ニコニコさんが泣いた日 公演情報 演劇企画ハッピー圏外「ニコニコさんが泣いた日」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

     太平洋戦争末期、東京が大規模な空爆を受けるのではないか、と巷ではひとしきりの噂と言いたい所だが、危ない危ない、何時なんどき特高に引っ張られるかも知れない。当然、拷問も覚悟しなければならないから人々は口を噤んでいる。物語が演じられるうちにも何度も空襲警報が鳴らされ、敵機の飛翔する不気味な爆音が音響の重い圧し拉ぐような轟きで表現される。偵察機が年中この街の上空を飛び回るので人々は近いうちに大規模な空襲があるのではないか、とそっと話し合い、心配している。(少し追記9.23最終追記9.25:04:15)

    ネタバレBOX

     そんな折も折、戦争で動物たちの檻が破壊され、象や猛獣が逃げ出し、人々を襲ったら、という懸念が現実のものとなりつつあった。而も、人間でさえ、食う物に困り糊口を凌ぐのにアップアップしているというのに、観賞用の動物たちに餌を与えるのは余計な負担だとの声も上がる。特高がうろつき監視の目を光らせている中で、お上は動物達の殺害命令を下す。然し、動物園に勤める者は園長から飼育係に至る迄、動物が好きで好きで堪らない人々が就労しているのだから、そんな命令を素直に聞き入れることができる訳もない。然し、官憲の要求は執拗且つ残酷に進められた。
     納得できない園側の皆は何とか打開策を見付けようと相談、他の動物園で預かって貰うと衆議一決し、飼育係の小林がその任に当たるが、大きな動物園のあるような都市は、空爆される危険も高く、而も自分の園で抱えている動物達の面倒を見るだけで手いっぱいであるとして、相談する先々で断られていた。官憲の追及も日を追って厳しくなる。お上もこれ以上は待てないと通告してくる。その中で必至に動物達の延命を画策する園側スタッフたちだった。園長は、先ずどの動物が有事の際最も危険かを専門家の立場から具申、象は体も大きく、暴れ出したら手が付けられないという理由をつけて殺処分の最初の動物とし、他の動物が殺されないよう手を打ったうえ、象の皮膚が厚過ぎて、注射針が入らないと嘘をつき誤魔化そうとしたが、特高に踏み込まれ止む無く飼育係、ノコニコさんの下へ案内した。結果、運の悪いことに彼が、針を曲げている現場を、執念深い特高に押さえられてしまった。ニコニコさんは即座に収監された。また、近くの美大生の手引きで動物達を助けようとしていた花子の妹も、美大生共々、左翼運動をしたとして逮捕され、拷問の憂き目に遭う。
     園長、小林には赤紙即ち召集令状が届く。通常、園長の年齢になれば召集令状など来ないハズだが、中国戦線で馬の世話をする者が足りないという理由で赤紙が届いたのだ。つまり大本営発表とは反対に大日本帝国が劣勢に立たされていることは、この事実からも明らかである。無論、制空権を失っていることも敵機が年中飛来していることから明らかであり、動物園で飼われている動物達を殺すことが、国の利益だというトンデモナイ状況に至りついている訳だから、勝つ見込みなどどこにもない事も冷静に見れば明らかであるにも関わらず、天皇、裕仁も軍部も率先して戦争を止めようとはしなかった。無論、何度か停戦しようと画策したことはあった。が、時既に遅し。沖縄を捨石にして、口先だけは「一億総火の玉」だの「欲しがりません勝つまでは」等々と流し・流されていたのである。
    ところで日本側の優柔不断とアメリカ側の利害が皮肉な邂逅を遂げる。アメリカサイドでは莫大な開発費をつぎ込んだ原爆を用いずに戦争を終結させれば、ソ連の伸長により戦後の世界支配に不利になるという計算と、秘密に開発した原爆に掛かった莫大な費用に対して自国民に対して言い訳が出来ないという政治的理由から、アメリカは何が何でも原爆を最後に残っている敵国である日本に落とす必要があった。だからわざと戦争遂行に必要な最低限の重要施設は空爆せずに残した。その間、ウラン型のみならず、プルトニウム使用の原爆を開発する時間も余力も充分にあったからウラン型とプルトニウム型、2種類の原爆を落とすことで、その効果の差を実験する意図が在ったことは容易に推察できる。戦争状態にある敵国というのは恰好の言い逃れであった訳だ。周知の如くマンハッタン計画は、極秘事項であり、その全容を知る者は大統領とごく一部の政治家、科学者だけであった。
     何れにせよ客観的に観れば、チャーチルが述懐しているようにアメリカを参戦させた時点で「勝った」と連合国サイドは確信し得たのである。
    ところで、今作の本当の凄さは、日本側が全く展望の無い・無謀そのものの太平洋戦争に突入したにも拘わらず、日本軍部及び裕仁の戦争犯罪は一切描かず、社会で普通に暮らす人々が受ける理不尽と、園の人々だけがテレパシーによって動物と心を通わせることができる世界に対して、そのようなことを総て建前と下らない政治的判断に還元して恬として恥じない愚かで残虐な、お上を対置することで、戦争のバカバカしさ、(不条理なという難しい漢語を用いても良いのだが、これはabsurdeを漢語訳したものであり、元々馬鹿げたという意味である)その非生産的で愚かな行為が庶民に齎す苦悩・苦痛、深刻な悩みと理不尽極まる死を描いている点である。これが実に雄弁なのである。
    何時も心に響く作品を作ってくれるハッピー圏外だが、分かり易く、深いという意味で劇団代表作と言われる名作である。シナリオの良さは無論のこと役者陣のキャラの立った演技、演出、音響、照明の効果的な用い方、合理的な舞台美術、そしてこれら総てのバランスの良さから名作と呼ばれるに相応しい作品と言えよう。

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    2017/09/22 12:49

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  •  追記最終です。ご笑覧ください。
              ハンダラ 拝

    2017/09/25 04:15

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