エーリヒ・ケストナー〜消された名前〜 公演情報 劇団印象-indian elephant-「エーリヒ・ケストナー〜消された名前〜」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    駅前劇場には行けず配信を鑑賞。芸術作品には作り手の力だけでない「降りて来るもの」(’芸術の神とでも)の力を得て生み出されたと思えるものがあるが、本作は戯曲+配役にそれを感じさせる秀作であった。
    児童文学者エーリッヒ・ケストナーの人物像と、物語上の位置づけが良い。やがてナチスが台頭するドイツの闇の時代を彼らの目線を通して描写して行く。開幕を担うのがケストナーの寄宿舎時代の友人ハンス・オットー。同じカフェにいて彼をケストナーと勘違いしたジャーナリスト志望の女子中学生ロッテが彼に熱烈にアピールするシーンから物語は始まる。ハンスは自分が俳優である事を語り、従って私は君が思っている人ではない、と説明する(演劇への愛、俳優業への夢と情熱、俳優と物書きと俳優の違い、でも広く見れば同じ世界に住む人間である事、などのニュアンスが凝縮された簡潔なやり取り)。落胆したロッテにハンスは「君にケストナーを紹介する」、これからクラスメイト3人で同窓会をやるのだという。ここに映画志望だが普通の会社勤めのもう一人の友人が登場、あけすけな彼はケストナーに憧れてるらしいロッテの前であいつが如何に女にだらしない男かを話す。怒り心頭のロッテの前に、そのケストナーが登場。「今見た踊りが凄かった」と話す。新聞に劇評も書く彼の守備範囲での話だが、その話につられたあけすけな友人は(マンネリな日々に刺激を求めてる風)見に行って来る!と去り、やがて「俺は恋に落ちた」と言って戻って来るのだが、その踊り子というのが後の女流映画監督リーフェンシュタール(名画でありナチスドイツに協力した映画と評される「国民の祭典」の監督)で、クラスメイト二人に恋の俄か指南を受けて挑むも撃沈、彼女は「ケストナー」に会いに来たのだった。そして町でパンを売る俳優志望の少年の登場。以上で人物はほぼ出そろい、歳月を重ねてその変化が描かれて行く。(後一名はケストナーの「エミール」や「飛ぶ教室」に挿画を提供したユダヤ人画家。)
    個々の人生の変節は省くが、私にとっての特筆は、最終場でのやり取りだ。ドイツの敗勢が決定的になった1945年5月、国家の庇護下で映画を撮っていた映画人らがベルリンから遠く離れたドイツ領オーストリアでのロケを認めさせ避難して来る。そのホテルに後を追ってリーフェンシュタールが駆けつけるのだが、彼女が登用し映画界入りをしたなんちゃって映画監督(あけすけ男)にも、同じく映画界入りしナチス党員にもなった元パン屋にも冷たく対応される。そこにケストナーが現われ、彼女は彼に助けを乞う。他の著名人や文化人芸術家が亡命する中、ケストナーはドイツに残る事を選んだ人としても知られる。だがその中で彼は(表向き、と言っておく)ナチスに協力もした。リーフェンシュタールはその事をもって相手も自分も同罪だと言う。これに対し、ケストナーは自分が如何に相手と違うか、それを説明しようと言葉を絞り出す瞬間が、この作品の肝である。(時間切れにつき、後刻に)

    ネタバレBOX

    (続き)
    ナチス礼賛の映画を撮ったリーフェンシュタールから「ナチスに協力した」意味ではあなたも同類だと言われたケストナーは、「私はあなたとは違う」としか言い返す事ができない。作者はそれによって、ケストナーが長かった国家社会主義ドイツ労働者党支配の時代を苦悩の内に生きた「事実」を頼みに、「あなたとは違う」を繰り返させる。彼女は「映画を撮りたかった」自身を振り返り、与えられた機会を逃さなかっただけ、という。ケストナーも映画「ほら男爵の冒険」のシナリオ提供を求められ(「書きたい気持ちに抗えず一晩で書いてしまった」とロッテに告白する)、最終的に応じたが、彼なりの抵抗を盛り込んだ。リーフェンシュタールは「同罪」だ、と言う。だがケストナーは苦しんだ事実を思い、あくまで「私は闘った」と言う。
    今この時というのは、二人を同じカテゴリーに括りたい(そうしてスッキリしたい、余計な事は考えたくない)時代ではないだろうか。そしてどうせ罪人なら楽な方を行けば良い。所詮自分らは弱い存在だ。・・だがこの舞台は、この二つを峻別しようとした。ケストナーという(好感度の高い)主人公を予定調和的に「良い人間」として落着させるためでなく(その人間像は最初に崩れている)、「生き方」の明白な違いを、この際はっきりさせるため。「ささやかな抵抗」、何故昔の日本人はそれをしなかったのか、かつて歴史を学んでそう問うた「その時代」に今すでに足を踏み入れている。

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    2021/01/06 07:34

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