らくご芝居~「丹青の花入れと水屋の富」より~ 公演情報 ThreeQuarter「らくご芝居~「丹青の花入れと水屋の富」より~」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

     今回はスリークウォーターと深川とっくり座のMixing公演。初の試みだが、スリクオの定番のうち・時代劇。但し光物の登場しない時代劇である。脚本はとっくり座のひぐち丹青さん。演出がスリクオの竹原ぽんずさん。板上の舞台美術は基本的に書き割と幕等で構成され、出捌けも幕で袖を作ってある。基本的に上手・下手の奥に各1カ所、上手手前に1カ所だ。(華4つ☆、追記6.19)

    ネタバレBOX


     作品は「花入れ」と「水屋の富」の二作。どちらも元ネタは落語。時代設定は江戸時代である。まずは「花入れ」から参ろう。
     とある古道具屋に花小路流家元・桜子と名乗る者が弟子・捨松と共に現れる。家元は承認欲求が極めて強く既に自らの名声は天下に轟いていると自認しているものの、実は誰も知らない。にも拘わらず知らないと通されれば暴れまくり訊ねた先を叩き壊してしまう程の暴れっぷりを見せる。一方、既に知られていると捨松に頼まれた人々が同調していれば忽ち新たな芸術思潮の先導者ででもあるかの如きラディカルな芸術論を展開する。元ネタが落語であるから、無論承認欲求の余りに強い人物を茶化しているのであるが、桜子の主張。その内容は新芸術思潮の論理に極めて近い。本質的で尖鋭な論理なのである。この辺りは今作全体が単に笑いを提供するのみならず、もう一つ表現する者として芝居に関わる人々総ての指向性とその念をも表現していると捉えた方が面白い。能に対する狂言、Baudelaireがそれ迄ヨーロッパ全域で隆成を極めたクラシカルな芸術観に対して唱えたモデルニテの重要性とラディカリズムにも通ずるレベルのものがあるのである。それを尿瓶で茶化している点に落語の深さもあるではないか! 無論これらの滑稽を左右する要となる人物がいる。古道具屋の遣り手おかみ・おときである。先ずは観て楽しんでほしい。
     第二話は下町庶民の住居・長屋の話「水屋の富」である。自分が小さい頃に暮らした矢張り深川の長屋でも似たような光景が日々繰り広げられていたものである。自分の体験は1955年頃の話であるが、今作の時代設定は上に挙げた通り江戸時代だ。長屋の暮らしは、隣近所も皆家族同然。そうしなければ暮らして行けない程皆貧しいからである。味噌、醤油の貸し借りは当たり前、他所の子が他家に上がり込んでいるのも当たり前、鍋、釜、寝具迄質に入っていて夕方下ろして来れなければこれらも無い。だから借りられるものは他家から借りたり米だけ持っていって一緒に炊いて貰ったり。
     そんな生活の中で水屋の熊五郎・おしまの夫婦が富籤を買った。最高賞金は千両。十両盗めば首が飛ぶ時代、大変な金である。ところで半月ほど前、新たな住人が加わった。おこんという名のちょっと粋な女である。また長屋では魚屋の寅松の女房おみつが大きな腹を抱えていた。こんな状況の中、岡っ引きの茂平次が名うての掏りを捜査の為長屋に新たに入居した者が無いか否かを調べにくる。似顔絵が無いか住人に訊かれた茂平次は、誰も顔を見た者がおらず、似顔絵も無い事を告げるが、おこんが魅力的な為、ホの字と為り、また様子を見に来ると告げて去るが。
     富籤が当たってしまった! 特賞である。熊五郎夫婦は腰を抜かすほどびっくりし、保全に走った。共同の厠へもどちらか一人が部屋に残らなければ行けない有様。だが、急に産気づいたおみつのお産の為長屋中が上を下への大騒ぎ、その隙に現れたのが件の掏り。はて顛末や如何に? オチが如何にも下町長屋らしい良い話である。

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    2022/06/19 12:24

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  • みなさま
     ハンダラです。追記しておきました。
    ご笑覧下さい。
                  机下

    2022/06/19 23:57

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