満足度★★★★
三島の特性
三島は、西洋論理の本質を極めてよく理解していたと考えられる。ローマがキリスト教を国教として採用した後、時の権力者は、その弁証法的な部分を排除し、キリスト教が本来持っていた革命的部分を抜き去った。為政者としては妥当な政治判断であろう。ルネサンスでこの頸木が緩んだ時、再びデュアリズムの箍を填め直したのがデカルトの方法序説だったのではないか? 余りにも有名なCogito Ergo Sumには、弁証法は、入っていない。弁証法的であったのは、寧ろ、その死によって未完に終わった、パンセではないだろうか? 無論、パスカルの未完の大作である。幸か不幸か、その後のヨーロッパの文化・文明はデュアリズムの文脈を基本として発展してきた。無論、弁証法に比べて、遥かに理解され易い二元論は、人口に膾炙しやすいのが、その大きな理由の一つであろう。同時に為政者による拡散も大きな効果を持ったに違いあるまい。それは、キリスト教の父と子への掏り替えという形式を取った。精霊が抜け落ちた、というより精霊を抜いた形での伝播を促した者たちこそ、為政者だったのであり、三島はその様式を受け継いだのだ。天皇制護持を民族アイデンティティーの基礎に据えようとした彼にとってそれは必然であっただろう。無論、個人的に、三島は天皇など何とも思っては居ない。話が逸れた。