アムステルダムの朝は早い 公演情報 劇団半開き「アムステルダムの朝は早い」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    拘置所19番の科白
     作家も自嘲気味に述べている通り、凶悪犯の話でも、死刑囚の話でもなく、軽犯罪の初犯の話であるから、ここ迄演劇的に要求すること自体ナンセンスと言われかねないが、矢張り、これだけ多くの新作が作られ、上演されて、そのうちのある程度の作品は拝見している身として言わせて頂いている。

    ネタバレBOX

     要は、「女は愛されてナンボ」という拘置所19番の科白に象徴されてしまうのか? ということである。ケツを捲るというのは、この程度のことか? というのを問いたいのである。無論、現実にどうのこうのというより、見沢 知廉が獄中で受けた辱め(独房での糞尿垂れ流し放置や鉄条網上での正座等々)のようなことを敢えてミックスしてしまっても良いのではないかと考える。というのも、正確に日本の留置、拘置制度を書きたいのであればドキュメンタリーなどの方が鮮明に批判ができようし、アメリカとの比較もより客観的に出来るであろうからである。要は作家が何を描きたいかなのであるが。
    日本の人権を無視した司法制度を効果的に描きたいのであれば、自分の挙げたような例をミックスするのもありかとは思う。まあ、司法からのクレームのことも考えなければならないから難しさはあるだろうが。演劇的には、よりエッジの効いた作品になるとは思う。
     自分はこのようなポジションなので、小じんまり纏まり過ぎているという印象を持った。
     どだい、アメ公にちゃちゃ入れられりゃ何が何でも従うチンケなオカマ野郎が、最高裁判所裁判官である。こんな茶番がまかり通る「国」の法なんぞにどれほどの意味・権威があるものか? 茶番に過ぎまい。官僚機構が冷たいのは、この茶番を隠さなければならないからであろう。一方、マッポが、ある意味、人間的なのは、彼らの職務がもともと、甲賀の下人に担われる類のものであったからではないのか? 忍びのうちで下人とは、無論、穢多、非人と同列の被差別民である。苦労の多い分、杓子定規で非人間的な日本の官僚共より、より人間的であるのかも知れぬ。

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    2014/08/29 02:08

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