三月の5日間 リクリエーション 公演情報 三月の5日間 リクリエーション」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.3
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  • 2016年7月に小説版の『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を読み終えたのが先だった。2017年の夏?に三茶で「部屋に流れる時間の旅」を見た。
    小説にはいなかった(と思う)ミッフィーちゃんがよかった。予備知識なしでミッフィーちゃんが見られたのはよかった

  • 初演が大絶賛されてたから期待しすぎていたけど、私には響かなかったです。ただ、優れた作品だとは思うし誉めてる方々も理解できます。

  • 満足度★★★★

    初演の映像を見る限りでは、この芝居の題材であるイラク戦争の翌年(2004年)、割とホットな時期に書かれ上演されたことによる「タイムリー性」の躍動が、狭い空間である事もあって舞台に横溢していた(客席と床続きの舞台で「デモ」との地続き感も出ていた)。同時に風景の切り取り方のユニークさ、台詞のユーモアにある一定の普遍性を思うところがあったが、大きな改稿が無かった今回の再演舞台でその事が確認できた。

    一方、変わった部分も当然ある。若いキャストは、癖のあるキャラの立った初演のキャストよりは淡白で、初々しく、瑞々しさと物足りなさと両面がある。会場が立派なKAAT大スタジオであるのも、大きな違いだ。初演の狭いスペースに比べ臨場感が大きく遠のき、「作品」としての形が追求された感じがどうしても付きまとう。台詞とリンクしない奇態な動きも初演ほど出ていない。にもかかわらず面白く観られたのは、テキストの強さと、若者たちの「突出」と「自然さ」のうまいバランスにあったのだろうと思う。

    ネタバレBOX

    ただ、若手演劇志望者の性別比を反映するかのように、女性キャストの比率が高い。オーディションの結果、魅力ある女性を「捨てられなかった」のか、魅力ある男性が「思うほど集まらなかった」のかは判らないが、恐らくこの事で初演の大変ユーモアのある場面は端折るしかなかった。
    今回の二男優はそれでなくとも役の掛け持ちが多いが、初演で秀逸だったシーンの「再創造」が難しいのはデモのシーンで、その影響かデモ参加者が近隣の迷惑について「叱られる」シーンもニュアンスが変わっていた。
    デモが「現在」の時に渦巻く現実を背景に、一方でラブホでやりまくる男女とその周辺の(特段無くてはならない訳ではない)他愛のないエピソード、そして周辺ですらないが、情景としては物語の重要な背景色となっているイラク戦争開戦に抗議するデモの、至近にある「さほど熱くない若者」二人のこれも他愛ない会話をそれとの距離感を表現したシーンだったが、デモを肯定も否定もしない絶妙な位置を確保できていた。
    だが、今回はそれが無く、デモのシーンは中途半端に終了し、「叱られる」場面は、初演では「○○の場面をやりまーす」と予告して、相手の男性から何やら話をされていて最後まで聞いてみるとどうやら論難されていたらしいと気づく、そして「叱られるの場面でした」とオチがつく、ちょっとしたエピソード紹介の態で面白いシーンだったが、今回はイラク戦争反対デモの到着地であるアメリカ大使館の近辺に住む主婦から、先ほどの若者二人が騒音についての抗議を受ける。この口調が激しい。2004年の状況では、そこまでは言わないしその台詞は浮いた事だろうが、イラク戦争も原発事故さえも6年前へと遠のいた2017年の今の感性では、デモの音にマジギレする主婦は、「あり得る」風景である。(実際にデモへの抗議が当時無かったという事でなく、芝居に取り込む演劇的効果に関する判断のこと。)
    2004年当時入り込むことのなかった場面が、「現在」の風潮の反映として2004年当時あった事として新たに描かれるというのはどういう事だろう・・? 作者はどう意識的にこの場面の変更を行ったのか。デモを普通に行う事が何か不穏を撒き散らすことでもあるように喧伝され、それを受容させられている日本の今を、岡田氏はどう感じ取り、この場面を入れたのか、非常に気になる。

    正直、私はあまり良い感じを受けなかった。主婦に言わせっぱなしは「笑える」シーンにならないし、むしろ主婦の意見が正当だという感性のほうが、今は支配的だろう。それをなぞってどうするのか、という話。
    「イベント的にデモをやってるだけ!」という部分で主婦のテンションは最高潮に達し、正論を吐ききった恍惚感さえあるが、初演での「最前列の熱気」と距離をとりながらデモ後列でとぼけた会話をする若者二人という皮肉りと、デモそのものを「騒ぎたい奴らがやってるだけ」と批判する事とは論理が別物だ。イベント気分なのはその二人だったのであって(だから「すんません!」と謝るオチがつく)、では二人が距離をとっていた最前列の「熱気」も自分たち同様にイベント気分だと推論するのは奇妙だし、芝居としては、彼ら二人がデモ全体を代表して謝罪している格好で、物事に対する一方の見方を平然と採用して一方を貶める(無意識的か意識的かの)処理が、気になる。
    「物申す」事に対するバッシングの言辞をそのままテキストに取り上げて、言わせたままで終えるという後味の悪さは、岡田氏の「勝負できなさ」なのか「勘違い」なのか、どっちに転んでも私の目にはあまり良い態度という事にならないのが淋しい。
    若者の平均的感性に取り入るために、批判しても安全そうな対象を罵倒して溜飲を下げさせた、というならそれは差別の構造に乗じて点数を稼ぐ輩と同じではないか。物書きがそれに気づかなくて済むんだ・・。
    顔と名前を晒して表現する者と違って、批判する私など実害は一つも被らない。にしても・・(沈黙)
  • 満足度★★★★

    チェルフィッチュは何度も観てるが、この作品は初見。
    代表作品がどの程度のものなのか期待してた。
    で、、まぁ、、インパクトある作品だけれども
    構成やセリフに工夫は面白けれども
    そこまでという気がしなかったかなぁ。。

  • 満足度★★★★★

    それじゃ『三月の5日間』の感想をはじめようって思うんですけど。
    やっぱり、これってスペシャルな作品って思うんですけど。

    ネタバレBOX

    過剰な動きも言い訳じみた言い回しも、やっぱ自分の周りにバリアーっていうか、バリアー張っている人たちって感じがするんですよね、みんな。傷つきたくない人たち、みんな。

    で、舞台の設定である2003年と、今の2017年って何が違うかと言うと、そういう人たちは相変わらずいるし、「戦争」との距離感も今と何ら変わってないんじゃないかな、と。イラクもアフガンも北朝鮮も渋谷のずっと向こうじないですか。それってテレビの向こう側ってことじゃないですか。
    渋谷にいる彼らのように、テレビのスイッチ入れなければ、「戦争は起こっていないし」「終わってもいない」そんな感じじゃないですか。

    政治に関心が高い人たちっているじゃないですか、デモとか。意識高いみたいな。
    だけどイベント的なそういう感じって、やっぱりあるんじゃないかって思うんですよね、そんな人たちにも。いや、いい意味でイベント的な感じであって、まあ悪いと言ってるわけではないですよ。マジで。

    この作品って、場所も時間もかなり特定されているじゃないですか。でも、登場人物たちの姿はボケているじゃないですか。いろんな役者さんたちが演じていき、台詞の繰り返してさらにいろいろと薄まっていくんですよね。その不確かさがたまらず良いって思うんですけど。実際。スペシャルな感覚で。

    それと、台詞がなんか音楽なんですよね。気持ちいいぐらいの音楽。ずっといろんな音(声)で鳴ってる。少し声を張ったり、静かに話したりって、スペシャルな、なんかスペシャルじゃないですか、音の響きが。台詞そのものが音楽っていうか、BGM不要っていうか、そんなんですよ。たぶん。

    チェルフィッチュの舞台って、影響的なやつ受けるじゃないですか。演劇の人は、イヤでも意識せざるを得ないってあるんじゃないですか。まあ、「ある」って言い切れるわけではないやつで、ない人もいるのかもしれない、「ある」なんですけど。

    あと、アフタートークのこと書いて、この感想を終わりにしようと思います。
    アフタートークに平野啓一郎さんっていたじゃないですか。トークの中で岡田さんに「批判性」っていう問いですけど、その問いって良いなって思ったんですけど。まじ、これってスペシャルなトークだと思っちゃったんですよ。
  • 約1時間半弱。めっちゃ面白かった…興奮がさめないよ…!20代前半の若い俳優の初々しさと、岡田利規さんの演出のますますの洗練と。私自身も感じていた「若い俳優ほど演技がうまく見える謎」が解けたかもしれない。彼らが自在だから、約14年前の渋谷が大昔にも未来にもなった。衣装も素晴らし過ぎる!

    ネタバレBOX

    男女の性差も超えるから、最初からよりユニバーサルな印象。
    自分に人間を人間と思わない(動物だと思っていた)瞬間があったと知り、ユッキーは嘔吐する。人間の上に爆弾を落とす戦争や、意識高い系のデモ参加者をすぐに連想できた。

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