実演鑑賞
満足度★★★★
文句の付けようがない傑作。永山則夫を知っている人も唸らされ、知らない人にもゾクゾクくる筈。とにかくキャスティングが凄まじい。この人以外有り得ない役者の勢揃い。一人ひとり主演レベルの実力派俳優陣が連なる人間山脈。超満員の観客は観劇の玄人ばかりに思えた。
永山則夫には個人的に思い入れがあるので、何かこの手の作品を観ることに躊躇していた。「いや、そうじゃねえだろう」「何でそう纏めるか」のイライラ感が嫌だった。けれど今作には素直にひれ伏す。永山則夫に観せてやりたかった。(「こんな矮小な物語にしやがって」と怒り狂うと思うが)。今村昌平の『復讐するは我にあり』が大好きな人にお薦め。今平や熊井啓の匂いがぷんぷんする。大竹野正典の作品は追悼される価値がある。
別役実っぽい空気感を感じたが、劇中で何度も歌われる小室等と六文銭の『雨が空から降れば』の作詞がまさに別役実。「しょうがない、雨の日はしょうがない。しょうがない、雨の日はしょうがない」。
主演の永山則夫役は池下重大氏、たま出版社長の韮澤潤一郎を思わせるリアルな生活臭の佇まい。ああ永山則夫だなと腑に落ちる。若き日の永山則夫役は深澤嵐氏、その切羽詰まった純情に泣かされる。4人の来訪者、本間剛(つよし)氏、吉田テツタ氏、小野健太郎氏、辻親八氏。いずれも甲乙付け難い演技合戦、プロの味を堪能。
個人的MVPは母役水野あやさんと姉役清水直子さん。登場しただけで圧倒される。水野あやさんの鍋から干しうどんを装うシーンは映画だ。
優しい姉役、清水直子さんはヤバい。石田ひかりっぽい愛想の良いにこやかな女性に見せかけて、実は天才女優左幸子の持つ底無しのカルマをゾクゾク感じさせる。放射能のような危険なオーラがムンムン立ち込めていて観客もピリピリピリピリ殺気立つ。いつかこの人で『飢餓海峡』を観てみたい。
本編終了後、ボーナス・トラックとしてアナザーストーリーの一人芝居が付いてくる。母編(水野あやさん)か姉編(清水直子さん)。自分の時は姉編だった。
気の狂った神が采配する病んだ残酷な世界、死にたくなる程うんざりする一人芝居を徹底的に叩き付けられる。「もう勘弁してくれ」と泣きたくなる程、鬱な気分にされた。必見。これを観ると母編も観たくて堪らなくなる。凄まじいサービス、参りました。
19歳の永山則夫は1968年10月、米軍基地内の住宅に侵入し拳銃と銃弾を盗む。東京京都北海道愛知で4人の男を衝動的に射殺して翌年逮捕。獄中で書いた手記は『無知の涙』として出版され36万部のベストセラーに。社会主義に傾倒し、ルンプロ(ルンペンプロレタリアート)を自称した。1979年死刑判決。1983年小説『木橋』で新日本文学賞を受賞、日本文藝家協会への入会を申請するも拒否される。それに反発した中上健次、筒井康隆、柄谷行人、井口時男が日本文藝家協会から脱会する騒動に。筒井康隆の『天の一角』はそれを小説にしたもので必読。1997年酒鬼薔薇聖斗(14歳)による事件が少年法改正を促し、その為突然死刑が執行されたと言われる。