さらば八月の大地 公演情報 松竹「さらば八月の大地 」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★

    せっかくの設定を活かしきれず
    脚本:鄭義信さん、演出が初めて舞台の演出を行う山田洋次さんということで、少しは期待していた。
    題材が「映画」ということもあって。

    ネタバレBOX

    しかし、なんだろ、普通のストーリーを普通に見せただけ。
    いや、そうであっても面白いものは面白いのだが、これはそうではない。
    ただストーリーを見ただけ。

    確かに、新橋演舞場という場での「お芝居」は、幕間にお弁当を食べ、笑ったり泣いたりして、「よかったよかった」でいいのだろうが、もう少し「何か」あってもいいのではないかと思う。

    もっと違う見せ方もあったのではないと思うからだ。
    終戦間際の満州・新京という設定を出してきたのだから。

    たぶん同じ作品を映画で見せたのならば、それなりに面白かったのではないかと思った。

    舞台は満州の首都・新京にある満映の撮影所。
    作・演が、この2人だし、もっと反戦色というか厭戦色が強くなるのかと思っていたら、意外とそうでもない。
    中国人からの日本人に対する想いは、満州にいたことがある、山田洋次さんの想いが反映されているのだろうか。

    つまり、中国の人たちから、「日本人でも友だちになれた(日本人にもいい人がいた)」「日本よありがとう。映画を教えてくれて(日本人は大陸で悪いことばかりしてきたわけではない)」的なメッセージがあったように受け取れてしまったのだ。
    戦時中に中国にいた山田洋次さん自身を含む、日本人たちの存在意義の確認というところか。

    しだがって、日本人に面だって楯突くのは、「麻薬中毒の老人」だけ、というのもあざとく見えてしまう。その老人だって、撮影所の人間の父なので、満映の理事長の力で助けることができそうなのだ。
    台詞では「この中にも八路や国民党の手先がいるかもしれないが」とあるのだが、それが見えてこないのだ。従順な中国人映画人だけで。「映画という絆」で結ばれているからそれがないのか。  

    何も自虐的な歴史観に立て、と言っているわけではない。
    「満州国」という歴史の歪な産物の中で、日本人が、満人と呼ばれた中国人とどうぶつかり、どうわかり合い、あるいはわかり合えなかったのか、が物語の軸になるのではないだろう。

    したがって、いつかは自分たち中国人の手で映画を撮るために、日本人の下で我慢を重ね働いている中国人助監督と、初めて満州にやってきた日本人撮影助手との関係は、とても大切な要素だと思う。
    チラシにはわざわざ「国境を越えた絆で映画に夢をかけた人々」なんて文字が躍っているのだから、現実にあった「壁」をどう乗り越えていったのか、あるいは「壁」はどうなくなっていったのか、が重要だったのではないだろうか。

    初めから「映画を作りたい人が集まっているから、つまり夢は同じだから、国境は越えているのだ」というのならば、別にこういう設定の演劇にしなくてもいいだろう。

    にもかかわらず、中国人助監督は言葉で「我慢している」「我慢しろ」と言葉で言うだけで、葛藤が見えてこないし、日本人撮影助手から見た満州の実態は、撮影所の食堂が日本人と満人が、食事内容も差別されているということに驚くぐらいだ。

    せっかく、初めて満州に来た男がどう変わるのか、あるいは中国人たちが、自分たちのアイデンティティを壊しかねない日本人監督との軋轢をどう乗り越えていったのかが、見えてこないのだ。
    中国人の脚本家は、中国人としてはとても受け入れがたい変更を「いつか自分の映画を撮りたいため」に「我慢する」で乗り越えるだけ、というのも悲しい。

    「いつか自分たちの映画を作りたい」という希望は、中国人助監督(中村勘九郎さん)と日本人撮影助手(今井翼さん)の2人は共有しているのだが、そこまでの道程が、単なる結果的な台詞だけ。ラストに、初めて合ったときの印象を言い合うのだが、そこまでに至った経緯が見えてこない。そんなにいい関係になったように見えない。
    なので、ラストの「ぼくたちの映画に乾杯!」みたいな盛り上がりの気分には正直乗れなかった。

    「暗い男」押しの笑いもたいして面白くない。

    中国人女優(檀れいさん)は、この映画で有名になりたい、と思っていて、恋人だった中国人助監督から「映画に出ないでほしい」と言われ、満映の理事長に乗り換えていくのだが、そうしたせっかくの設定もあまり活きていないように感じた。
    この設定ならば、中国人助監督との関係性から、もっと深みを見せることができたのではないだろうか。檀れいさんは、なんとなくぼんやりした印象。歌は聴かせたし、ネイティブな発音は知らないが、中国語の発音がとてもきれいだったが。

    満映の甘粕大尉であろう、理事長の高村(木場勝己さん)も、とてもいい人のように描かれている。「満人のための映画を作りたい」という理想や、映画のためだったら、自分の力を惜しまず使うという非情さも感じられて。しかし、満州国を作り上げた男に対する中国人たちの反抗心のようなものが見えてこないのだ。
    「関東大震災のときには本当に殺したのですか」みたいな台詞もさらりと出てくるのだが。

    上演時間3時間以上もあるのだから、何人かの重要な登場人物を軸に描いていくことで、いろいろな設定を活かせて見せることは可能だっただろう。

    演出は、映画的(演出家の頭の中ではカット割りやアップがされていて)だったように思う。だから空間もエピソードもぽっかりしてしまった。
    大監督にこういうことを言うのはなんだけど、もし、また舞台の演出をすることができるのならば、もっと「今」の演劇を観て勉強すべきではないだろうか。映画の頭を捨てて。
    小劇場を、とまでは言わないが、もっと刺激的で、観客の心をつかむ演劇がたくさんあるのだから。

    ストーリーは、わかりやすい。
    ラストは思い入れたっぷりで、長い。
    若い2人の俳優は、爽やか。
    映画撮影の描写はさすがだ。

    それぐらいだったな。

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    2013/11/22 06:28

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