Dimensions Garden Live vol.2 公演情報 J-Theater「Dimensions Garden Live vol.2」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

     日本の近代作家・詩人4人の5作品をオムニバス形式の朗読+身体表現で構成した部分に、間奏感覚で挿入されたダンスと歌唱のコラボレーションが織りなすエンターテインメントと言って良いだろう。

    ネタバレBOX

    朗読+身体表現では(科白なし)に演じられる作品と(科白あり)で演じられる作品に別れ、多様性を目指した構造になっている。
     因みに作家名と作品名は以下の通り。
    1.「野ばら」小川 未明:国境に接する地点を警備する大きな国とそれより少し小さい国の、若い兵士と老兵の、勤務初期から戦争勃発直後までの人間関係を描いた、有名な作品だが、それぞれの守るモニュメントの中間に咲く野薔薇が、若い兵士の死を暗示して切ない。
    2.「失敗園」太宰 治:妻が栽培している野菜たちの呟きを通じて、愚かな戦争に突入していった「軍エリート」や為政者の愚を、またその結果としての敗戦後の、戦中よりも酷い飢えを太宰らしいアイロニカルな視点で綴った掌編。
    3.「蜘蛛の糸」芥川 龍之介:説明はいらないと思うが、念のため。大泥棒で殺人なども犯したカンタタは、生前たった一度だけだが無体な殺生をせず、蜘蛛を助けたことがあった。釈迦は、これに免じて地獄に落ちたカンタタに一筋の蜘蛛の糸を垂らす。銀色に輝く細い糸が血の池のカンタタの所迄降りてきたのを幸い、彼は地獄脱出を試みる。然し道のりは遠くさしものカンタタも疲れて休み、その際、下を見ると亡者どもが蜘蛛の糸をよじ登ってくるのが見えた。カンタタは思わず、彼らを拒否する言葉を吐く。するとカンタタの摑まっていた直ぐ上の所で糸が切れ、カンタタは落ちていった。
    4.「よだかの星」宮沢 賢治:この作品も余りに有名な作品だから、説明の要はあるまいが、念のため。よだかは、その容姿が醜いと鳥仲間から常に苛められ、からかわれている。名前はよだかなのだが、鷹の仲間ではなくカワセミやハチドリの仲間である。だが、名前に鷹という単語が入っている為、鷹に改名を迫られ明後日の朝までに改名していない時には殺害すると脅されてしまう。悩んだよだかも始めはいつものように羽ばたきながら羽虫を捉えて食べていたが、カブトムシを飲み込んだ時、自分が生きてゆく為に他の命を奪っていることに気付き、他の命を奪って生き続けている一つの命である自分が、鷹に殺されそうになってこれだけ怯え、苦しんでいることに気付いて虫を食べることを止め、どこか遠くへ行ってしまいたい、と願い太陽や諸星に宙へ連れて行って欲しいと願を掛けるのだが、悉く拒絶されてしまった。もう意識も殆ど無くなり地上に激突して息絶えるかと思われた瞬間、彼は最後の飛翔に賭けた。真っ直ぐに上昇し、体が凍って、唯、その息ばかりが炎のように熱く吐き出される中、よだかは上も下も自分が飛んでいるのか否かも分からなくなったが、その涯に遂に自分の体が青白く燃え、カシオペア座の横に輝いているのを発見する。
     今作で、よだかを演じたのは、女優の松谷 なみ。作品の持っているヴィジョンをキチンと見定め、そのヴィジョンを身体化した舞台を見せた。見事である。
    5.「虔十公園林」宮沢 賢治:虔十と称され、子供たちからも良くからかわれて、少し足りないと評価されていたのが、虔十である。アメニモマケズのコンセプトを人間化したような人物と言ったら分かり易いだろう。虔十の家の土地で学校に接し、唯芝が生えていた遊休地があったのだが、虔十はある時、ここに杉を植えたいと言い出した。今迄一度も願い事をしたことの無かった虔十が、生まれて初めて望んだことだというので、父は杉の苗を買ってこの土地に植えることを許可したが、表層部は兎も角、少し深い所は粘土層で杉など育つハズが無いと周りの者は彼を馬鹿にし続けた。殊にこの土地の直ぐ横に畑を持ち農業以外にも人に言えないようなことで金を稼いでいる平二は、虔十を虚仮にして何のかんのと難癖をつけてくる。終には周りに人が居ないのを確かめ、虔十をこっぴどく殴る。神が怒って祟りを為したか、その後平二はチフスに罹って死ぬが、虔十もその十日ばかり後に亡くなってしまった。ところで、この杉林、虔十が律儀に整然と植林していたので、子供たちが大勢遊びに来ては、列を為した杉の間にできた道に固有の名前をつけ、隊列を組んでは行進するなどの遊びに使っていた。虔十没後、20年、アメリカに留学して博士号を取った人物が故郷に戻って、鉄道が通り、様々な施設などもできて様変わりしてしまった街に、尚一切変わらず子供達の遊び場となっている虔十の杉林を見、同道していた校長に虔十の名を冠したモニュメントを建て、この土地をずっと守り続けてはどうかと提案、それが実現することになるという話だ。あの時代、現代のエコロジーを先取りし、先の見えない人々に馬鹿にされた人物が実は天才であったかも知れないことを示唆することによって、下らない学力評価を見直す視点をも提示していると同時に、大衆に認められるには余りに早く新たな価値を創造してしまった天才の孤独と生を浮き彫りにしている点も見逃せない。
     J-Theaterは、ベテランが若手になにくれとなくフォローをしつつ育ててゆく傾向を持っているが、今回もその面は変わらない。欲を言えば、ダンス場面でタップやフラメンコ等難易度の高いものも入れ、若いメンバーの更なるスキルアップも目指して欲しい。

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    2017/07/06 03:43

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