即興インプロ鍋 公演情報 シアターX(カイ)「即興インプロ鍋」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

     2部構成、第1部はかぐやavecアインシュタインの流れから「竹取物語」を変容させた物語、今作はポーランドのワルシャワとポズナンで先行上演されその報告上演である。流石に海外の舞台で上演してきただけあって古語の持つ様式に演者の血が通い、様式が単に型ではなく、生きて血の通うヴィヴィッドなものに変容している点、殊にかぐやに振られる男総てを1人で演じた宇佐美雅司氏の演技に成長が見えた。第2部は、様々な演者によるパフォーマンス、ダンス、歌等の即興。ラストを誰が演じるかだけ決まっていて、外は名前の書かれたカードをシャッフルして引き抜き、名前が出た者が演じるという形式。実に楽しい。5日は観客も参加する形になりそうだ。因みに今回のテーマは堤中納言物語に収められた1編”蟲愛ずる姫”である、(追記1月7日)

    ネタバレBOX

     第2部の取りを飾ったのは中村桂子さんのダンス、「DNAの踊り」中村さんは大きな白いヴェールを頭から被り、傷ついていないDNAなら生きる命をこのように寿ぎ、嬉しく感じて軽やかにたおやかにリズミカルに生命を迸らせたであろうというイマージュそのもののスキップダンス、パフォーマンスを為さった。会場を訪れていた観客席からも多くの方が参加、極めてヴィヴィッドで楽しい生命の賛歌と言えるダンスパフォーマンスであった。中村さんは生物学者であるがJT生命館館長である。まあ、肩書などどうでも良い。科学的知をベースに生命の本質を良く理解し、他の生命との共生の中でヒトも生きるということを実践なさっている研究者だ。彼女はお話の中に既に亡くなっているがパスツール研究所の研究者でノーベル生物学賞を受賞したフランソワ・ジャコブの言を引用して生き物を定義した。それによればジャコブは「生き物は予測不可能なものだ」ということと「生き物は鋳掛屋みたいなものだ」と定義していたそうだ。現代流にいうならやっつけ仕事で色々なものを集めたブリコラージュということになろうか。何れにせよジャコブの2つの要件に彼女は「矛盾の塊」という定義を加えた。
     ブリコラージュの例として中村さんの挙げた具体例を書いておくと、蝶々が卵を産み付ける植物を選ぶために幼虫が食べる葉の味見をするのだが、その際足の先でつんつんと葉をつついて味を確かめる。蝶の味を感じる器官(人間の舌でいえば味蕾)は脚先についているからだそうである。而もこの器官は蝶も人間も変わりがない。これに反して機械を作るとなるとその使用目的や使用条件に従って最も合理的な素材を選び、設計も無駄なく合理的に動かせるように兎に角、合目的的に作られるが、生き物は高等生物であろうが下等生物であろうが、味わうためには既にある味わえる器官を、見る器官なら既にある見える器官を流用し有り合わせのものを使ってやっつけ作業でできているのが、生命体の基本原則なのである。有り合わせで間に合わせている訳だから矛盾が生じることも多々あろうし、状況が変化した時、生活環境が激変した時、何がどのように作用して、どのように変化(進化)してゆくのかも予測不能である。(DNAの個々の塩基がどのような時に目覚め、どのように機能するのか未だ殆ど分かっていない)。ただ生き物はこのように生き残ってきたし、対応できなかった者は死滅した。厳しい生存競争と生環境の激変に遭えば必ず生き残る僅かな種と絶滅する大多数の者が分かれる。現在地球を支配している種も例外ではないことは、恐竜の絶滅をみても明らかだろう。だからこそ、生き残った命は自らの生存と存在を根本的なレベルで寿ぐのであり、これは本質的な喜びだ。中村さんのダンスを拝見して自分はこのようなメッセージを受け取った。

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    2020/01/04 23:27

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  • かぐやの傾く件についてはまた、別稿で。
                ハンダラ 拝

    2020/01/07 15:37

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