731 公演情報 パラドックス定数「731」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    著名な劇評家の姿も見えた回。注目度も上がっている?パラドックス定数、というか野木萌葱作の舞台を久々に拝見。
    731部隊員であった者が都内の某所(戦前からのアジトという設定)に「空っぽの封筒(裏にその場所の住所が記載)」が送られた事や、自分らの身を守るため互いの動向を知る目的から、集まっている。
    登場人物は6名。時代設定は1947年。米国占領下、東京裁判より前で彼らは「戦犯」として法廷に引き出される恐怖も抱えているらしい。
    作劇には面白い着眼もあったが、その一つ「帝銀事件」はドラマの比較的中心で、タイトルを「帝銀」としても良い程に絡んでいる。
    ここでこのドラマは(史実としては見つかっていない)真犯人を登場させている。フィクション、とまで言えないのは、事件に使われた毒薬の性質から731出身者である可能性が高い、という視点を押し進めたためのようだ。
    また、民間の血液銀行(ミドリ十字の名は出さないが)設立、旧陸軍軍医学校跡地に見つかった人骨問題、731人体実験の研究成果がアメリカの手に渡った事実、などに触れてドラマに絡めている。
    こうしたトピックの合流地点として歴史を再構成する面白さは判る気がするが、どこか不満が残るのはなぜか・・。

    ネタバレBOX

    後に薬害エイズ事件を引き起こすミドリ十字のくだりについて・・
    設立の計画を進めようとする男に対し、上官に当たる者が、「(アメリカのテコ入れで飲まされそうな)非加熱製剤には気をつけたほうが良い」と真面目にアドバイス。研究者としての良心をアピールさせるのに余念が無い・・と評したくなる。つまり後の歴史を知る者による後付けの脚色の匂いがする。
    アメリカに利用され続ける日本、との視点は正しいとして、しかし物事の「裏側」を知る彼ら(登場人物)が手をこまねき、情報を人々に知らせなかった事によって、現在の対米隷従の延長を見ているのに対し、その責任を問わずこの場面でアメリカ牽制の(面と向かっては絶対に言えない)判った口を利かせるという、この描写が、こうした問題の根っこを浮かび上がらせる事にどれほど貢献するのか、むしろ曖昧に濁すことにしかなっていないではないか・・と、私などはどうしても思ってしまう。

    米国が731資料をごっそり持ち去ったというのは731部隊の現地での事と私は勘違いしていたが、確かに・・。持ち帰った資料が日本人からGHQに渡るルートが最もあり得る。ただ、731で己らのやった行状を恐れる者たちが、GHQのスパイと判った某氏を一様に責めるのは、解せない。なぜなら、「裁き」を恐れる相手=米国が既に自分らの行状を知っている、という事態の中に、自分らはどう利用されるのか、捨てられるのか、という「より大きな」問題の地平に今や至った事に気づくはずで、そうした「見えない敵、もしくは審判者」を前にして無力を知った時、人は自分の行いを「罪」の側面から考え始める、という事があるのが自然だろうし、あるいはそれに抗おうとして真反対の行動を取ろうとする、また真実を見ないようにする、といった行動が考えられる所、芝居では「裏切った裏切らない」の話をまだやっており、しかも「理性的に」議論をしている風なのだ。
    ここで思うのは、「理性」とは「裁き」という恐怖の手が及ばない所で内弁慶的にポーズを取っていられる事、の意ではないか。つまりは、まだ罪と向き合わずに済む状態をこの閉塞空間が保証している、というより彼らはまだ井の中の蛙なのである。そこで語られる理性的な言辞を、何だか格好良く見せて芝居を収めようという意識が私には理解できない。
    一兵卒である部下が、「あれほどの事をやったのに・・」と、告発すべきという趣旨で発言する終盤の白熱場面。「だから何だ」「何が善か悪かも判っていない頭で言うんじゃない」と、幹部の一人が言うが、それこそ「判ったようなこと」だ。社会の必要悪を担うことで社会的地位に収まる欺瞞が、今も通ってしまう社会である以上、「だから何だ」とは反語的意味も持ち得るが、作者としてはどうだったか。。

    一つのバロメータと思われること。過去に観た「三億円事件」や「東京裁判」にも共通するが、男の「地位」を示す制服=背広など=を格好良く着こなし、その制服に見合ったいっぱしな台詞を吐かせる演出が、あの衣裳でなく別物でも成立するかどうか。私は成立しない、と見えてしまう。
    今回「良心がある」と部下に慕われた「己らの行いに悩む」男は、それまでクリーム色のジャンパーをまとっていたが、血液銀行に引っ張られた(それは懐柔された事を意味する)後のラストでは、皆と同じく濃いグレーの制服を着こなして登場する。
    その制服が意味する欺瞞を、作者はことさらに暴かない。むしろその制服で収まりがよく感じるような台詞を吐かせ、「生きるためには仕方ない」「皆必死で生きている」メッセージの方が強調される。「罪」は掘り下げきれずに劇は終わるのだ。

    「悩む男」と、彼を慕う部下が、良識の側にありそうだが、部下のほうは実際に手を汚しておらず、実質一人である「悩む男」が中国人の人体実験と被験者の調達が日常であった731部隊の幹部連中の中では、ドラマ的には「一石投じる」べき役となる。
    だが「自分はもう医者にはなれない」と嘆き、皆の「心配の種」であった彼が最も感情をあらわにするのは、満州に渡る前、脳外科専門の上司のために手術の訓練の実験台にする戦死者を調達して与え、切断された頭部を運んでは埋めていた、その記憶を語る時だ。「腐った頭部を運ばされた」事がいかに忌まわしいものであったかを訴え、「俺の731はそこから始まってるんだ!」と叫ぶ。これはこの問題に触れるために必要なくだりであったかも知れないが、ここでの描写が具体的であるのに対し、731で「行なったこと」の描写がもう一つ足りないという比較が生じる。731での「行い」についての証言は、「罪」を論じる視点との関係でも、自分の感情からも語られていないように思う(記憶違いかも知れないが)。
    一人「悩む男」は、その事をむしろ語ることで観客にも「語ることが彼にとって必要なことだった(一人では抱えきれなかった)」と理解させる事になっただろうところ、それは部下への手紙(他の者には空の手紙)の中に書き綴られていた事になり、部下は終盤で「あんな事をしておいて、どうして明らかにしないのか」と、「あんな事」としか言わずに訴える。しかしその発言は「悩む男」が秘密を漏らした証拠の重要性が際立たせられ、「悩んでいた男」は慌ててしまう。終盤で、この男はすでに「ブレていた」訳だ。
    ブレない内に行動に至らないなら、ドラマ的にもその説明が施される必要がある。元々、「行い」に関する「悩み」など無かったのではないか、と後の印象が上書きされ、そして元々そうだったのでその通りになった、と見えた。
    人物の一貫性からすれば、「悩み」が何らかの形で発露されて良いのだが、それは差出人の無い封筒を関係者に送りつけていた張本人である事が終盤明かされる事でその「ぶざまさ」を指摘される事で立ち消えとなり、つまりは「関係者を招集する」行為までがせいぜい、彼の「悩み」が押し出した行為だった、という事なのだ。

    その事の傍証は、「あんな事までして・・」と部下に言わせたその具体的な内容に、この劇の中では言葉化された箇所が無いこと。「丸太と言っていた」「どんな場面でどんな口調で言った」「どんな気分だった」という、ある一点でも良いその瞬間を切り取った証言が、ない。「丸太」の話題から発展したのは「これは本来マテリアルと呼んでいた語がいつしか・・(これを遮る声)」と、一般的な記述の紹介だけだ。
    既に知られた史実・・だから触れるに及ばない、とはならない。実際に見たわけではない史実・・について語ろうとしているのだから、想像力たくましく迫って欲しかった。

    敗戦後間もない時期に、どの程度その「行為」の意味を認識し、捉える事ができたか、そういう人間がいたかは不明だが、劇に登場する「悩む男」の存在は「気づき」の予兆であって、この伏線に対して、「気づき」及ばずガックリ、となるか、「気づき」はなお生き残り、希望を託せるか・・という風に展開はどちらかになりたいが、そこがぼやけている。敢えて言えば「ガックリ」であるが、芝居として「ガックリ」と位置づけられていない。

    一人の人間が果たして「罪」に苦しんでいるのか、社会的制裁を恐れているのか、一神教の観念を持つ者とそうでない者の間にも差があろうが、仮に唯一神観念がなくとも「罪」の観念は実際の人間を想定することで生じるものと思う。
    しかし結論的にこのキーとなる男は罪の問題に深く触れていたとは言いがたく、そうとなるとこの劇には当初から「罪」の視点で出来事を語るべき者はいない事になり、「節度ある発言」を発する者も居るが、おしなべて「対立」は矮小な範囲で霧散している。

    野田正彰氏の「戦争と罪責」はかの戦争で主に加害行為を行なった元軍人が、戦後数十年経ってなお残す心の傷跡を読み解こうとした論述で、問われなかった(裁かれなかった)「罪」を持て余す者が少なくない事をこの本で知ったのだが、大概「罪」を擁護するのは本人でなく親族など周囲の者ではないかという事をそのとき思った。殺人事件の遺族が一様に重刑を望む訳ではないのに周囲が熱くなっている、という構図に似ているかも知れない。ベクトルは逆だが。

    1年かけての7作品連続上演が風姿花伝で為される第一作目。新作が含まれるのなら、その折には「変化」を確かめに見てみたい。

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    2018/05/02 06:26

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