別役実短篇集  わたしはあなたを待っていました 公演情報 燐光群「別役実短篇集 わたしはあなたを待っていました」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    「舞え舞えかたつむり」
     今回上演される4作のうち唯一テキレジが施された作品とのことだが、台詞のカットは無い。このタイトルは承知の通り今様を集めたことで有名な「梁塵秘抄」に記載された歌である。中央にあでやかな雛飾りが据えられ、衣装も女性陣の多くが雛と同じような極めて豪華な衣装で登場する。因みに雛段の五人囃子の一体のみ欠けている。華5つ☆追記(1回目6.30 15:51)
     一応、誤解の無いように申し上げておくが、公演は2作品で1公演が基本形である。作品評を1作ずつ評価する為に、評者の判断でこのような形にしている、

    ネタバレBOX

     上演される4作品のうち、唯一実際に起きた殺人事件がベースになった今作。女の子の祭りである雛祭りで用いられる雛飾りが板中央に飾られ手前に緋毛氈が敷かれているのも象徴的である。
     事件は実に凄惨な形で現れた。単なる殺人事件というより死体が分断され荒川水系に捨てられた為、胴、頭部、足、腕、の順に異なる時期に発見されたのである。この事件の捜査による実証過程が、被害者家族の証言との不一致の謎を明かしてゆくと共に、被害者家族(実は犯人)の内面の混乱・不安定を提示、我々観客に想像力の喚起を促して行く。傑作である。
     因みに実際の事件は1952年5月に起きた。実行犯は小学校教諭を務める妻、共謀して遺体損壊に関わったのはその母。雛段に欠けていた五人囃子の内の一体も、また隣家にあった風鈴も事件解決の中でその意味を示唆される、という粋な構成だ。
     ところで、被害者は巡査であるが、何故妻が夫を殺すに至ったかの原因について別役氏の解釈は実際の司法の解釈とはかなり異なっており、今作が書かれた時点で既にジェンダーやフェミニズムの観点を氏が持っていたのではないかと思わせる慧眼を感じる。というのもインテレクチュアルな妻の内面の混乱の原因と夫との齟齬が起こった原因を約1年前の流産に置いていると考えられるからだ。女性にとって妊娠は無論大問題である。場合によっては己の命にも係わるというだけではない。受精卵は胎内で約10カ月の間に急速な成長を遂げる。この胎児の成長が母の精神に与える影響も非常に大きいのが実情である。女性は胎児が母胎の中で急速に成長する際、未知の何者かが(己=母)の中で、(己=近未来に誕生する子)を主張しているような感覚を持つ。つまり既に確立しているハズのアイデンティティーを脅かされる、不安定だが不思議な期待にも裏打ちされた精神状態を体験する。単に肉体的な大変化のみならず精神的な大変化に安定的に対応すべき思考の中心を揺るがす状態に第一義的なレベルで放擲されるのだ。このような状態を知的に克服する為には己《母となるべき己》自身を自分自身の思考によってアウフヘーベンし得るだけの知的能力を持っていなければなるまい。正常分娩できたとして最低限、この程度の知的レベルが必要である。だが、この事件のケースでは不幸なことに彼女は流産の憂き目を見ている。そしてこれがこの事件の最も深い原因だと別役氏が観ていたとしたら、その洞察力たるや正しく天才的ではないか?
     終盤今作のタイトルになった梁塵秘抄の元歌(舞へ舞へ蝸牛舞はぬものならば馬の子や牛の子に蹴ゑさせてむ踏み破らせてむ実に美しく舞うたらば華の園まで遊ばせむ)が詠じられるが、敢えて途中(舞へ舞へ蝸牛舞はぬものならば馬の子や牛の子に蹴ゑさせてむ踏み破らせてむ)までである。無論、ここ迄しか台詞化していないのは、事件の残虐性・凄惨を客観化する為でもあろうが、上記の私論を踏まえて少し深読みするなら殺人犯たる妻の哀れをも示唆しているのではないかと思われる。というのも情状酌量で刑期が短縮されたにも関わらず、妻は判決通りの刑期を全うしたことについても語られているからである。

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    2021/06/29 23:46

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  •  今作2回目の追記(今作の追記はこれにて終了)です。2021.7.2

    2021/07/02 18:05

     追記1回目です。
         ハンダラ 拝

    2021/06/30 15:54

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