ままろ猫の観てきた!クチコミ一覧

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地獄のオルフェウス

地獄のオルフェウス

文学座

文学座アトリエ(東京都)

2023/05/09 (火) ~ 2023/05/23 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

 昨年の紀伊国屋サザンシアターでの「欲望という名の電車」に続き、テネシーウィリアムズを取り上げた、文学座のコンセプトに共感する。
 まるでアメリカ南部のとある町に立ち寄ったような錯覚を覚えさせる、俳優一人一人が立ち上げる空気感。それは、文学座にいつものことと思いながらも、やはり圧倒される。そして、同じ1軒の店内で起こる出来事を、3時間見ただけで、観客はアメリカという国の根っこに、複雑に絡み合う葛藤があり、現代に至りなおはびこっていることを痛感させられる。
 自由主義の盟主として世界を主導し、ウクライナ戦争に於いても、大きな存在感を示すアメリカに、差別と偏見の熱病がはびこっており、それが地獄を生み出している衝撃。
 地獄は、キリスト教の厳格な倫理観が、規格外れの不道徳な人間を処断し、排斥する中で生じており、自由を求め憧れる者は、皆犯罪者のように、白い目で見られている。
 ギリシャ神話の中で、吟遊詩人オルフェウスは、亡き妻エウリュディケー会いたさに、命を絶ち、あの世を訪れ妻と再会する。しかし、決して振り向いてはいけないという戒めを破ったため、妻を連れ戻せなかった。
 ギター弾きの色男ヴァルは、夫との間で地獄に落ちて苦しむレイディの救いの主となる。しかしレイディは、狭い世界の幸福に拘り、ヴァルを地獄にとどめようとする。自由を求めるヴァルは、愛する人を捨てたため(振り向いたため)殺されてしまう。この世界の掟(倫理)を破ったため、レイディも殺される。
 地獄と対比して描かれているのが、体の透き通った、足のない、小鳥。地に触れたら、その鳥は死ぬと言う。ギター弾きは、その歌う哀切な歌によって、彼がこの世界で生きては行けない鳥であることが暗示されている。また、重い病で2階に閉じこもっていたジェイコブが銃を持ち、登場する場面は、地獄の主が、天から降りて来たことを想わせ、たいへん印象深い。
 この世界に希望はない。神もおらず、結局天もない。差別や偏見に満ちた、酷薄で凄惨な現実があるばかり。その哀しみを、神話に重ねて昇華した原作のすばらしさ、そして、それを見事に表現し切った俳優さんたち、演出を称賛したい。

笑の大学

笑の大学

パルコ・プロデュース

PARCO劇場(東京都)

2023/02/08 (水) ~ 2023/03/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

作家永井荷風の日記『断腸亭日乗』昭和十五年五月十七日に、「オペラ館楽屋の男のはなしに、無頼漢重吉捕縛せられ、警察署に拘留中、曾て銭貰ひたる人達の名を自白せし為迷惑を蒙るもの少からず、先生のお宅へも呼出し状来るべしとなり」とある。浅草オペラ館楽屋へ足しげく出入りしていた荷風が、当局の風俗取り締まりのリストに挙げられていたこと。注意するようにと親しい男から注意されたことが記されている。
 欧米の「個人主義」「自由主義」を好むものは国民の敵とされ、臣民であることが求められた。だが、ヒステリックに忠君愛国を呼号する裏に、深いニヒリズムが隠れていた。
 警視庁検閲官の向坂睦男の、役人としてはお粗末な、竜頭蛇尾の態度にそれがうかがわれる。静かだが強烈な同調威圧の中で押し殺されていた「個人」「自由」に対する憧憬を、舞台で見事に、内野聖陽は表現した。あの豹変はオーバーではない。昭和十五年当時の国民が背負っていた、ウツの底に何があったか、内野の演技は鮮やかに見せてくれた。
 逆に言えば、座付き作者椿一の「個人」「自由」に対する命がけの執念が、向坂のニヒリズムに穴をあけたと言えよう。国民を覆っていた重いウツの暗雲に穴をあけるもの、それがコメディ、笑い。病をも治してしまうほどのエネルギー、それが笑いである。
 この戦場のような一室で、ただ言葉だけで敵を圧伏し、ウツを破っていく姿を見せてくれた演出はすばらしい。また、執念の人を演じた瀬戸康史は、その演技を通じて、刀を抜かずに相手を倒す受容力と優しさとをよく伝えた。
 この作品が、世界に戦争が起きている限り、上演され続けることを、心から願う。
 

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