私たちは何も知らない 公演情報 私たちは何も知らない」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.6
1-12件 / 12件中
  • 満足度★★★

    鑑賞日2020/01/10 (金)

    日本の女性解放活動の思想的礎の一つとなった雑誌「青鞜」編集部を舞台に、平塚らいてうを核にした一癖も二癖もある女性達が口角泡を飛ばす議論を重ねる。

    史実の人物たちの原文を大事にしてなのか、硬い語調ながらも その風体は現代に寄せているところにギャップとしての面白さがある一方で、昔から変わらぬ問題を今と重ね合わせようとしている感触があった。

    シンプルながら多彩な顔を見せ 尚且つ多機能な舞台装置も強い印象を残し、特殊な照明効果(?)による遠くの霞んだ空気感の演出には感動すら覚えた。音楽も含めて思いの他 ポップな味わいもありましたね。

    青鞜編集部員達は相互に批評精神に溢れ… ある種 硬派な言葉を交わしながらも、その一方でゴシップ好きの井戸端会議的な趣きも重なる描写なところは ある意味で意外だったが、そういうモノなのか… そこに作り手の意図の有りや無しや。

    基本、史実を追っている感覚で小気味良いテンポだが… 何となくやや単調?…何となく距離感があって観ていて中に入り込めない感触もあったが、それは私が男だからなのかも。

    一方で、終盤の話運びの処理は上手いなと思った。仄かに今が重なっていくのが いかにも永井愛作品の佇まい。意外に奔放であったり、何のかんの何より自分本位な人物像も印象的だったし、その晒された環境として「女の敵は女」って思わせる瞬間が多かったのも納得感を生んだ。

    女性に限らず… 虐げられた者が何かを変えようとする時、その足を最も引っ張り傷を負わせる障害は「虐げた者」ではなく、同じ環境にありながら「その環境に順応して上手く世渡りした者」… もっと始末が悪いのは「それに耐えて、自己肯定的にそこに価値を見出してしてしまった者(自分が耐えたのを誤りとされるのが許せないパターン)」…という現実。

    庇った身体を背中から撃たれる光景は、今なお続く日常に思えた。

  • 私は何も知らなかった!が率直な感想です。素晴らしい内容でした。

  • 満足度★★★

    永井作品の匂いが薄れていると感じたのは自分だけだろうか・・・?

    ネタバレBOX

    ネタというほどでもないが、、、
    今まで社会風刺が強い作品を描いてきた永井愛作品の中では
    歴史と社会批判を織り交ぜた少し異色の作品に思えた。
  • 2項対立で語るだけなら新鮮味がない。
    惹かれるのは時代精神の移り変わりの中,
    変わらないもの,優れたモノに払われるべきは敬意。
    諸君、帽子を取りたまえ。

  • 満足度★★★★

    ラップ調の『元始、女性は実に太陽であった。』から開幕。主演・平塚らいてう役の朝倉あきさんが美しすぎる(髪型は蒼井優調)。いざ目の当たりにすると、驚く程の美人。『青い山脈』の原節子を思わせる気品。らいてうのイメージが魔性のファム・ファタールのようにも見えてくる。伊藤野枝役の藤野涼子さんは何となく松岡茉優調。『ソロモンの偽証』の中学生がもう伊藤野枝になるとは。伊藤野枝は虐殺事件の被害者のイメージが強いが、奇妙な愛嬌がある人だったのだろう。何を為しても悪者には見えない。
    初心者に優しい作りであり、何も前知識がなくても楽しめる。明治から大正にかけての日本ウーマンリブの先駆者達の苦悩。作・演出の永井愛さんによる女性目線で描かれている為、清々しい。男性作家目線だと、もっと陰鬱で残酷な内ゲバ話になったのかも知れない。登場人物全員が良い人で、宮崎駿の『風立ちぬ』っぽい。
    第一幕は夏子さん演ずる尾竹紅吉のキャラの面白さで引っ張っていってくれる。かなりエキセントリックで魅力的。保持研役の富山えり子さんがまた巧くバランスを取る。第二幕は伊藤野枝による文芸誌『青鞜』の乗っ取りがメイン。山田わか役の枝元萌さんが重要な存在感。入門編としてよく出来ている。男優は一人だけの、女優が咲き乱れる舞台。

    ネタバレBOX

    尾竹紅吉のいなくなる第二幕がちょっと停滞気味。もう少しアレンジしても良かったかも。
    ラスト、らいてうの見る夢と云う形でその後のそれぞれの人生が語られる。後に戦争協力的な行動をすることになるらいてう。「私がそんなことをする訳がない!」と否定する若きらいてうの姿で幕。
  • 満足度★★★★

    平塚らいてうをはっきり主役に据えた作劇、そしてキャスティングで、凡そ想像していたビジュアル(雰囲気も)を全く裏切って、歴史劇(フィクション性は抑制され史実をなぞる劇)でありながら、演出的工夫により現代翻案に等しい舞台となっていた。

    ネタバレBOX

    ロングラン公演も終盤であったが、「女性」=弱者と「同情」という構図を凛として拒む女性像、故にであろうか、感情的な高揚という面では肩透かしである。
    だが逆に、らいてうとその生涯の伴侶となる男(唯一の男優)との関係にしても、他の編集員らの懐妊・出産を通じて見える男像も、敵性を滲ませず(男を女の敵として登場させ溜飲を下げるといった場面がない)、「既に自立した」存在として力強く生きる女が描かれる。
    そして終盤、らいてうは「青鞜」に関わった人達の未来の姿を映した夢を見る。軍国婦人となった人、抗った人、変遷を遂げる人、らいてうもまたその一人である歴史を生きた女たちが瞬間、群像と映る。らいてうの「未来」は即ち我々の「過去」な訳だが、この登場人物らは現代性濃厚なだけに、らいてうにとって未知なる事態は我々をも待ち受けている、と予感させる。
    朝倉あきの裏のない演技、技のない演技(とはこれ如何に)が舞台を淡泊にしている感は大きいが演出者的には狙いであったかも知れない。
    「原始女性は太陽であった・・」のラップは舞台のコンセプトを明快に表して秀逸。
  • 満足度★★★★

    女優陣が素敵でした。

    ネタバレBOX

    女性誌「青鞜」に関わった人たちの編集風景や私的な生活を生き生きと描きながら、ふと、戦争との関わり、戦後の生き方を瞬間垣間見せてくれた話。

    明治大正期の話ですが、ポップな衣装、軽やかな衣装、普段着、かっちりした服装、おばちゃん風、ややロリータ風派手めな衣装と、今現在の服装で演じられ、MeToo運動にも通じる現代の問題として捉えようとする意図がひしひしと伝わってきました。

    女流作家の育成と銘打っての創刊から、家庭や社会の中における女性の地位向上を目指すことを鮮明化した平塚らいてうを中心とする女性誌青鞜は、経営権が依藤野枝に引き継がれた後は無方針となりました。

    青鞜を通じて家制度、堕胎、公娼制度等に関する女性の立場からの考え方が提示されましたが、当然色々な考え方があるわけで、大きなギロチンが下りるような、大きな堰が閉じるような舞台上の演出もあり、青鞜関係者の中にも国策に協力することになった人もいました。

    平塚も学徒出陣に際して寄稿文を寄せたというシーンがあり、太鼓たたいて笛ふいた黒歴史があったことを知りましたが、単純に論ずることはできないなと思います。
  • 満足度★★★★

    「青鞜」は「元始女性は太陽であった」だけではない。そのことを全然知らなかったと気づかされた。なにより出てくるキャラが面白い。場面転換の工夫でテンポもよい。

    劇評で、背景のギロチンの刃のような影が次第におりてきて、時代が戦争と弾圧へ進んでいくことを暗示していると書いてあった。背景は確かにギロチンのようだったが、その隙間がだんだん狭くなっていたとは気づかなかった。本当だろうか。

  • 満足度★★★★

    大正リベラリズムのはかない運命はよく芝居になる。ようやく女性が男性と対等な価値観で登場してくるので、現代劇としても作りやすく、共感も得られやすいということもあるのだろう。今年だけでも、「渡り切れぬ橋」(温泉ドラゴン)や「赤玉gangan」(秋野桜子」が近い時代のメディア界を舞台にしている。旧作だが「絢爛とか爛漫とか」(飯島早苗)もあった。古典となれば、宮本研の「美しきものの伝説」、これは68年の初演だから、素材としてはエバーグリーンである。底流にはこれも不滅の「敗者の美学」がある。
    新味を出すのに苦労するところだが、この永井愛の新作は、必ず出てくる人物たちを史実に沿って描きながら、いままでの「元始太陽もの」にない魅力があった。それは、未知の海に無茶を承知で漕ぎ出す者の魅力とでも言ったらいいだろうか。そこが描けている。
    登場人物たちはどこか心細げであるが、でも、それぞれの手持ちの櫂で漕ぎ進んでしまう。そこには政治や生活の打算を超え、さらには今を流行りのジェンダー論を超えた人間たちがいる。しかもなお、彼らは「女」なのである。
    キャストがうまい。朝倉あき、藤野涼子、夏子。登場人物たちの会話にはほとんどお互いの共感のシーンがない。独立して、それぞれの人物を際立たせる演出もうまい。
    女性的でありながら、それを客観視して書けるこの作者ならではの作品である。現代メディア批判はもう、ほかの作者に任せて(いくらでも書き手はいる)、「書く女」に続く作品を期待したい。

  • 「青踏」編集部の女性たちの信条、生活との格闘を文字通り若い俳優が演じる群像劇。現代服の衣装が素晴らしい。今の日本人が結婚、堕胎、売春等について議論する場を見つめて涙した。私たちは本当に何も知らないのだ。作品自体が強烈な風刺だと思う。約2時間40分、休憩15分を含む。

  • 満足度★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    二兎社の『私たちは何も知らない』を観劇。

    『ザ・空気』シリーズでは、世間が周りに気を使い過ぎ、個人の意見が何も言えない現代の風潮を風刺した作品から一転、明治時代に、正々堂々と、社会に向けて、主義主張をした平塚明(らいてい)達が、青鞜社という婦人雑誌社を立ち上げた話である。
    この手の作品にありがちな、個人vs社会の構図にはならず、恋愛、不倫、妊娠、雑誌社の台所事情など、個人事情を多いに踏まえてながら女性たちを描いているからか、非常に登場人物たちの生き方に共鳴する事が出来、そして彼女たちを通して、当時の社会を見る事が出来る様になっている。
    そして令和と明治で、『これほどまでに我々は変わってしまったのか?』と改めて認識させてくれる作品でもある。
  • 満足度★★★

    鑑賞日2019/11/30 (土)

    11月30日18時半開演回(第一幕70分+休憩15分+第二幕75分)を拝見。

    ネタバレBOX

    女性の覚醒を目指した雑誌『青鞜』の興亡を、平塚らいてうを中心に描いた群像劇。
    第一幕(70分)は、舞台上の当事者からすれば「事件」でも、観客の中には日常スケッチのヒトコマぐらいにしか感じられなかったのだろうか、居眠りをされる方、散見。私自身も、正直、単調に思われた。

    休憩15分を挟んでの第二幕(75分)。
    ヒロインである平塚らいてうが(演出の意図なのだろうか?)生活実感の希薄な人物像に描かれたので、男性との愛憎や貧困に消耗させられた挙句、脱落していく『青鞜』の他のメンバーに余計にシンパシーを抱いた。メンバーを演じる女優陣は軒並み好演。とりわけ藤野涼子さんが印象に残った。

    主演の平塚らいてう役・朝倉あきさん。テレビドラマや主演映画『四月の永い夢』と、映像畑での活躍は承知していたが、声・表情・スタイルと、これほど舞台映えする女優さんとは!と驚かされた。

    最後に雑感だが、二兎社さんの集客力ならばシアターウエストくらいの箱じゃないとお客様の需要に応えられないのだろうが、この芝居、下北沢の駅前劇場ぐらいのスペースでかけた方が良いように思えた。
    また、あくまで個人的感覚だが、舞台美術の貧弱さには目を覆うばかり。

    【配役】
    平塚らいてう:朝倉あきさん
    伊藤野枝:藤野涼子さん
    岩野清(いわの・きよ):大西礼芳(おおにし・あやか)さん
    尾竹紅吉(おたけ・こうきち):夏子さん
    保持研(やすもち・よし):富山えり子さん
    奥村博:須藤蓮さん
    山田わか:枝元萌さん

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