彼女を笑う人がいても 公演情報 世田谷パブリックシアター「彼女を笑う人がいても」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★



    樺美智子か!!
    同世代に生きて、その後も生き延び、今も生きるものにとってはいわく言い難い存在。それがこのドラマのヒロイン・彼女(木下晴香)だ。その言い難い個人の言説を言えば際限がなくなる。見たものに絞る。
    ようやくこのヒロインを舞台に上げられるようになった。大逆事件から「美しきものの伝説」まで約六十年。こちらもちょうど六十年。直接向き合うには、そういう年月が必要な「事実に基ずく」素材である。
    舞台は60年安保の国会抗議デモで亡くなった樺美智子を取材していた記者と、東北震災を取材していたその記者の孫にあたる記者(瀬戸康史・二役)の長い年月の複眼の視点から二つの事件が描かれる。一つは政治、一つは天災だから、作者が「事件」を描こうとしているのではないことは察しられる。事実、舞台では時代の流れを大きく変える事件をマスメディアがどう取り上げ、どう報じたか、という事がドラマチックに描かれる。大きな産業組織の中のメディアと、そこで生活を立てていく記者個人、具体的には、経営側の主幹(大鷹明良)と記者の対立、合理化と配転される記者、それがデモ全体の主張と個人、という構図にも重なってくる。テーマはメディアが報じる大きな事件とその中の小さな個人という事に絞られているようにも見えるが、それは、もちろん、この舞台を作った人たちのトリックだろう。
    そのメディアに関するテーマは、内容的には既に言われていることも多く、少し辛く言えば記者がタクシー運転手になっていたり、企業記事に配転されたりというストーリーは平板でもある。
    やはりこの劇の軸は樺美智子を陰の主役に据えたことだろう。そのドラマについては一時間45分の舞台の中でもあまり触れられていない。しかし、このドラマに描かれた60年安保も東北大震災の事後処理も、日本社会の病癖に深くかかわっていて(もちろん大逆事件も)演劇のみならず、われわれが常に考えなければならないことである。その第一歩として、このドラマはあまり一方的な情報に左右されず、しかし主張を持った素材をうまくアレンジしている。それがかなり難しいことだというのも、同時代人としてはよくわかる。
    数年前、気鋭の劇作家・古川健が「60sエレジー」という作品を書いた。あまり評判にならなかったが、60年安保と集団就職を絡ませた優れた舞台だった(この作品でも、警官隊は農民の出稼ぎ、樺は東京市民と一言触れているが)。
    これからも、この素材は扱われ続けると思うが、一言言えば、このタイトル「彼女を笑う人がいても」は、考えすぎだろう。同時代人の一人である者にはまったく馴染めない。正直言えば嫌な感じだ。しかし、歳の流れというのはそういうものでもあろう。


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    2021/12/18 12:11

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