公演情報
「群盗」の観てきた!クチコミ一覧
満足度★★★★
あのシラー(第九の作詩者のイメージしかないが)の古典戯曲というので、身構えて観てましたけど、マカロニじゃなくてジャーマンウエスタン風のドラマチックな活劇でしたね。予想以上に楽しめました。
満足度★★★★★
ゲーテと同時代の、これがあの・・。演劇が持つラディカルも「古典」と教科書に載りゃ無害のお墨付きとか。しかし昨今の「新作」戯曲より余ほど暗く鋭く光る刃が・・。
読み継がれ演じ継がれてきただけに普遍性あるドラマ、何故なら、、と考えて立ち止まる。疾風怒濤(シュトルム ウント ドランク)、これも教科書に載る単語だった(私の頃はね)が、大いなる変動(変革)の時とある。「群盗」は自由を叫び、最後には(形の上では)滅び行く物語だが、作者が掲げたのは滅び(現実)の方でなく、滅びさえ自ら選び摘った実、と宣する(事で成就する)自由の方でなかったか。新しい自由の地平を切り開くべき時代(当時にとっての現代)という感覚は、文明・思想の発展深化の末に、この時代誕生した新たな感覚だったのではないか。。(文学や演劇という芸術が持つ力への期待と熱望と確信が、最も高くあった時代、そしてそれを裏付けた作品たちがあった・・・「疾風怒濤」という語がそんな想念に誘う。)
そんな事を想像させた「今面白い」舞台だった。
特筆は、このスケールの大きなドラマをd 倉庫というスペースで、狭隘さを感じさせず感情表出も目一杯に戯曲のエンタ性をしっかり立ち上げていた事。
歴史的戯曲を手近に届けてくれた感謝も手伝って満点星。(つづく)
満足度★★★★
冒頭は劇中劇のような感じで、陽気な若者たちが居酒屋で将来談議、談笑しているような場面から始まる。舞台美術は奥行きがあり、将来という時間空間を表し、タイトル「群盗」として行動する場所的空間をも表しているようだ。もちろん、主人公カールの出身地・家にも関係してくる。上演時間2時間30分(途中休憩15分)と長いが、原作・フリードリッヒ・シラー、脚色(菊池准 氏)はもちろん、演出もピアノの生演奏・歌などで観せる工夫をしている。
当日パンフにも記されているが、原作者はシェイクスピア作品に影響を受けたとあり、本公演でもその雰囲気は感じられた。
満足度★★★
2時間30分の長い芝居ですが途中15分の休憩が入り2幕となります。1幕目はストーリーについていくのがやっとですが、2幕目になると面白さに変ります。役者さんの声が響きセリフが聞き取りにくいのは残念でした。
満足度★★★★★
客電そのまま急に始まる舞台に戸惑いながら だんだんと物語は始まっていく。
音楽は素敵な生ピアノ演奏のみ。
自由を求める兄と欲望にまみれた弟のお話。
素性を隠したカールとアマリアの所でうるっときました。
舞台セットが遠近感?のある面白い作りになっていて奥行きがある芝居が良かったです!!
ありがとうございました!
満足度★★★★
鑑賞日2018/12/13 (木) 19:00
ドイツロマン主義の傑作。
ピアノ伴奏を入れ、ある面歌唱劇として、メロドラマ要素と役者の躍動を盛り込み、テーブルと椅子の配置で、大芝居をテンポよく描き切った力量には感心。
そもそもが、その舞台設定の大きさから、リーディング劇を想定して書かれたものだったようだが、d-倉庫の奥行を一杯に使って、大劇場にも負けない見せ方だ。(宝塚で上演が予定されているというのも納得)
勝山了、渡辺聡、米倉紀之子、大川原直太、主役4名の、見得の大きな芝居もこうした古典劇を演じるには、必要不可欠。観ているこちらも清々しい。
ラストの、悪役弟フランツの自死、父モール伯爵の衰弱死、自らの罪悪感と仲間のために去り行こうとするカールに懇願して殺される恋人アマーリエ、なんかえらく歌舞伎チックだなあと思って調べたら、日本初演では歌舞伎演目に翻案されて上演されたとのこと。さもありなん。日本人情緒に訴える内容なのだよね。
ただ、この舞台でのメッセージ性と舞台冒頭の設定は疑問。
シラーがこの作品で、カールの自由への強い訴求を描きたかったことは、広く認められているところ、そこで様々な苦悩と悲劇が生まれていく。
そこで、演出に際して、現代の閉塞的な社会状況を打破して、自らの力で自由を勝ち取ろうという、メッセージが強く打ち出される。ラストの登場人物全員による、自由を求める歌(既存の曲なのかどうか、題名も知らないが)の大合唱に、それは集約されている。この合唱はとても心地よい。
ややステロタイプなメッセージのようだが、あくまで描き方が問題なのであって、けして陳腐な古臭いテーマというわけではない。
しかし、カールの自由への訴求は反権力や民衆への共感といったものではない。彼は、義賊的な振る舞いで仲間からも一目置かれながら、仲間を死刑から助けるために、街を燃やし老人や子供、病人を中心に80人以上も殺してしまう。彼自身、自ら自由を求めながら、実は無法に振舞っていただけだと気づき、それを独白している。果たして、カールの生き方は現代に本当に通ずるものなのか?
そして、このメッセージを伝えるために、舞台と現代を通じさせるための演出として、冒頭では、登場人物たちが現代の若者として、自らの価値観や求めるものについて面白おかしく、酒を酌み交わしながら議論をする。
そして、ある男の発言(フランツ役)から、舞台は本筋に入るという趣向なのだけれど、これがどうもわかりづらい。こういう導入なのだとすれば、最後でそれに対するアンサーがあってしかるべきだが、それがない。カールの独白から本筋に入るというのであれば、ラストのカールの行動や合唱は一応のアンサーになっているとは思うのだけれど。
もっと、魅せることのみに邁進しても、よかったと思う。
それができるだけの十分な舞台美術や、役者の言葉と動きがあったのだから。
惜しむらくは、主役の方々が盛り上がるところで、ちょっとずつ噛んでしまったこと。
それと、これだけの舞台なのに、ちょっと客席が寂しかったのが残念。