THE PILLOWMAN 公演情報 THE PILLOWMAN」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
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  •  マーティン・マクドナーの名作を若い演劇人が真摯に上演。新井ひかるさんの演出は、黒い箱型の演技スペースを2つ設置した舞台美術(上田淳子)で、堅牢な取調室だけでなく物語の入れ子構造も表す。床に散らばる作家の文章とその兄の絵、布に映す影絵や絵の具を使って目の前で事件を起こしていく趣向は、大胆で効果的かつサービス満点。残酷なおとぎ話のびっくり箱、各登場人物の脳内劇場を豊かに立ち上げた。
     作家(弟)を演じた中西良介さんの翻訳は、最後の独白をです・ます調でない語り口にし、長塚圭史演出版、小川絵梨子演出版とは異なる味わいに。脚本を2時間に刈り込むことで、2人の刑事に焦点が当たったのも面白い。
     アリエル役(悪い刑事)の岩男海史さんの演技が白眉。作家の兄役を演じた堀元宗一朗さんの成長にも驚かされた。彼は新国立劇場および同研修所の公演で、出演以外にプロンプや演出助手の仕事もしている。

  • 満足度★★★★★

    PILLOW MAN (枕男)。劇中のあらゆる単語からこれを選んだ作者の思いを噛みしめた。サイコな殺伐とした話が、たとえば人生最後の日に見るに価する泉に変わる「変わりめ」の妙は、同作者「スポケーンの左手」にもあった。
    主役と、翻訳もした中西良介は新国立「赤道の下のマクベス」で英語の台詞を喋る戦犯収容所の看守役だったが、伊達ではなかった訳だ。
    初めて訪れた山王FORESTは地下の割としっかりと設えられた劇場だが、ステージは狭く、装置に工夫あり、回想話に影絵(シルエット)を使ったりと、巧い。
    精巧な時計のように緻密に書かれた戯曲を、十分に再現していた。

  • 満足度★★★★★

    ズシンと来ました。見終わった後もずっとこのお芝居のことを考えていました。
    原作からだいぶカットしたということを小耳に挟みましたが、
    見ていてまったくわかりませんでした。
    短くしても完璧な戯曲に感じられるのは、
    お芝居を作っている方々が作品の真髄を深く理解しているからこそですね。
    あと一日ですが、ひとりでも多くの人に見てほしいです。心から。

    それにしても、中西良介さんの出演される舞台には本当にハズレがないなと思います。

  • 鑑賞日2018/12/13 (木) 19:00

    価格2,800円

    19:00の回(曇、小雨)

    18:30受付、開場。ここは初めて。

    「大森(JR)」は、しながわ水族館オープン当時、外出(業務中)したついでにチームメンバー全員で寄り道したとき以来。全然覚えていないなと思いましたが、たしか京浜急行駅で降りたはず...なので実質初めて。駅から会場までは5分くらい。

    ちょっと早く着いたら声をかけていただき階段で待っていてくださいとのこと。

    海外戯曲は苦手ですがperrot「人間動物園」@眼科画廊に出ていた桑田佳澄さんの次回作、ということだったので。

    開場すると、下手側に狭い取調室、机と椅子、男が黒い目隠しをされ座っている...

    その床面は白い紙片で埋め尽くされていて、上手側はカーテンのように仕切られてさえいる。
    この狭く暗い空間で2時間、濃厚? 濃密? 陰鬱? 抑圧? あるいははけ口?

    19:04開演〜20:59終演。

    くもの巣のように暗闇に潜む因果の触手は互いに絡みつき、わずかな隙間からくもの糸のようにひとすじの安寧が訪れる。

    戯曲は「PARCO STAGE SHOP」で購入できるらしい(読んでみたいものです)。

    ベンチシート席で隣の方が思いっきり前のめり(前かがみ)でみているとちょっと邪魔に感じる。

    喫煙シーンあり(事前説明なし)

    どこか'立派な'劇場でまた観たいかと問われると「No」ですが、ここのように地階に潜った密室のような空間でなら即「Yes」。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/12/12 (水) 19:00

    座席1列

    ハロルド・ピンター作品で旗揚げした次作では、マーティン・マクドナー作品。劇団の嗜好性あるいは志向性が判る(というと「判ってたまるか」というくらいに骨太な)選択です。
    その上で、翻訳を劇団員自らが前作同様に行っていることに、強い作品への愛着と敬意を感じます。

    マーティン・マクドナー作品は、長塚圭史氏や現新国立劇場の芸術監督である小川絵梨子氏の出世作であり、森新太郎演出もあったり。これら日本を代表する若手(?)演出家の舞台に立つのは、錚錚たる顔ぶれの役者陣。
    最近では世田谷パブリックで最新作「ハングマン」が上演され。まさに日本演劇史に強い影響力を持つ作家です。

    そうした背景の中で、今回の舞台は見事!!!
    称賛しかありません。

    まずは小劇団の宿命、限られた短い時間の稽古で迎えたであろう初日、噛むこともなく淀みなく進む舞台。明治大学でシェイクスピアプロジェクトを中心に揉まれてきたとはいえ、設立わずか1年の劇団舞台としての完成度は高い。他の大御所のマクドナー作品の舞台と比しても、そう遜色ないように思われる。

    そして3幕の長尺作品なので、過去の上演記録を見ても、長いと3時間超、短くても
    2時間をゆうに超える作品であるにも拘らず、2時間ちょうど(それも、前説で宣言したように時間がぴったり)にまとめあげたのは、やはり演出、の妙というべきだろう。
    それも、短縮したり省略したりすることなく、狭い劇場を左右に区切り、その上、場面転換するところを、うまく紙のシルエットで観客の想像力に働きかけることで、テンポよくストーリーを摘むんで行く。舞台監督を置き、演出の意に沿う工夫を考案したことも大きい。

    ネタバレBOX

    ストーリーに関してはWikiなどで詳しく書かれているので、追うのは止めておきます。
    ただ、この作品のラスト近く、助かった少女へのカトゥリアン、トゥポルスキー、アリエルそれぞれの反応が観客に多様な感情を生み出すのは確かで、その後の余韻を深いものにします。
    とくに、トゥポルスキーが、カトゥリアンが真実の自白をしなかったことをアリエルに質問する件。トゥポルスキーは、カトゥリアンが真実を述べなかったことを理由に、小説の原稿を残すという約束も保護だと主張する。
    それまで息巻いていたアリエルが、蛇に睨まれた蛙のようにおとなしくなる姿に、観客は一堂に祈ることだろう、この兄弟たちに僅かな幸せをと。
    その幸せが、カトゥリアンが銃殺されるまでの猶予時間10秒が反故にされた代償、あるいはアリエルの贖罪意識だとしても、そこには僅かな福音があったことに安堵した。

    ひどい未来から逃れられるよう子供たちに自殺を促すピローマンの物語は、カトゥリアンとミハイルの抗いによって、小説として結実したという福音。

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