公演情報
「731」の観てきた!クチコミ一覧
満足度★★★★★
鑑賞日2018/05/01 (火) 19:30
座席1階1列
パラドックス定数『731』パラドックス定数
面白かったです!
731部隊や帝銀事件についてのお話。
最近箱根山の人骨と731舞台について調べたばかりだったのでとてもタイムリーな題材でした。
素舞台に近い状態でBGMも派手な照明効果も無し。
それでも2時間集中が全く途切れず。ヒリヒリするような緊迫感が凄かった!
満足度★★★★
狂ってる。
ヒトはどのような状況で、どのようになるのか、これはひとつのフィクションでもあり、ノンフィクションでもあるのかもと。
そして、多分、このような感情を観劇中に持つことはあまり、自分は無かったのだが
辰沢役(小野ゆたかさん)が自分が帝銀事件をやったと語る場面で、「お前がやったのかよ」と睨んでしまった。
罪に対しての態度というか(劇中そこがどの役柄もポイントだと思うが)それを観た瞬間、苦しんで死んだ8歳の子どもが私の脳裏に浮かんだ。
「お前が殺したんだ」と何故だが、分からないが物凄く憎しみの感情がうまれてしまった。
きっと、余りにも、「死」に対しての彼らの感じ方が怖すぎたのかもしれない。
だから、「狂ってる」と感じた。
「戦争だから」
「命令だから」
「医学の進歩の為だから」
戦後生まれた自分にとって
戦争中の心理はあくまでも「想像」でしかない。
何故、人が人でなくなってしまうのだろうか。
「殺される」状況になったら「殺さなければ、自分が死ぬ」と
思う。
ただ、自分はそのような状況になった事が無い。
ただ、「戦争」はそれが日常であったのだから「しょうがない」という理由になるのだろうか。
731部隊は、戦時下において一種、異なった狂気ではなかったのか。
研究者たちは、あの状況を「天国」と思っていたのか。
あの状況を「おかしい」とは思わなかったのだろうか。
思ってはいなかったのだろう。
何の制約も受けず、「普通」であれば倫理が邪魔するであろう「実験」、いえ、「殺人」を思う存分出来たのだから。
その「殺人」を行って、得た多くのデータは彼らにとっては、煌めくものだったのだろう。
「もっと、もっと、データを・・・」
戦争が終わり、日本へ戻ってきた彼らは
「死」を恐れた。
自分達の身の安全を、仲間を見張りながら絶えず、見えない恐怖に
怯えている事を隠しながら、生きようとしていた。
これは、物語だろうか。
人間はこうも、醜いのだろうか。
これが、物語だ。
人間は、こうも、醜い気持ちを持っている生き物だ。
葛藤もある。
しかし、彼らはけして、あの実験を後悔してないのだろう。
何かのせいにして、
けして、「自分」が悪い訳ではないと思ってる。
大なり、小なり、私もきっと、同じような考え方をすると思う。
あの焼け野原で残った建物の一室で
今もきっと、同じように
会話をしてる影が見えるかもしれない。
そう、感じた公演だった。
満足度★★★★
著名な劇評家の姿も見えた回。注目度も上がっている?パラドックス定数、というか野木萌葱作の舞台を久々に拝見。
731部隊員であった者が都内の某所(戦前からのアジトという設定)に「空っぽの封筒(裏にその場所の住所が記載)」が送られた事や、自分らの身を守るため互いの動向を知る目的から、集まっている。
登場人物は6名。時代設定は1947年。米国占領下、東京裁判より前で彼らは「戦犯」として法廷に引き出される恐怖も抱えているらしい。
作劇には面白い着眼もあったが、その一つ「帝銀事件」はドラマの比較的中心で、タイトルを「帝銀」としても良い程に絡んでいる。
ここでこのドラマは(史実としては見つかっていない)真犯人を登場させている。フィクション、とまで言えないのは、事件に使われた毒薬の性質から731出身者である可能性が高い、という視点を押し進めたためのようだ。
また、民間の血液銀行(ミドリ十字の名は出さないが)設立、旧陸軍軍医学校跡地に見つかった人骨問題、731人体実験の研究成果がアメリカの手に渡った事実、などに触れてドラマに絡めている。
こうしたトピックの合流地点として歴史を再構成する面白さは判る気がするが、どこか不満が残るのはなぜか・・。
満足度★★★★
この劇団お得意の歴史事件ものである。三億円事件は面白かったが、これは70年前、となるとさすがに観客も馴染みがなさそうだ。満州の731はもっと古い話で、軍隊亡き今ますます縁遠い。いつもの通り、会議ドラマであるが、今回は少しすべった。
一つは内容で、事件ものをやるならそれが、今上演される時代と何らかの意味でつながらないと面白くない。帝銀事件の真犯人探しは、今の客にはなじみが薄すぎるし、731はさんざんドキュメンタリーで掘り返されていて、どうにでも作れるが新鮮さに欠ける。劇場が犯行現場の椎名町に近いとか、被害者が運び込まれたのが隣りの聖母病院だ、などと言う事は末梢的なことしかな
い。今やるなら、化学兵器に現代人としての科学者がどう向き合ったか、と言う事に尽きると思うが、そこは深みがなく科学者の「生活」と「良心」と言った程度の議論に終わっている。15年前の作品と言うが、こういう劇は時代とともに書き直していかないと観客の気持ちをそいでしまう。連続公演に水を差すようだが、歌舞伎でも、「洗う」と言って、再演の度に洗い直して工夫しているのだ。それが生でやる芝居の義務でもある。
二つ目は、この劇団の俳優の力である。もっとちゃんと訓練して舞台に上がってほしい。この小さな劇場で後ろの席(たった5列!)に声が届かない。劇場に不相応に空調があって音が大きいと言う事もあるがまず、俳優の声をそろえるという基本が出来ていない。ちょっと横に振ると聞こえなくなる。こういう「技術」はちゃんと学ばなければ。舞台なんだからその不自然は俳優が克服することだ。