鳥ト踊る 公演情報 はえぎわ presents 真夜中「鳥ト踊る」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    26日(男×女)、31日(男×男)
    自分は初演を観ていて、物語を覚えていたので
    公演の順番を見ながら、
    おそらくA:男×女がオーソドックスなバージョン、
    B:男×男がはえぎわ的なバージョンではないかと予想し、
    とりあえずわかりやすいようにと
    オーソドックス版からはえぎわ版に流れるような形で観てみました。

    両方観終わり、どちらを最初に観ても良かったかな、という気はしましたが、
    最初に予想した作風は大体当てはまっていたように思いました。

    自分が物語をなぞっていった流れを説明します。

    まず、男×女編を観ながら物語を復習します。

    ・・次に、男×男編を観ながら、作者がどこを見せたいのか
    男×女編と比べながらあぶり出していきます。

    すると・・男×男編は、一見アゴラっぽくない際物にも見えそうなんですが、
    よくよく見てみると、あえて男同士を役者を選んだ
    作者の意図が見えてくる気がするのです・・(たぶん

    以下、ネタばれへ↓(汗

    ネタバレBOX

    「鳥ト踊る」は、扇風機に髪が絡まった女と、それを見つけた見知らぬ男の話です。

    以前、青の奇跡で観たときには、
    地下に降りて行って、入るといきなり狭い会場で
    そんな訳の分からない光景を目撃してしまい、
    びっくりすると同時に
    物語の舞台そのままにもみえる会場の雰囲気と溶けあって、
    とても楽しめたことを今でも覚えています。

    今回、駒場という、残念ながら怪しくなく(苦笑
    しかも初演と比べれると割と広い会場だったため、
    空間の面では初演に比べるとジャンク感が少なく
    そのため、空気としては不利な点はあったように思います。

    ただ、男×女編は演技も雰囲気も会場の空気にもうまく溶け込んでいて、
    脚本の中の「8 1/2」にヤンキーと小劇場感を混ぜたような
    カオティックな不条理劇感をうまく出現させていて、
    普通にすごく面白く観れました。

    男×男編は、そういう意味では、会場からすると浮いている感が少しあった気がします。

    というのも一見したところ、飲み屋で酔っ払った若い劇団員が男同士で
    何の結論も出ない不条理劇を延々とやっているいるだけのようにも
    観えたからです・・少なくとも上辺は。

    ただ、よくよく男×女編と頭の中で比べながら観ていくと・・
    いろいろと見えてくるものがありました。

    男×女編では、身動きの取れない女が明らかに下の立場に見えました。
    ところが男×男編では逆に、
    身動きの取れない女役のほうが体格が立派であったため、
    こちらが上の立場のような雰囲気が出ていました。

    その意味で、男の「器の小ささ感」が凄くよく出ているのは男×男編だったように思います。


    また、ここからは自分が勝手にそう解釈したというだけで、
    作者の意図とは関係ないと断ったうえで言います、
    (自分にはそうではないかと感じられたので
    この物語のすべてが、フェリーニの「8 1/2」的な
    一人の妄想の産物だと解釈した場合の話です。

    男×男編では、両方とも同じ人物であることを暗示するために
    女装しているのだと解釈することが可能だと思われます。

    つまり、扇風機に髪の絡まった女(女装した男)は、
    創作に悩む男が妄想の中で生み出した虚像で、
    そのため、女装しているのが観客からはひと目で分かるものの、
    男は自分が生み出した妄想の中にいるため、
    その不自然さに気づかないとも考えられる。

    そう思いながら観ていると・・
    物語の最後のほう、
    男が去り際、
    女に言い聞かせるように「大丈夫」と何度も言ってから、
    ヤンキーの「林先輩」に殺されてしまう(直接は描かれないが・・)シーンがあります。

    そこではじめて、それまで男の妄想ではないかと感じられていたものが、
    実は女の妄想だったのではないかとカチッと切り替わる。

    女にとって重要なのは、男なんかでなくヤンキーの「林先輩」で、
    男が「林先輩」に殺されるのというのは、
    実際に人殺しがあったというよりかは、
    女が「林先輩」の器のでかさ(笑)を再認識するというメタファーにもみえる。
    (その点、AとBとで、物語の最後の女の反応が微妙に変わっているようにみえます

    女は「林先輩」に明日会ってこようか、と言う。
    妄想から現実世界に戻ることを暗示しているようです。

    日常の風景をきっちり切り取ることも確かに重要だし魅力的ですが、
    意図したかどうかはともかくとして、
    作品を見ながらこれだけいろいろと解釈できるというのは
    面白い作品だからではないかと思います。

    しかも、それにはえぎわらしいノイズがたっぷり混じっていて、
    しかも鉄割チックな宴会劇にも似た不条理なので、
    これは実はなかなかの傑作(怪作ではなく)なのではないかと
    思ってしまったりもするのです。

    僕はこの作品、とても好きですよ(笑

    0

    2011/11/01 01:22

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大