満足度★★★★★
貧困による破滅
貧しさから身を滅ぼしてしまう男を描いた、オペラと聞いて一般的にイメージされる様な華美なイメージとは無縁の作品を大胆なヴィジュアル表現で演出し、演劇としてもインパクトがありました。
舞台全面に数センチメートルの深さの水が張ってあり、その上空に吊られた巨大な部屋が前後・上下に移動する斬新な舞台美術の中で物語が展開し、主人公とその近しい者以外は奇怪な出で立ちで、ヴォツェックが狂っている様に見えるが実はヴォツェック以外が狂っているのではないかと表現している様でした。
黒いスーツに帽子姿のアンサンブルがパンやお金がばら蒔かれる度に水しぶきを上げて拾いあげようとしたり、鼓手長や楽隊が乗るステージを持ち上げて歩いたりと権力に支配された貧乏な庶民達を象徴していました。酒場のシーンでは髪が薄く白塗りのメイクにすすけた衣装でゾンビの様な人々が群れていて不気味でした。
ヴォツェックとマリーの子供が本来登場しないシーンでも舞台上にいて、端で佇んでいたりペンキで壁に単語を書いたりするのが、この作品が持つ救いの無さを強めていました。最後のシーンで登場する児童合唱も黒いスーツに帽子の姿で、貧困が子供の世代に連鎖することを象徴していたのが印象的でした。
音楽は無調で親しみ易い旋律が皆無ですが、調性のある音楽では表現出来ない緊張感や不穏感が出ていて、所々で現れる調性感のあるハーモニーが際立っていました。舞台裏で演奏する軍楽隊や、舞台上で演奏する酒場の楽隊、ピアニスト(わざと調律を狂わせたピアノを演奏)が狂気で歪んだ世界を描いていて効果的でした。
ヴォツェックを演じたゲオルク・ニグルさんの狂気に侵されて行く演技が素晴らしかったです。