第14回 シアターΧ 国際舞台芸術祭2020 公演情報 シアターX(カイ)「第14回 シアターΧ 国際舞台芸術祭2020」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

     シアターX主催公演なので各回たった1000円で観ることができる。次回は20日14時半開演。詳しくはシアターXホームページで。
     尚、初日は3作品を上演したので☆はトータル評価。各作品の評価は作品ごとにつけてある。

    ネタバレBOX

     今回で14回目を迎えるシアターX国際舞台芸術祭(IDTF)2020。初日の6月13日14時半開演の公演を拝見してきた。3カ月近くも生の舞台を拝見していなかった我ら観客にとって、虚ろが世界を吸い込むように強烈な感覚と共に入り込んでくる生身の人間の持つぬくもりや3次元空間の広がりを、ダンス・パフォーマンス・音響・光・衣装の色彩等々に触発された我々の想像力が補完して舞台芸術を完成させるという、普段多くの演劇や舞台作品を拝見してきた者にとっては、当たり前の理屈になっていたものが、魂の渇きを癒す石清水のように流れ込んでくる感覚は、当に桃源郷もかくあらん、と感ずるほどのものであった。
    初日の演目は3作品。今回のメインテーマは、 “『蟲愛づる姫』(「堤中納言語」に所収)とBiohistory=生きものの物語”と題されている。これは、第13回(2018年開催国際舞台芸術祭)のテーマが“かぐや姫avecアインシュタイン”だったことに呼応している。因みにかぐや姫の登場する「竹取物語」には紫式部も言及しており、日本の物語文学の祖として極めて高い評価を与えているが、それも当然のことと言わねばなるまい。何となればこの物語には、日本の物語の総てのパターンが祖型として組み込まれているばかりでなく、極めて効果的に組み合わされることで物語としても超一級の名作となっているからである。無論、「竹取物語」同様現在まで古典として残っている「堤中納言物語」も名作であるが、これほどの傑作が何故か二作品共に作者不詳であるという所が奥ゆかしいではないか。
    さて、そろそろ上演作品各々の解説・評と参ろうか。
    Ⅰ:「装蛾舞戯Moth Gathering」 ジェフ・モーエン&奥山 由紀枝さんのユニット、毛円ダンスの公演でシアターXのIDTF出演は2018年に次いで2度目だ。振付をモーエンさんが、衣装を奥山さんが担当した。この2人のダンスは、ゆっくりした動きの中にこそ活きる鍛え上げた身体の齎す見事な身体の力学的緊張をベースに、考え抜かれ極めて理性的な所作の展開と、用いられている十二単の色味を基礎にした赤・青・黄・紫などを繋ぎ合わせた大きな方形の布を用いつつ、蛾が命の盛りに炎の中央に吸い込まれてゆく習性をも織り交ぜ、この地球に生きるありとあらゆる生命の象徴として、誕生から死までを、そして再生をも表現したような作品であった。無論、身体表現以外の色彩、照明、用いられている音楽とのコレスポンダンス迄見事に融和し調和した傑作。評価は華5つ☆
    Ⅱ:フランスのニナ・ディプラさんが2013年から毎年、来日してシアターXで行ってきたワークショップ参加者の中から4人の役者が集って演じた。ユニット名はニナ・メイツ。作品タイトルは「ニナ愛づる者たちのBIOhistory」全員ダンサーでは無いから作品コンセプトをどのように纏めるか? について迷いもあったのかもしれないし、コロナ騒ぎで大変な点もあったとは思うが、国も殆どの自治体も非科学的で非合理的即ち頓珍漢な対応しか取れなかった(和歌山県と鳥取県を除き)状況の根源にあるものをこそ、表現する者の持つイマジネイションや哲学で解き明かし舞台化してほしかった。4名のうち、男性が1名、他は3名の女優さんたちで、若いということもあるだろうが、表層レベルの表現に終わった点は、熟考の余地があろう。そういえば亡くなった小田 実さんが生前面白いことを仰っていた。民主主義というものを考える時、例えば多民族国家であるアメリカやフランスのような国を人種の坩堝と考えるより、サラダを考える。即ちメルティングポットのように各々の個別性を綯い交ぜにしてグチャグチャにしてしまうのでなく、個別性はキチンと活かしたままで全体として上手く機能するような社会、それが真に目指すべき民主制ではないのか? というような発想である、三密を避けるなど自分自身に向き合ってゆっくり考える時間はあったハズである。国も自治体も有効な策を採れないならば自分たちの頭でじっくり考えて新たな案を提案すること。これもアーティストの役割だろう。基本は、現在最も危機に陥っているファクト自体を探り当て、見極め、コロナ問題であれば、医学・科学・社会学・心理学・情報リテラシー・情報共有方法・プライバシー保護方法・対処療法収集及び分析・生活保障方法などの対策を具体的事実を集積すると同時に分析しその結果を活かしつつ新たな情報、情報共有手段ネットワークを構築、事実のみから演繹された結果を合理的・科学的に統合しつつ、基礎になる感染症の基本対策即ち罹患者と非罹患者との隔離を徹底する為の罹患者集団の社会階層や職種、罹患条件の明確化を図ることによって次のステップへの合理的絞り込みの確立を上げる等々。即ちファクトを基に合理的検査手法の喫緊な実施と治験に繋がるような研究も為されなければならなかったが、それを実際にやったのは、本当に事態を憂い自分たちの頭を用いて考え実践した研究者、企業を含むサポーターたちであったのは如何にも日本らしい。文科省や厚労省がやったようにラボや大学研究機関を活用させない方法とは逆の徹底活用とスタッフケア等々及びジャンル横断的知の結集等じっくり考えて頂きたい。こんなに細かいコロナ対処を書いたのは、無論死と生の間で生きている間に自分と世界(自分を取り巻く状況や環境と言っても良い)との間に生きて働く思考を打ち立ててもらいたいからである。小田 実さんの「サラダ民主主義」の場合でも個々の自由を極力阻害せぬが他者に何でもしていいということにはならないような社会的器は当然創らなければならない。でなければ表現の普遍性に必然的に収斂するような作品作りにしなければ、少なくともアートとは呼べまい。サラダ的でありつつ、傑作とされるような芸術作品として自分はカンディンスキーの初期コンポジッションを挙げたい。このような作品をものする為にカンディンスキーは点・線・面という絵画表現上の根本的問題をキチンと考えていた。今作評価は☆3つ。
    Ⅲ:仲野 恵子 「生命潮流未知=ライフタイドX-300才(歳)のおどる虫の女の子」仲野さんのソロ。300年を生きる虫の生々流転と見紛うような生命誌。年齢によらず、精神は童女。(女の童と表記したい所だ)用いられている曲も当に子供のような歌い方で歌われた童謡で、虫なのにメスではなく女の子とされている点や、ご本人のはにかみなどの全体が、舞台奥で踊ったこと等にも表れていて、キュートである。どちらかといえば感覚に頼る部分が多い表現者とお見受けしたがダンサーとして身体全体を躍動的に用いるのが常態であるのに、一瞬、左腕だけ脱力させたようなシーンがあって、これを方法化したら天才的な躍りになり得るのではないか? ということを考えさせてくれたダンサー。評価は☆4つ。

    0

    2020/06/18 22:23

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大