精神病院つばき荘 公演情報 精神病院つばき荘」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.7
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    数日前にこの芝居を観劇した知人に薦められて観劇。
    とても面白かった!
    タイトルからして、重〜い芝居を想像していたが、いい意味で裏切られた。

    ネタバレBOX

    喜劇な感じで作られた作品で、委員長の滑稽さを際立って見せる芝居だった。しかし、もちろんテーマは重い。重いテーマを喜劇のように描くからこそ、その滑稽なことが現実なんだと突きつけられる。
    ラストシーンで見せる委員長の台詞が印象に残り、胸を打った。委員長が初めて見せた本当の心の声に聴こえた。
    とてもいいお芝居で、知人の言葉を信じて観に行ってよかった。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2022/10/14 (金) 14:00

    座席1階

    以前から見たかったこの舞台。ようやく見ることができた。下北沢の小劇場は補助席まで出す満席。小劇場ファンだけでなく、日ごろは下北沢など来ないように思われるお客さんも多かった。日本の精神医療の恐ろしさを感じている人が多いからかもしれない。

    舞台は、男性患者に院長が集会での発言を頼む(病院側の意に沿うように強要する)場面から始まる。患者と院長の会話を聞いていると、患者が冷静に答えているのに対して院長は突然主治医を自分に変更したり、めちゃくちゃぶりが最初から際立つ。患者が言うことを聞かないとみるや、院長は強制隔離の書面を作って一方的に読み上げる。看護師が止めようとするが止められるものではない。患者は隔離の部屋に閉じ込められる。

    原発事故と絡めた展開になっているところが示唆的だ。東日本大震災では原発が爆発したときに精神科病院の患者らが取り残され、避難中のバスや搬送先で数十人が亡くなるという悲劇が起きた。災害や戦争などの非常時に真っ先に切り捨てられるのがこうした患者たちであり、障害を持つ人々であると世の中に赤裸々に示した。このあたりが、精神科医から劇作家に転じたくるみざわしんの「原点」とも言える場面だ。

    舞台では、1964年に米国の駐日大使ライシャワー氏が精神疾患歴のある青年に刺されるという事件が起き、日本に精神病院がたくさん建てられたという歴史も述べられる。精神科のベッド数は外国と比べても日本は断トツで多く、精神病患者は病院に閉じ込めておくという発想が一般の人も含めて定着し続けている。安倍総理銃撃事件でもそうだが、被疑者の精神鑑定が行われることは多い。犯罪が精神疾患によるものという司法判断が出た場合、患者(被疑者)には刑罰ではなく入院・通院治療が行われる。これは個人的な感想だが、ここでも入院で社会から遠ざけておくという発想が残っているような気がする。精神科病院が「迷惑施設」と言われるように、入院患者はいつ犯罪を犯すか分からない怖い人、というイメージがまだ根強い。
    ここ数年、ようやく精神疾患の入院患者を退院させ、社会の中で共に生きるための支援を手厚くする方向に向かっているが、現実はまだ、26万人もの入院患者がおり、ベッド数もそれほど減っているわけでない。舞台ではこのような精神疾患患者たちの強烈な人権侵害について、いまだ問題になっている身体拘束も含めて分かりやすく提示される。

    メディアが真正面から扱おうとしない精神科病院の実態。演劇だからこそ世の中にしっかりと示せるのだろう。この戯曲は現実を「告発」する大きな力を持っている。劇中の、「自分たちは大きなものに見放されている」というせりふが心を刺す。大きなものというのは政府、精神保健行政だ。多くの人が見るべきだと思う。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    医師が前職と言うのは作家にはよくあるが、演劇人では非常に珍しい。創作現場に時間がかかるから、片手間で少しづつ拡大していくという手が使えない。関西から出てきたくるみざわしんは中年になってから、まず投稿戯曲で注目された。今春初めて見た作品(阿佐ヶ谷ザムザ・「ひとつオノレのツルハシで」)は新人らしからぬ戯曲だと思ったが、それはこちらが知らないだけで、関西では多くの作品が既に上演されていた。
    今回の作品は医師として専門領域である精神科病院の現状についての物語で、専門領域だけあって、知らないことが山盛りで、それだけでも興味深く見ることができた。前回と同じ告発劇で俳優も同じ。戯曲のスタイルも似ていて、セリフで押していく。
    今回は一部の政・官と民間の阿吽の呼吸で戦後乱立した精神病院の現状が告発されている。
    登場人物はそういう病院の雇われ院長(土屋良太)と、長期入院の患者(川口薫)、30年以上勤めている女性看護師(近藤結宥花)の三人。長期入院患者で成立している病院なので、長い習慣的ルールで病院が維持されている。形としては民主的、合理的な入院患者と病院側の定期的な会合もあって、そこでの合意で病院の日々が回っている。院長は取りまとめ役だ。長い慣習の中には古くなるものもあるし、新しい時代のハラスメント規制や事態の変化にも対応しなければならない。この舞台で描かれる問題点は、原発事故が起きた時に備えて、どう対応するかを平時から決めておくことの可否(是非ではなく、出来るかどうかで、なんとしても、病院側は出来ることにしたいが、現実にはまったく無理である。こういう事態はいま疲弊化している日本の現実として随所に見られる)である。病院長が巧みにうやむやにする経緯が喜劇調に描かれる。
    だが、後半、原発事故は現実のものになる。日本のほとんどが住めなくなる。そこでも、院長は生きている。
    1時間45分ほど、セリフ続きで、主役の医師を演じる土屋良太は大車輪で、熱演である。ほかの二人もそつがない。ただ、前回は演出が芝居を面白くする経験も豊富なベテランの鈴木裕美だったので、同じような狭い舞台ながら動きも俳優の性格付けも派手で、飽きない作りだったが、今回はセリフを立ててほとんど板付きである。(演出・大内史子)。それだけに人間的な共感よりも告発の趣旨が中心になってしまったのは、セリフも内容も面白かっただけに勿体ないような気もする。初日はいろんな客層で満席

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