鯨を捕る 公演情報 ワンツーワークス「鯨を捕る」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

     先ず、注意しなければならないのが、鯨は何を意味しているか? だろう。鳥取県の沿岸漁師が1.5tの着火(チャカ・沿岸漁業を営む漁師が用いる小型漁船せいぜい数トンまでのサイズで推力は焼玉機関、そのエンジン音が着火・爆発を連想させる所からこのような呼び名がついたと聞いている)で、体長7m、体重1.5tのイワシクジラをたった1人で仕留めたとして新聞記事にも載ったという設定で始まる物語だ。(追記1回目3.20)

    ネタバレBOX


     序盤、翔やその母・嬉海子の少し不自然な態度で何らかのトラブルで東京に居られなくなった母子の事情が暗示され、察しの良い観客には、いくつかの理由が脳裏に浮かぶハズである。中2で翔が中学を止める理由など他には考えられまい。嬉海子は未だ仕事を辞めた訳では無いこと、10年近く寄り付きもしなかったのに、自分の都合だけでのこのこ父を頼ってくる甘えは、矢張り海難事故で妻・はなを失くした失意の父・柳太郎との口論の中で炙り出されてゆくが、この構成。柳太郎が留守中にアルバムを発見し、特定の写真だけが無いという伏線の張り方、而もこの1年漁に出たことが無かった柳太郎は、組合が出漁を禁じている日に船を出した。この疑念に対する対応を執拗に描く辺り、単にやや不気味というより海の藻屑と消えた大切な人の眠る無明の海の広さ・深さと人の心の深淵を描いているようでもある。即ち広大無辺の前に、1本の釘のように立つ人間という存在の淋しさを湛えて意味深長である。
     更に翔が時折呟く、親友と思しき者の愛称の意味も物語が進むにつれて明らかになってゆくので、勘の良い者にはこの時点で失踪の理由は確定できるものの、母子が片田舎へやって来た心理的理由(インターネットが蔓延している現在無論、そんなガードが意味を為さないこともキチンと示されているが)も、矢張り実際に当事者にならなければ、本当のことが体得できないという普通の人々の実存を表してもいよう。
     さて、序盤・中盤で展開するこれらのものごとを収束させなければならないのは、劇作の必然である。以下、自分の解釈を紹介しておく。
    女性は、生命のプロトタイプであるから、環境悪化などが原因で生命のホルモンバランスが崩れた場合、性差無しの場合は別にして単性生殖を担うのは無論、♀である。即ち♂、♀を比較した場合、直接生存に関与し得るのは♀のみであって♂では無いと言うことが出来よう。だからこそ、船を出す時、最初に乗ると決めたのは男達なのである。何となれば海は、生命の母だから、男達が率先して船に乗り込み、海という生命の根源に自ら嵌入し、再び発生の経路を辿り直すことによって生まれ変わることを意味するのだ。その時、女達は、各々の役割を示す。母である嬉海子は、巨大坩堝のような海に出ることで、己の経験を深化し体験の意味を明らかにすることによって人として成長を遂げ、はるかは巫女として捧げもののロールキャベツを持って船に乗り込んだ訳だ。

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    2019/03/19 13:35

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  • ハンダラです。取り敢えず第1回追記しておきました。
                         机下

    2019/03/20 13:08

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