座布団劇場  番外二人会~花散るやかがみのなかの障子口(万太郎) 公演情報 占子の兎「座布団劇場  番外二人会~花散るやかがみのなかの障子口(万太郎)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★


     今回、占子の兎は落語ではなく、久保田 万太郎の作品から二作を演ずる。小屋も落語の時に使ってきた“プロット”ではなく、同じ阿佐ヶ谷だが“阿佐ヶ谷ワークショップ”だ。
    「三の酉」を追記3月31日02時26分

    ネタバレBOX

    一本目は「猫の目」吉原遊郭を営む父を持つ若旦那、父が有意の若者である息子を自分が歩んだような道を歩んではいけないと玄人衆に縁のある寺の方丈さんに預けた。長男は油絵に興味を持ち実際に描いたりする性質で余り心配はないが、預ける次男は父に似て横道に逸れそうだと考えてのことであったが、次男坊の部屋から目と鼻の先に若い妾さんが住んでいた。この女性にぞっこんになって旧制中学で落第、父に大目玉を喰らって、だったら辞めると遊郭の帳附なんぞをやり始めた。そうこうするうち*小取回し(ことりまわし)の利いた若者が働きにきた。どうみても只者ではない。若旦那、暇に飽かして会う度に問い詰める。最初こそしらばっくれていたが、遂に白状した。名の在る師匠について目も掛けられ「明烏」等の難しい噺も師匠自ら仕込んでくれているという、実際に噺をさせてみると上手い。流石に頭のいい男で声が掛かっても可成りの間前座のやるような「寿限無」なんぞをやっていたが、一躍廓の人気者になり、あちこちの座敷から声が掛かるようになると難しい噺もするようになった。元々、将来を見込まれながら廓の下働きにまで身を窶したのも只師匠に教わり真似るだけではいけないと考えてのことだったので、唯一、修練だけが完璧を紡ぐという芸事の真の厳しさをしょっぱなから分かっている天才肌の、而も努力と研鑽を積める真の才能の持ち主だったのであろう。廓に一年と暫くいたが、ある時ふっと消えた。半年程すると、又師匠の所へ戻りましたと挨拶に来、柳花という名で高座に上がっていた。それから20年程経った敗戦直後の昭和21,22年頃、鮨詰めの地下鉄の中で声を掛けられたのである。
    知り合って約20年、戦中は配給制度などもあり、それが機能していたこともあって食料事情は極めて厳しかったものの、敗戦後多くの庶民が餓死したような状況に比べればマシであった。こんな状況であるから探りを入れてみるとこんな時代でも高座に上がっているようである。廓で修行をしていた頃にも才能の横溢は見て取れたが一つの道に精進し相応の位置を占めていなければこんな状況で芸事では食っていけないのは明らかだから、そうなのだろう。彼に比して自分はどうであろうか? 生々流転を絵に描いて、壁に貼り付けたような人生ではないか、と自問する若旦那であったが、日本橋に到着するアナウンスが響くと、柳花師匠は「ここで降りなくてはなりません、また」と挨拶すると急ぎ足で去った。こんな内容の作品であるが、この若旦那の抱える侘しさ、寂しさが何とも言えない。無論、父も若旦那も一世一代の危機ということが重々分かっていたからこそ、逆に散財し重荷を誤魔化そうとしたのであった。本物なら師匠のように初めっからパースペクティブが開けるような行動を取っていたであろう。最初は小さな差でしかなかったが一世代、30年にも及ばぬ内に人生は大逆転を遂げていたのである。或る意味、現代版「蟻とキリギリス」でもある。
    *当パンには江戸弁の解説やら、当時の社会情勢を的確に表す表現についての解説等が載り頗る役に立つ。小取回しの説明を当パンから引用させて頂く。気転がきいて、きびきびしていること。だそうだ。因みに「占子の兎」はEDO弁サロンというのを阿佐ヶ谷ワークショップで毎月やっている。第三木曜日18時~20時、各回1000円で参加できる。
    「三の酉」
     亡くなった大岡 信の詩に
    “青空は血の上澄み”という一行がある。これは例えてみればこんな作品だ。
     ちったあ、遊んで居て而もインテレクチュアルなら、あの資料は知っていよう。自分も大して読んだ訳ではないが赤裸々な内容には信憑性があるように思う。そんな時代の、そのような遊びができたであろう初老の男と赤坂の著名芸者とのナシカンである。赤裸々に語っちまっちゃあ、実も蓋もねえ。それを年によっちゃ、ねえこともある三の酉に掛けてのナシ。関東大震災の際、エンコの池に逃げ込んで亡くなった大勢の人々の中に彼女の父・母も居た。身よりを失くした彼女に親戚は冷たかった。騙して芸者見習いとして売り込んだのである。14歳であった。(満年齢で数える現代であれば13歳・中1だろう)何れにせよこんな経緯で芸者になって30年、大震時仲の良かったトシちゃんは幸い難を逃れ、今は著名な画家と結婚し鎌倉の材木座海岸に建つ邸で幸せな生活を送っている。数日前彼女の屋敷へお邪魔した。一泊させて貰い、自分が終の棲家を持たぬ身であることをつくづく思い知らされた。夫婦仲の良さ、自然で何物にも媚びない自由、無限の広がりを感じさせる互いの精神の飛翔が夫・妻の何気ない思いやりと共に目の前に眩しさそのものとして展開されるのを見た時、居場所の無い自らの情けない実相を見、余りの侘しさに打ちのめされたのである。帰路、横須賀線内で店に上がる某重役の顔を見た。互いに同時に声を掛け合い、隣に座って道中、話をしているうちに三の酉に誘って二人で出掛けたのだが、粋なんざ、トンと分からねえスットコドッコイと分かってチトげんなり。偶々、二人連れ添って歩いていたのを見咎められた訳で、その相手が初老の酸いも甘いも分かった馴染み。スットコドッコイを肴に一興という訳だが、この有様を粋に表現した、大人の男女の話だ。

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    2021/03/29 11:18

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  • 占子の兎さま
    「三の酉」追記しました。遅くなりましたが、ご笑覧下さい。また、お気遣い有難うございます。29日に読書会の指定書であった「イスラームのアダム」を読み終え、直ぐエマニュエル・トッドの「移民の運命」を読み始めています。その後はサイードを読むつもりです。他にも竹内芳郎や、ユゴー、ドストエフスキー、読みかけの「バクダッドのフランケンシュタイン」「パレスチナ/イスラエル論」、イラン・パぺの「パレスチナの民族浄化」等々、読まなければならない本が山積みです。
    では、また。ハンダラ 拝
     

    2021/03/31 02:38

    ありがとうございました。
    お体ご自愛下さい。

    2021/03/30 02:09

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