テネシーウィリアムズ短編集 vol.2 公演情報 有機事務所 / 劇団有機座「テネシーウィリアムズ短編集 vol.2」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

     T.ウィリアムズの作品4編と彼へのオマージュとして書かれた短編が1篇。場転以外に10~15分の休憩1回を挟んで約3時間半の長丁場である。他の観劇予定が入っている方は注意すべし。

    ネタバレBOX

     5作総てが、場転に余り時間を取られないように、似たシチュエーションの舞台設定である。即ちどの舞台も総て安アパートの1室や共用スペースである。1作だけ、売春宿の1室という設定もあるが。
     第1話:ロンググッドバイ(有機座・訳)
    癌だった母が、息子、ジョン名義でと兄妹に某かの金を残す為に自殺を遂げた後、小説家志望のジョンの部屋を訪れるのは失対事業で少し稼ごうと思っている友人のシルバビルだけだ。彼はジョンが窓から飛び降りるのではないか? と極めて最もな想像をして心配しているのだ。 一方貧乏臭い生活を嫌って出帆してしまい、今や堕落した生活をしていると思われる妹、マイラからは、1枚絵葉書が届いただけで実際どんな暮らしをしているのかは語られない。尤も、映画のフィードバック手法のように過去の再現シーンが何度となく登場するので、兄妹の過去の生活、母との別れ等々も自然に描かれるという寸法だ。
     ところで、今日はジョンの引っ越し当日。引っ越し業者の出入りもあって、様々な時間が同一空間の中で描かれる点で映画的な作りになっている。有名な作品だから内容はくどくど書かない。ただ、今作は有機座が自分達で訳したということが当パンに書いてあったので記しておく。良い原作を原文で読むのは楽しいことだから、こうやってどんどん自分達自身で訳すのも良いのではあるまいか。少なくとも彼我の差をある程度自分達の感覚に即して正確に知る為にも、本当は自分達で訳したいものである。無論、その為の語学習得や勉強は必須であるが。自分は今作を原文で読んでいないので口幅ったいことは言えないが、原作を原文で読むことの面白さは原文に用いられている各単語のコノタシオンの差から、湧き上がってくるイマージュの差、イマジネーションの差がくっきり見えるということがある。この辺りに彼我の差のかなりの部分が含まれると思うのだ。
     第2話:あるマドンナの肖像
     第3話:バイロン卿の恋文
     第4話:バーサよりよろしく
     第5話:扉の無いアパートメント
     この第5話が銀漱氏の作・演による、テネシー・ウィリアムズへのオマージュ。設定は1963年8月23日、安アパートの共有スペースでは、男2人が対話している。片や一度、新人賞を受賞したものの、後は鳴かず飛ばずの小説家で、人の集まる場所へ行っては人々の会話を聴くのが趣味という男、片や3年前に失職し、女房・娘に逃げられ部屋に引き籠って在りもしない工場の話やら、そこへ一足先に引っ越している女房・子供という嘘をでっち上げて、自らの傷を隠蔽している男、そして3人目の男は公民権運動に携わり運動に夢中になった為か、折角入った大学の奨学金を打ち切られた若者。この3人は、それぞれが自己正当化しながら生きていたのだが、互いの隠していた部分が、各々相互の揶揄によって次第に明らかになってゆくという作品。公民権運動の若者だけは、ワシントンでこの運動のリーダーだった者、(ハッキリ名指されてはいないが、キング牧師)の呼びかけに応えたムーブメントに参加すべく出掛けてゆくので、多少、未来が見える。何れにせよ、この3人の揶揄合戦で明らかになってゆく互いの実生活が、壊してゆく妄想のギャップが興味深い。惜しむらくは、テネシー・ウィリアムス自身が抱えていたような闇を、銀漱氏は個人的には持たない為、狂ってしまうまでの強烈なキャラクターとしては3人のうちの誰一人造形されていない点だろう。

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    2017/11/04 10:03

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  • 翠野 桃さま
    濃密な時間を有難うございました。
    いずれにしても優れた作品は、人間を
    深く掘り下げていますね。多少、荒削りでも
    本質を深く追求している作品がいいですね。
    皆さまにもよろしくお伝えください。
                 ハンダラ 拝

    2017/11/12 01:41

    翠野桃です。この度も劇団有機座テネシーウィリアムズ短編集に御来場頂きまして、有り難うございました。精進いたします。今後とも宜しくお願いいたします。

    2017/11/08 22:14

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