メメント・モリ 公演情報 ウンプテンプ・カンパニー「メメント・モリ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    理性と信心
     さて、タイトルについて少し考えてみよう。誰がメメント・モリという標語を喧伝したのか、という点についてである。これは、結構重要な視点である。なぜならば、この言葉が盛んに用いられ、絵画などでも表現されたヨーロッパ中世には、ペストの大流行があり、流行地域では当時の人口の三分の一の死者が出たと言われているほどだ。宗教改革が始まる16世紀中葉迄には、既にキリスト教内で分裂騒ぎが持ち上がり、異端審問や魔女狩りが行われた。ペストのような大災厄は、死を人々の間近なものとすると同時に、犯人探しの心理が働き、悪魔の手先と看做された者は、当然のことながら、拷問の末に虐殺されていったのである。
     この作品は、ガルシア・マルケスの「愛その他の悪霊について」から想を得ているとのこと。マルケスはスペイン人侯爵の長い髪の令嬢の伝説から着想を得たという。何れにせよ、宗教的権威が揺らぐ時代にあった、スペインの植民国、ヌエバ・グラナダで、狂犬に噛まれた12歳の侯爵令嬢の髪が、その死後も伸び続け、後、発見された際には22mにも及んだ、という。(追記5.19)

    ネタバレBOX

     今作では、彼女が主人公だが、異端審問をする側の尖兵には“サマランカ大学”出身の修道士が当たっている。無論、これは実在のスペインの名門大学、サラマンカ大学を指すことが明らかだが、実在の大学である為、敢えて名前に細工をしたのであろう。宗派もジェズイットと同格であることを匂わして濁している。カソリックの神学理論で最も高い見識を持つ同派は、一方で最も戒律の厳しい宗派でもあり、その戒律が余りにも厳しかったが故に、ヨーロッパでは、布教に支障をきたし、結果、アジア、南米など、当時のヨーロッパからは未開の地であった遠方へも布教に赴いたのは歴史の教える所である。
     何れにせよ、侯爵令嬢は、狂犬の犠牲者4人のうちの1人であり、噛まれた人間3人に含まれていた。もう1人の犠牲者は、唯、狂犬の唾液を浴びただけで発症し、既に縛めを受ける身であった。当時、狂犬病は、罹患すれば一例の救いも無い悪魔の病として恐れられた業病であった。
     ここで、彼女の出生が、事件に大きく関与する。彼女の母は、メスティーソである。(学位論文などではないので生みの母の問題は割愛する)侯爵の初婚の相手は雷に打たれて絶命し、後妻に娶ったのが、身持ちの悪いと評判の彼女の母だったのである。メスティーソとは、アフリカ黒人とスペイン人との混血であることは、御存じだろう。生みの母との関係で娘は黒人奴隷の文化的影響を受けて育てられた。このことが、後に、彼女の運命に大きな影を落とす。一方で、原作者、マルケスの作品は寓意に満ちた作品でもある。そして、マルケスの立ち位置は、あくまでも人間なのだ。其処には、肌の色による産別を厭う魂があり、民衆の語る物語の方法を自らの手法に摂り入れた天才の大きな翼と長い歴史性がある。その根底的な価値観に、舞台で描かれた世界観は、対置されているのである。発症していない侯爵令嬢が、修道院に閉じ込められて自由を奪われ、彼女の継承していたアフリカ的な文化が、悪魔に憑かれた証拠だとされ、理知で、彼女の無辜を信じ、愛するに至った当代最高の知は、異端と退けられ生涯を苦役に服さざるを得なかったことを描くことによって、その理不尽の、また、権威・権力という名の力の不正義を問い、返す刀で民衆の選択した、犠牲者・侯爵令嬢の髪がその死後も伸び続け22mにも達した、という奇跡を描くことによって人間の尊厳、自由、愛の普遍性を示したのだ。
     その結果、今作で描かれた世界は、偏見に囚われ、正しい判断が下せない権威・権力に対する人間的価値からの痛烈なアイロニーである。
     従って、実際にメメント・モリを喧伝したのは、権威・権力者であったにも拘わらず、それを真に追求しなければならない者こそ、彼ら、権力者である、という逆転が含まれていると解すべきであろう。

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    2013/05/18 12:50

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  •  コメントありがとうございます。自分が、本格的に芝居を観始めて未だ2年半ほどですが、生意気だけが取柄で、シアターXの批評通信やタイニイアリスのレビューなどにも書かせて頂いています。今後とも、よろしくお願いします。(返信が遅くなって申し訳ありません)

    2013/05/21 12:15

    長谷です。ご観劇感謝です。終演後に色々話を伺えて実に楽しい時間でした。もっと色々とお話しをしたかった。感じ読みのご指摘は訂正しておきました。「蝶番」は、演劇をやり過ぎているせいで全く疑っていませんでした(笑) 本当に観客の目と耳とそれから知識は作り手にとっては新鮮なのです。

    2013/05/19 10:46

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