エーリヒ・ケストナー〜消された名前〜 公演情報 劇団印象-indian elephant-「エーリヒ・ケストナー〜消された名前〜」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

     この公演の優れたところは、時代背景の説明と人物造形の多角性にある。物語は1920年代から1945年までを順々に展開し、その時代に生きた人々の性格はもちろん、立場や状況を実に巧みに描いているところ。また国家・人種観という大局観から人の感情という生活や内面まで取り込んで観客を魅了する。国家(体制)その時代にその地で暮らす人々を巧みに描くことで、物語に厚みを持たせている。この骨太・重厚感は一見難しい内容に思われそうだが、一人ひとりの人物像を魅力的に描くことによって、物語の世界にグイグイと引き込む。
     タイトルにもなっている主人公エーリヒ・ケストナーは、ナチズム台頭と同時に創作活動(少なくとも発表禁止)は行わないという抵抗をしたらしい。閉塞した現況という点(物語背景の状況とは全然違う)において、コロナ禍にも関わらず、当日パンフに脚本・演出の鈴木アツト氏は早くこの作品を上演したかったと記している。観客として自分もこの作品を今観ることが出来て嬉しく思う。
    (上演時間2時間10分 途中休憩なし)

    ネタバレBOX

    舞台美術…冒頭は1920年代ワイマール期のカフェ、テーブルと椅子のセット。2場以降はナチズム下のケストナーの自宅リビング。調度品等をしっかり配置し、特に本棚は彼の職業を意識させる。ラストは某所宿舎といったところで、簡素な作り込み。セットは場面転換によってその時々の状況を分かり易く説明する役割を果たす。また1923年から1945年ドイツの敗戦迄を時間と場所を下手側にスーパーとして映し時代の流れと人々の意識変化を分かり易く補足していく。舞台技術である照明は全体的に昏く、時に焚書を思わせる本棚へ朱色照射など状況を効果的に観せる。また音響では飛行音、爆撃音をいった状況の緊張感を意識させる。そうした演出を背景に熱い議論を展開させるあたりが実に上手い。

    公演は人物の生い立ち、立場・状況を確立する。その人物量感と時代感覚・間隔を浮き上がらせる。主人公とその周りの人物を特徴的に造形、表出することで時代に抵抗するか迎合するか…しかしそのような単純な描き方はしない。そこには人の”生きる”という根源的な問題が横たわるから。それぞれの人物に生き方の違い、選択肢を背負わせ、ケストナーという人物の生き様が鮮明になる。その意味では彫刻でいう 浮き彫り といった印象の群像劇だ。

    ドイツ人、ユダヤ人といった民族性を強調して描くことで、なぜケストナーが亡命せず、故国に居続けたのか。この地で無言の抵抗を続けた思いが伝わるようだ。国(体制)と個人(ここでは芸術家)、現実(支配)と理想(抵抗)が衝突し、その矛盾は簡単には解決出来ない。登場人物の葛藤を通して むき出しの人間存在や不条理が露わになる。国家を成す人間社会の醜さや残酷さを思い知らされるが、同時に人間の切ないまでの生命力も感じる。民族性に差別と偏見の歴史を見るようだが、ケストナーにそれに抵抗する精神を象徴させたかのようだ。

    ドイツ敗戦後、レニ・リーフェンシュタールとケストナーとの激論は時代を超えた芸術家(表現者)としての生き方そのもの。後の時代(人々)によって検証されるであろう覚悟も含め、その応酬は緊張感あるもの。またレニの「女には権力にすり寄るしか映画を撮る道はなかった」「あなたは私を見ると、鏡のように自分の姿が見えて苦しい」などの珠玉の台詞は、現代日本にも通じ心に響く。ケストナー役(玉置祐也サン)とレニ役(今泉舞サン)の激論は、2人の口跡もクリアーで確固たる論理の展開、格調も高く心魂揺さぶるものだった。この公演は、まさに自分の思考を…。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2020/12/12 10:35

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