カゲキ・浅草カルメン 公演情報 劇団ドガドガプラス「カゲキ・浅草カルメン」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    2度目 今回は女性中心に
     一回目は主に男たちのことを書いたから、今回は女性たちについて書いておこう。そうでなければ片手落ちになろう。

    ネタバレBOX


     ヒロイン、カルメンを始めとして「はした女」として生きる女たちの哀しさ、辛さが描かれている点を評価したい。己の意思を通す前に汚された女たちの哀しさは何によって癒すことができただろうか? 実は癒しようが無かったということではないのか? だからこそカルメンは干という自滅型純情を愛したのであり、自分のマブという立場に置きたがらなかったのではないか? 散々悪を担ってきたその道のプロ、我流とは異なり自らの汚れを浄化してくれるような、憧れを持ち続ける可愛らしいペットとして、干を愛することができたからである。
     一方、カルメンほど斜に構えた訳ではないが、勝 小吉に入れあげた芸者、照古満も泣かせるではないか! 小吉を二度まで救って命を落としたが、自ら「はした女」として迷惑を掛けぬように亡くなってゆく。分限思想は大嫌いな自分だが、人の知恵は己を知ることにあるのもまた事実である。自らが自らの頭で考え抜き、社会の不条理の中で納得できたなら、悲しいかなそれは上意下達ではなく実存としての己の選択の結果である。逆に言えばそれだけ深く自らの人生を背負って生きたということである。このような見方をする時、照古満の人生は内面から輝きを放つ人生なのである。
     カルメンの妹分も同様である。上方から流れてきた沢村との逢瀬で、自らを「はした女」として一歩下がった所から自己規定している。如何に女性が公式的立場からは被差別的に扱われていたとはいえ、若い女性が、己の社会的位置を一歩下がって認めるということは、並大抵のことでは無いように思うのは、現代に生きる我々の性からだけだろうか?  
     さて、どん尻に控えしは、小吉の妻、信である。小吉の本人にすら思いつかなかった魂の迷いを見事に見抜き、小吉を遊ばせて更に自由に奥底への旅に向かわせている。真に頭の良い女性であると共に紛れもない女傑であろう。小吉は信故にこそ、自由に羽ばたくことができたと言いうるからである。
     社会性で男を立てた世界を描くと共に女性のこのような強さ、存在の深さを描いている点でも優れた作品だいうことできる。

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    2016/03/09 23:40

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