最後の炎 公演情報 最後の炎」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.8
1-6件 / 6件中
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/04/26 (木)

    小さな町で起きた出来事・・・酔っ払い運転の車をテロの犯人と思い込み執拗に追いかけた婦人警官が、少年を撥ね殺した。

    少年はその時、一人の男と向かい合っていた。男は少年のボールを拾ったのだ。

    少年の母は、痴呆症の夫の母の面倒に明け暮れていた。

    少年の祖母は、何度も少年の死を忘れ、日に何度もどこに行ったのかと探す。

    少年の父は、少年の学校の先生と浮気をしていた。

    そして、小学校の先生は婦人警官の友人だった。

    婦人警官に追いかけれられていた男は、恋人の男をも避けて暮らすようになった。

    一人の少年の死が、これだけの人の心に影を落とし、影響を与えた。誰もが悲しいのに、その悲しみの形はそれぞれで、受け止めきれず、心はすれ違い、苦しみ、もがく・・・・。

    客席の真ん中に作られた白い回転舞台と一本の木が立つだけの舞台で、それぞれのそんな心がぶちまけられていく。

    疲弊していく心、逃げても、救われない心たち・・・。

    隣の人の体温が感じられず、どんどん孤独になっていく魂たち。

    たえず誰かが自分の心の声を発し、言葉を発し、ト書きのような行動説明の発しているので、自分に彼らの心がいしつぶてのようにぶつかってくる・・・そんな感じでした。大きな悲しみの渦の中にいるようでした。

    そんな中で、やっぱり私は母親に心を寄せます。

    同じ悲しみを共有できるはずの夫とも心がすれ違い、夫の母親の介護に明け暮れ、心がどんどん磨り減っていくのです。鬼頭典子さんの母・スザンヌはいつまでも心に残りそうです。



    素晴らしい舞台をありがとうございました。


  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/04/21 (土) 14:00

    座席1階1列

    こういう舞台を創出すことができるのが、文学座アトリエのよいところなんですよね。一本の木とゆっくりと回転する舞台。

    ヨーロッパはいつからこんな喪失感を醸すようになったのだろう。

  • 満足度★★★★

    文学座はこれで3回目の鑑賞。

    アトリエは初めて。
    まず、素晴らしい空間に驚く。

    あとはネタバレに

    ネタバレBOX

    舞台装置が抽象的な木が一本のみ。

    小道具はいくつかあったにしろ、家具などの出道具はなし。
    テンポ感と想像力を出したい演出家の意図が汲み取れる。

    演出家と俳優陣がテキストにまっすぐ伝わったのがよく分かった。

    男性陣も良かったが、特に女性陣が良かった。

    ただ中盤、単調になるところが多々あり、年齢が上になるにつれて寝ている人が多かった。
  • 満足度★★★★

    ドイツの作家の新作である。イスラムのテロで揺れるヨーロッパの市民生活の現在を表すようなコラージュである。こういうスタイルの現代演劇の始祖はブレヒトだからドイツの作家が受け継いで展開させていくのはごもっともであるが、この作品に限っては、日本の観客に届くには距離がある。戯曲の内容はそれほど特異なものではなく、イスラムのテロや難民問題だけでなく現在のヨーロッパが直面する高齢者問題、家庭の崩壊、市民社会のモラルの問題なども素材にしていて、一般性もあり、現代社会をトータルで舞台に乗せてみようという作者の意図なのだが、演出のスタイルが大上段に構えた前衛風なので、観客も受けて立つのが大変である。



    ネタバレBOX

    劇場中央に大きなボンがあり、そこへ四方からエピソードに応じて抽象衣裳の俳優が登場して進行する。観客は周囲から見るスタイルである。ボンはゆっくり回っているから舞台正面がない。完全な回り舞台は実は多くはない。劇場は、かなり落ち着かない。
    戯曲はエピソードがいくつかの筋が重なっていくのだが、ト書きの部分や、詩的と言ってもいいか、台詞とは異質の言葉を聞かせる部分が混在して、その交錯の面白さになかなか慣れない。輻輳するストーリーも気になる。。
    俳優はさすが文学座、台詞はよく聞こえるし、動きもいい。それだけに、演出者がヤッタレッ!と張り切ったのはよくわかる。控えめな音や音楽の処理もいい..
    こういう舞台をやれるのはやはりこのアトリエだけだろう。ブレヒトもついにここまで来たかとある種の感懐はあるが、さて、このスタイルが広く受け入れられるかどうかは疑問である。今日の観客もご老人から中学生までいたが(ここもさすが文学座だと思う)現役バリバリの二十歳三十歳代の顔が少ない. 日本で言えば「三月の五日間」「散歩する侵略者」と言うような作品だ。だが、アフタトークでは岡田利規も登場するが、考え方はかなり違うと思う。
  •  観ながら聴きながら頭をフル回転させてオーディエンス側が
    各々のイメージを想起し膨らませてゆくことを強く求められる戯曲。

     惹きつけられる場面もありスマートな演出だが、意気込みが
    盆に乗って空回りして一本調子になっている感は否めず、
    次々と解き放たれ押し寄せるコトバ(特に、「私たち」のセリフ)の波に
    対してイメージが追いついていかないところもあり、観慣れていないと
    2時間強の上演時間の間しばしば襲ってくる睡魔と格闘せざるを得なくなる
    スタイルの、でも、言葉に鋭敏な役者さんなどは気に入りそうな作品
    (より深く鑑賞するにはリピート観劇が必要なタイプの作品。
    現在芸劇ウエストで公演中の『Photo.51』も、劇構造や
    戯曲のたち上げ方など同様の印象あり、フィーリングや感覚的に
    ではなくきちんと鑑賞するためには最低限高校レベルの化学、生物学の
    知識をもって臨むことが大前提となっている点を別にしても)。

     盆が終始廻る仕掛けは同じで面白いが、視点が逆転する豊洲の劇場で
    上演中の作品群とは対極に位置する作品。

  • 満足度★★★

    鑑賞日2018/04/15 (日) 14:00

    座席C列55番

    詩情溢れる語りの手法で紡がれる、
    喪失の話。
    舞台美術素敵。
    好き嫌いはすごく分かれそう。
    詳しくはブログで。
    http://blog.livedoor.jp/byoubyoubyou/archives/52436889.html

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