赤ずきんちゃんの森の狼たちのクリスマス 公演情報 演劇ユニット パラレロニズム「赤ずきんちゃんの森の狼たちのクリスマス」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★

    別役作品
     良く別役作品は不条理演劇といわれるが、果たして、ベケットやイヨネスコの作品のような不条理性を持つのだろうか。少なくとも、この作品は「ゴドーを待ちながら」でもなければ、「犀」のようでも無い。

    ネタバレBOX

     別役作品の特徴は、視点の転換にこそあるような気がする。例えば、この森の狼は、獲物の喉を一噛みで喰いちぎりガツガツ食べたりしないどころか、襲った相手の脇の下を擽って面白がっているのである。むしろ兎の方が怖い存在として描かれているのだが、何故、そうかというと兎は、擽ることさえしないからなのだ。その代わり、兎は、噂話をしたり、ちょっと斜めに構えて、他人の批評をしたりするのが得意である。そんな森の腐葉土は、古い新聞紙でできており、当然のことながら、森は、この腐葉土で養われているのである。ということは、好い加減だと言うことだ。F1事故を見ても分かる通り、この国のメディアの退廃は酷いの一語に尽きる。3.12以降、NHKは、爆発した建屋の外観を事故の起きる前の状態の物に差し替えてずっと放映していたし、東京新聞の記者が読者の知りたがる真っ当な質問を記者クラブ内で発した所、他の新聞社の記者から、攻撃され、記者クラブを抜けたこと、更に、その後、東京新聞は、メディアの機能をキチンと果たし続けている為、税の支払いで東京新聞にミスが無いか、アラ探しが徹底的に行われたこと等々、業界腐敗は、戦前と変わることなく現役である。
     このようにお粗末な内容の新聞記事から養分を得ている森と、其処に住む住民がイカレテいるのは必然である。物語はそのように読まれなければなるまい。鳥の声が聞こえ、木漏れ陽が射しこんできそうな森の雰囲気が、実は仮想でしか無い所に、別役作品の持つグロテスクを照射する視点がある。
     もっと日常的な視点で捉えても構わない。現在、この国では、ヒトの営む人間関係の基本さえ、訳の分からないものになっているのではないかということである。どこの家でも、パパ、ママが当たり前に使われ、誰も疑問を呈することさえない。文化の基本中の基本である言葉の表象する最も基本的な人間関係が、英語圏でも使われないようなへんてこな言葉で表象され、定着してしまっているのである。オゾマシサしか感じないのは自分だけだろうか?

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    2013/08/15 05:25

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  • 仲村 幸紀さま
     高みを目指す為には、本当はどん底を知らねばなりません。
    高みなど、単なる夢想で終わりがちだからという理由からではなく、
    本当に高みを目指そうというインセンティブは、どん底からしか生まれ得ないし、
    我々にできることは地獄下りであって、天上巡りではないからです。
     大々的に皆の目に触れる所へ書くには、ちょっと、遠慮もしているので、
    敢えて、深読み、という形をとっていますが、今回、創作に関わった方々に
    深い認識が無かったことは、ハッキリしています。もっと、現実の持つどうしようも無さと
    格闘すべきでしょうね。今の内ですよ。それが、できるのは。
                                                ハンダラ

    2013/08/18 02:30

    ハンダラ様
    この度はご観劇いただきありがとうございました。
    これからもメンバー一同高みを目指して参りますので、
    ご縁がありましたらよろしくお願いいたします。

    2013/08/17 23:14

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