「日」本ヘラヘラなぐさめあい in flont of ロボット・演技性人格障害・紗羅薔遺兎子の聖聖瞬(DQN or 中二 mixmax)→ていうかそれすらどーでもいいから神待ちhapppppppppy!!!!!!!!! 公演情報 宗教劇団ピャー! !「「日」本ヘラヘラなぐさめあい in flont of ロボット・演技性人格障害・紗羅薔遺兎子の聖聖瞬(DQN or 中二 mixmax)→ていうかそれすらどーでもいいから神待ちhapppppppppy!!!!!!!!!」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    ポコペン
    第Ⅰ部では、現在、若者のみならずこの「国」の普通の人々が置かれているカオティックな状況が、その精神のアンバランスという形で表現されている。今回は、“ピャー”がこの数作特徴的に描く、巨大な機械や正体不明の何者かに焦点を当ててみよう。(追記2014.1.19)

    ネタバレBOX

     今作では、ポコペンと名付けられたロボットだが、カオスの中で悶える人々の光明たるべく、科学者が作り出したものだ。
     ところで“ピャー”作品に現れるカオスは、ギリシャ神話でクロノスの前に支配者であった始原のカオスではない。生存の与件が壊された果てのカオスである。そして現代資本主義社会に於ける生存の与件とは、言うまでも無く、衣食住が、基本的に自給できること、健康で不安のない暮らしをする為に、余計な災厄の心配をする必要がないこと、其処に生きる人々が思想と自由を制限されない保証として借金財政でないことの三つである。
     だが、現在、我々の生きる日本社会はこの与件総てが壊されてしまった。カオス以外にどのような様態が可能であろうか? 而も、このカオスが、ギリシャのそれのように初源の物でない為に、一体化はしておらず、分裂している。片やロック音楽として、片や飲む宗教として。アウフヘーベンならざるアウフヘーベンとしてポコペンが位置づけられていると考えることも可能である。
     というわけで、仕上げに科学者は、日本の歴史を教えている所だ。若者と言えば、社会的力が貧弱で経験も少なく、経済力も乏しい、というのが基本であろう。即ち、社会的弱者に近い。彼らの武器は傷つくことのできる柔らかな感性と魂である。その柔らかい感性と魂で彼らは正確に何が壊されたかを理解している。その上で、彼らの力だけでは、手に余る部分を機械という形の表象にして紡ぎ出しているのだ。こんなわけで、ポコペンは、恰も生き物を思わせる形態を採る。裾は膜か襞のように広がり中央部は煙突のようにそそり立つ。とはいえ、ポコペン唯一の機能は、他人の話をしっかり受け止めることだけなのではある、が。
     これらの要件が揃った所で、第Ⅱ部では、自らの位置の再思考、再定義が行われ、生命に収斂して行くが、物も、ヒトの生き方も何もかもが、命を目指す流れに組み入れられてゆく幻想と捉えたら良かろう。或いは、そういう願望と。
    終に終幕第Ⅲ部 生命の羽ばたきが聞こえる。蜂か或いは蝿の王、ベルゼブブか? これも問題だ!

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    2014/01/18 17:14

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