よこたたかおの観てきた!クチコミ一覧

1-12件 / 12件中
オセロ[Othello the Shakespeare]

オセロ[Othello the Shakespeare]

獣の仕業

APOCシアター(東京都)

2012/09/29 (土) ~ 2012/09/30 (日)公演終了

満足度★★★★★

充分に楽しめるシェイクスピアでした。
小劇場演劇のシェイクスピアであるとはいえ、台本のカットの仕方、上演時間の長さ、俳優の技術、表現主義的な身振りの採用など、特に過不足のない上演だったと思います。これで2,000円だと考えると、良心的な値段だし、例えば大劇場で資本を大量に投入した作品と比べても遜色ないように思います。

是非とも再演されることを望みますし、多くの演劇ファン並びにシェイクスピアに触れてみたいと思う人たち一般に観てもらいたい作品でした。

『アタシが一番愛してる』

『アタシが一番愛してる』

バナナ学園純情乙女組

ART THEATER かもめ座(東京都)

2010/06/15 (火) ~ 2010/06/20 (日)公演終了

トーコに感染する!
バナ学のパフォーマンスは、「見る」とも「体感する」とも形容しがたい、強いて言えば「感染」する。バナ学に好意的な人は、中毒症状を起こすだろうし、バナ学に嫌悪感を示す人がいたとしたら、それは感染されることを嫌う潔癖症のことだろう。物語すらも崩壊し、引用するアニメや漫画の数々に圧倒されながら「これは、果たして演劇なのだろうか」「演劇って、何だったっけ」と思うはずだ。ポップシーンを見通すつもりがあるなら、一度二階堂瞳子に感染しておくことをお勧めする!

谷間の女たち

谷間の女たち

桜美林大学パフォーミングアーツプログラム<OPAP>

PRUNUS HALL(桜美林大学内)(神奈川県)

2010/04/18 (日) ~ 2010/04/25 (日)公演終了

満足度★★★★★

桜美林大学、スゴイ!
いやー、よかった。これ、日芸や桐朋、ましてや新国立の研修生の公演より、俄然クオリティが高かったのではないかと思う。

これを演出した森さん、出演した俳優、また企画を推進した大学関係者たちに脱帽である。

大学で行われる演劇作品に、これだけのクオリティがあれば日本の演劇は全然問題ないんじゃないか、とか思ってしまう。

ただ、クオリティが高かっただけに、演出面で批評しなければならないことがあると思いましたので、色々と書きました。

(以下、ネタバレへ)

ネタバレBOX

(同様の内容をブログにも載せています)
http://blog.livedoor.jp/gendaikikai/archives/51028494.html
さてさて、ベタ褒めを先にしておいて、一つ批判をしなくてはならない点がある。

この劇の背景は1970年のチリの社会主義政権立ち上げ時の紛争である。

1970年という年代が何を意味しているのか、チリという場所が何を意味しているのか。それをもう少し考えられたのではないかと思う。

当日パンフレットには「遠い」と書いてあった。確かに「戦争」や「紛争」という意味においては、今の日本のアクチュアリティからだいぶかけ離れてしまっている。

僕らがこういった紛争をテーマにした劇を見ても、思い起こせるのは第一次大戦時か、第二次大戦時の日本である。私たちは満州を(チリにおけるスペインのように)占領しようとした歴史を持っているし、アメリカに原爆を落とされて被害者になるという歴史も持っている。

だが、これらは1950年以前のことであり、劇中に出てくる「20世紀」という言葉からはかけ離れてしまっている。

だから紋切り型の紛争として扱われても、私たちには「過去に、自分たちとは関係のない国で起きた戦争」に見えてしまう。

けれど重要なことは1970年という、私たちが戦後復興を目指してきた、まさにその時代に起きたということじゃないのだろうか。

劇中にある「搾取される国があるから、搾取する国がある」(記憶があいまいです)みたいな台詞は、「第三世界は身近に存在するのだ」という臨場感を持って迫ってくるべきだったと思うのだ。

そうすることで、私たち(日本)が加害者であり、同時に被害者でもあるという立場を述べることになったのではないかと思う。

(・・)
次に、チリという立地についてである。

私たちはいままで、アメリカに追従する形で文化の面で、社会システムの面ですごしてきた。チリも同様にアメリカという大国を隣に持ちながらすごしてきた。

演出家が当日パンフレットで「遠い」と形容したのは、おそらく紛争のことであろうが、こうした「西欧とは違う論理で動いている国」という意味においては、日本だって十分にオリエンタルな国だし、異国なはずである。

しかし、劇中で「女たち」は自然児として、論理を持たない独特の共同体としてしか描かれていなかった。

もし、これが西欧や資本主義システムへの批判となるならば、「被害者である」という意識から抜け出す必要があるのではないだろうか。

演出や演技法の面で、ことさら「これは社会問題です。きちんと考えてくださいね」というリアリズムお決まりのパターンで僕らに「退屈さ」を強いる。

ここまで「退屈な劇」にするということは、それだけ重要な「社会問題」ということなのだろう?(これは皮肉です)

けれど、観客席に座っている私たちは、平和な観客であり、戦争を知らない近代人なのである。

また上演する俳優たちも、大学という温床で育っている平和な近代人なのである。

その近代人が、自然児に一体何を見ればいいというのか? 私は、この演出からは「第三世界は絶望的だ」「第三世界は私たちの英雄だ」というメッセージしか伝わってこなかった。

本当にそうなのだろうか? そこには、「日本人は先進国である」というオリエンタリズムが発動してやいないだろうか?

……前置きが長くなってしまったが、「日本は先進国である」というプライドは捨て去るべきである。韓国に譲る部分もあるだろうし、中国を抜きにして考えることはできない。ましてや、日本人はまだ東南アジアとさえ友好を築けていないのだから。

ヨーロッパ、アメリカに追いつけ追い越せではないだろう。アジアの中でぬきんでた経済大国であることは間違いないのだから、私たちが失ってしまった「文化」というものを、他のアジアの国が失わないために教訓を残すべき立場のはずだ。

それを、「チリの紛争」を描く際に「第三世界が私たちの英雄だ」なんていうぬるま湯に浸かったような演出でよかったのだろうか、と思う。

それこそ、新劇人の悪い進歩史観であり、新劇人の誤った近代史観なのではないか。

この劇によって「私たち(日本)と、チリは同胞である」という立場から、アメリカ主義や進歩史観とは異なったユートピアを描けたのではないだろうか。

今回の演出では、「紋切り型の紛争劇」として、「ユーゴスラビアであっても、日本であっても、ドイツであっても、どこだって紛争や戦争であれば変わらなかった」とさえ受け取れてしまう。森新太郎はそれとも栗山民也や鵜山仁の真似事をして満足したのだろうか?

私は、こういった立場は非常に気に食わない。日本がいつ先進国になったというのだろう。日本がいつアメリカを差し置いて世界の中心になったとでも言うのだろう。

私は、そのオリエンタリズムとは決別する。

劇そのものは非常によかったが、この劇が日本人私たちの肌に合うようには演出されなかったし、「私たちの財産」として『谷間の女たち』が名を残すはずのチャンスを無駄にしたといいたい。

(・・)
最後は、多少辛らつかもしれないが、劇のクオリティが高かっただけに、演出面の脆弱さ(これは演出家だけの問題ではない)が露呈してしまったように思う。

「劇の内容」にまで踏み込んでクリエイションができるような制作体制(特にドラマトゥルク)、観客のリテラシーを問いたいところだ。
死ぬ機械

死ぬ機械

虚飾集団廻天百眼

萬劇場(東京都)

2010/03/26 (金) ~ 2010/03/28 (日)公演終了

翻訳劇か音楽劇か
井の頭公園で日蝕に合わせて芝居を打つなど、アングラを志向してきた若手が、ミュージカルに挑戦する。

そういえば、以前にも毛皮族やゴキブリコンビナートが「アングラ」を志向して「ミュージカル」を標榜していたような気がする。でも、よくよく考えてみれば自由劇場出身のアングラ演劇人(串田和美、佐藤信)らは翻訳劇(ストレートプレイ)に対して、ミュージカルをやっていたような。

そうやって考えれば、彼らが「ミュージカル」をやるというのは必然的に感じられた。

そう考えると、リアリスティックな表現と、象徴的な表現に分かれるのは、昔から続く表現上の対立なんだよなあ。

バナナ学園新春おはぎライブ♀姫初め、筆卸し、虎殺し♂

バナナ学園新春おはぎライブ♀姫初め、筆卸し、虎殺し♂

バナナ学園純情乙女組

東京キネマ倶楽部(東京都)

2010/01/16 (土) ~ 2010/01/16 (土)公演終了

満足度★★★★★

菊池LOVE
(バナ学が好きな人にとっては、見るところ違うのかもしれんけど)
アニソンを歌い上げるバナナ学園。今回は東京キネマ倶楽部でライブ出演。

「地下アイドル」というコードを用いてのはっちゃけっぷりは、やっぱり見ていて爽快。

カオスを目指すバナ学にとって、菊池はなくてはならない存在だと思う。菊池LOVE。

たぶん、菊池がいなかったら、バナ学はAKB48と比べられてしまうだろうし、演劇って文脈で行ったら毛皮族とか、すぐに彷彿としてしまう。

ドラマとしても、ライブとしても「ノイズ」であり続ける、菊池にゾッコンだ。

「男子はつらいよ~無法松の一生より」

「男子はつらいよ~無法松の一生より」

北区つかこうへい劇団

北とぴあ つつじホール(東京都)

2009/05/21 (木) ~ 2009/05/24 (日)公演終了

満足度★★★★

良くなっていた!
人情モノの精神が、物語と演技にビッシリと詰まっていて、つかこうへいが好きなら、楽しめた作品でした。

今までも、北区つかこうへい劇団の劇団員さんが行った芝居を見たことがあったけれど、今まで一番、接客だとか、宣伝だとか、しっかりしていたと思う。

小劇場でやっている人は、注目していなかっただろうけれど、こういうところからも新作や、新しい演劇の流れが生まれ始めているということを考えると、インデペンデントで芝居をやっていることが、いいことなのかどうかは言えないんじゃないだろうかと思う。

つかファンとしては、もっと政治的にエグいのをやってほしかったです。
(ちなみに、無法松に共感!!)

何処へも帰れない【当日券あります】

何処へも帰れない【当日券あります】

Not in service

早稲田小劇場どらま館(東京都)

2009/03/20 (金) ~ 2009/03/22 (日)公演終了

満足度★★★

チラシがよかったので。
チラシが良かったので、ふらっと見に行ってきました。

not in serviceという劇団名が、確かにしっくり来ていた作品だったと思う。
僕らの日常の延長線上に演劇という営みがあって、日常の中で思い描いている希望や絶望が詰まっている。

彼らの演劇は運行していない回送電車(=not in service)の中で起きているんだと。

作品の中で描かれる戦争や権力が、彼らの抱えている(であろう)現代社会像なのだと思うと、終演後ゾクゾクした。

dracom祭典2008『ハカラズモ』

dracom祭典2008『ハカラズモ』

京都芸術センター

森下スタジオ(東京都)

2008/10/10 (金) ~ 2008/10/13 (月)公演終了

満足度★★★★★

公園の風景。
見てきました。
いい感じだった。
感想はネタバレボックスへ。

ネタバレBOX

コンセプト自体が明確すぎて、出落ちなんじゃないかと思っていました。
けど、ほんわかしていて、よかった。

日常生活を生きていて、ふとしたときに「ステキだ」と感じる小さな物事を、舞台という劇的な空間に「負けずに」立体的に提示すること。

それが感じられたし、森下スタジオ周辺という閑静な枠組みもあいまって、ステキな気分になれた。

コンセプトについては、何もいえる立場ではないけれど、演出家が見せようとした風景が、すごくステキだったなあ、と。
ジンジャーに乗って

ジンジャーに乗って

快快

王子小劇場(東京都)

2008/05/15 (木) ~ 2008/05/25 (日)公演終了

満足度★★★★★

演劇に仕上げていく姿勢
一観客が、どこまで書いていのかわからないけれど、確かに反応が色々あるのが面白いなあ、と。

あとはネタバレボックスへ。

ネタバレBOX

僕としては、すんなり見れてしまったし、楽しかった。
演劇ではない場所から、演劇に向かっていく姿勢。演劇がそもそも土壌としてありえない場所から、演劇を構築していく姿勢。

それは、既存の演劇がさも存在しているかのように感じている人たちにとっては意味不明だったのかもしれないが、そういうのを抜きにして、「肩の荷を降ろして」見たときに、「あ、演劇になった」という瞬間があったりして。

「普通」に面白かったので、この「普通」ってところに、なにやら得たいの知れない背景が詰まっていると思う。

だから、快快を面白くないと感じた人がいたことに、僕は驚きがあった。

それを切り取ったのが、快快だ、という見方ができなくもない。
これは普通に面白い。
ヤクザとアリス

ヤクザとアリス

ろりえ

早稲田小劇場どらま館(東京都)

2008/04/25 (金) ~ 2008/04/28 (月)公演終了

面白い。
面白かった。
色々と。よかったです。

革命日記

革命日記

青年団

アトリエ春風舎(東京都)

2008/01/30 (水) ~ 2008/02/12 (火)公演終了

みたみた。
観劇。

カロリーの消費

カロリーの消費

サンプル

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2007/09/14 (金) ~ 2007/09/24 (月)公演終了

三鷹はいいね。
サンプル、見ました。
三鷹はいい舞台を扱うなあ、と思いました。
こういう舞台がもっと互いにひしめき合って、互いに影響し合って、独自のコミュニティというか、雰囲気をかもし出せるようになったらいいなあと思う。
この前京都に行ったけど、京都の洋服屋さんとか料理屋さんとかはそんな感じだけど、東京のはそうじゃない。
せめて演劇だけでも、京都の料理屋さんっぽい感じで互いを高めあっていきたい。
これに影響される人は多いはず。(なんちって)

このページのQRコードです。

拡大