シド・アンドウ・ナンシー【CoRich舞台芸術まつり2009春 グランプリ受賞作】 公演情報 MCR「シド・アンドウ・ナンシー【CoRich舞台芸術まつり2009春 グランプリ受賞作】」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    櫻井ワールドを堪能
     シュールな笑いの中に哀しみが見えた。最初から最後までだれるところがなく、櫻井ワールドを堪能出来た。櫻井智也の作品は一見思いつきやひらめきで作られたように見えて実は奥が深いというのが特徴だが、今回の作品は特に完成度が高い。

     シド・アンド・ナンシーとはパンクの人気グループ、セックスピストルズのベーシストシド・ヴィシャスと彼の恋人であったナンシー・スパンゲンの退廃的な恋の物語を映画化したもの。今回の芝居に直接的にシド・ヴィシャスが出てくるわけではないが、シドとナンシーのお互いがお互いを傷つけ合いながらも愛していくその愛の形をひとつのモチーフにしている。

    ネタバレBOX

     昔の仲良かった友達。馬鹿をやっていた毎日もかけがえのない日々だった。あの仲間たちといつまでもいつまでも楽しい毎日が続くと(続いてほしいと)みんなそう思っていた。しかし、時は流れ気がつけばそのうちの一人(安藤)はやくざになっていた。別になろうと思ってなったわけではない。気がつけばなっていたのだ。

     その安藤の元に昔の仲間が顔を出してくる。みんな気持ちは昔とは変わらない。しかし、それぞれの立場や環境は変わってしまったのだ。それぞれが重い荷物をしょっている。

     昔、あこがれの親友だったたっちゃん。そのみんなのヒーローたっちゃんさえ、今や別人のようであり、毎日300g太っていくという奇病で、死にかけている。変わっていく友達、その中で変わらない友情があり、仲間は仲間のためにどんなことだってやろうとする。やくざの事務所に昔の仲間が安藤を助けるために殴り込みをかけるシーンは笑いながら泣けるシーンだ。

     一度別れ別れとなった仲間が昔のままの仲間に戻るのは簡単なことではない。しかし、昔の仲間が今でも馬鹿をやっている。その馬鹿さ加減が昔同様、いとおしくていとおしくてしょうがないのだ。

    安藤役の中川智明の演技がいい。「めんどくせー」という言葉が口癖の彼は「めんどくせー」と言いながら、人生のレールを転がり落ちている。その悲哀を鍛えられた体と陰影のある表情で見事に表現していた。安藤もまたシド・ヴィシヤスなのである。

     櫻井智也の芝居は、安易に面白いとか笑えたとか言う表現が使えない。櫻井の中には常に退廃的なものへの憧れ、不健全なものへの憧れがあるのだ。だから彼の書く芝居には常に毒が隠され、笑えば笑うほど、面白ければ面白いほど、胸が締め付けられるという構造だ。

     毎日300gずつ太っていくという奇病。これをさらっと考えつくところが天才櫻井智也の凄さである。白血病やガンに冒された主人公であればみんな泣ける。しかし、いかにも健康そうにどんどん太って死に至るという病いは同情さえしにくい。だれも同情しにくい、奇病にかかるなんて、なんて哀しいことだろう。そして現実世界を見れば、今日本は戦争もなく、飢餓もなく、極度の貧困もない。しかし、科学の進歩だの技術の進歩だのと言ってぶくぶくと太りながら、確実に崩壊に向かっているのである。

     作者がそんなことを象徴的に描いたというわけではないが、この作者がエピソードで描くもの、そして、語る言葉のひとつひとつが自然に、若者にとっての人生論になり、また文明評になっているのだ。今、その作品を見逃すことの出来ない作家の一人だ。

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    2009/04/23 00:19

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