉」の再現を狙ったのだろうが、一葉と漱石では素材の質も歯ごたえも、井上との距離感も全然違う。失敗作である。俳優も演出も投げずにやっているがどうしようもない。土曜の午後、一番入りのいい公演だろうが、老人客ばかり、それでも七分は入っていた。
こまつ座もいつまでも井上聖書再現だけではナマものの芝居は時代についていけない。良しあしを決める覚悟が見えない。2時間45分。