RUIKON 公演情報 RUIKON」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.2
1-6件 / 6件中
  • 満足度★★

    ダンスのみということで
    パンフなどに記載されている登場人物名などは舞台上では語られなかった・・
    まぁ
    今ひとつ不親切かなぁとかは思うが
    それがコンセプトの一つだし~
    何とも微妙な感じを受けたが
    ダンスは見応えあったし
    コミカルで客いじりもしていました
    う~む 今後いろいろと発展する余地とかも多そうな
    舞台表現だったなぁと

  • 満足度★★★

    ダンスだけで物語を紡ぐというコンセプトの下、その難解さを少なくするためチラシはもちろん、上演前の舞台上の衝立にも古書風に見せた説明(あらすじ)書きがある。
    その説明により筋立ては理解しやすく丁寧な感じがする。一方、観客はその筋立てにダンス表現を当てはめることになり、物語のイメージがある程度誘導されるのではないか。観客一人ひとりが持つイメージを狭め、心象の自由度が少なくなったように思えたのが残念。
    ダンス、それによって表現される物語はしっかり寓意を含み、タイトル通り宗教色の濃い作品になっていた。
    (上演時間2時間 途中休憩10分含む)

    ネタバレBOX

    舞台は暗幕で囲い、上演前は先に記した古書風の説明文が書かれた衝立のみ。物語が始まると衝立を回転させ、赤布が両端から無造作に掛けられ、中央に不可解な文様が見える。同じようなものが上手側の暗幕にも取り付けられている。一瞬、月が欠けているような、また歯車が壊れたようにも見える。その漠とした形が不気味さを表し、物語の印象付けにもなっている。

    梗概…魂をふきこむ事のできる錬金術師によって、オートマタ(自動機械人形)は異世界のねずみと変わらぬ暮らしをし、子を生み家族を持つこともできた。しかし、人間社会同様、貧富の差があり財力でオートマタを差別することもあった。富豪だが孤独な雌ねずみ(カギヌワ)は唯一、子ができぬ事が悩みであった。そこで財力をもって雄ねずみと交尾する。そしてその毒牙が、貧しいながらも幸せなオートマタの家族(父親:テテ)に向けられた。 物語はカギヌワと一組の家族が交錯する寓話というもの。

    演者はねずみをイメージさせる化粧、衣装も灰・黒2色を基調としており、紐で尻尾を作っている。貧富の差は衣装の色(富豪は赤色も着用)で表す。観せる工夫、それはダンス表現にも表れていた。特にラスト近く、暗闇でペンライトを点滅させながら群舞する光景は、鬼火のように見え魂魄にも思える。ペンライトに照らし出される姿は、まさに”イコン画”のようだ。その時に流れる音楽も宗教曲で荘厳な感じである。演出は照明・音響等も含め宗教色の濃い作品にしているのが特徴である。その意味では”宗教画をダンスで再表現または再構築”しているようだ。
    少し分り難いのが、道化師の役割とオートマタのペンダントのような意味は何か。そしてカギヌワとテテの子・モナキリの誕生は、無理やりの「生」というか「聖」に繋がり、神への冒涜とも受け取ることもできるような…。

    物語は説明文を当てはめて観れば、容易に内容は理解できる。その意味では説明過多になり、観客がイメージする世界観が狭くなる。台詞のない身体表現のみで紡ぐ、そんな謳い文句であれば、もう少し説明内容に工夫があっても良かったのではないか。とは言え、少なすぎれば抽象的になりすぎて物語性が理解できず、面白みが失われてしまう。その匙(さじ)加減が難しいと思うが、この公演の生命線(楽しみ)はそこにあると思う。

    次回公演を楽しみにしております。

  • 満足度★★★

    ダンスがすばらしかった。

  • 満足度★★★

    セリフがなくダンスで描いていました。

    ネタバレBOX

    セリフがないのにストーリーがよくわかりました。表情とダンスがうまく絡み合っていました。切ないエンディングでした。ダンスはすごく華麗でした。
  • 満足度★★★★★

     基本的に科白は無い。擬音や擬態を表現するオノマトペは、無論用いられているが。それも頗る効果的に。(必見。花5つ星)第一回追記2017.11.22 02:10

    ネタバレBOX

    身振り手振りのみならず、表情や仕草、ダンサブルな身体表現と必要最低限のインフォメーション、効果音や雰囲気作りの為の音響、楽曲などと我々の想像力で作品は紡がれてゆく。
    観客がイマジネーションを最大限に、而も適確に羽ばたかせるには、大変緻密で的を射た舞台表現が為されねばならないが、Alokは、見事にそれを成し遂げてみせる。日頃の鍛錬と努力、そして感性を磨き知性を磨きありとあらゆるもの・ことを観察するのみならず、他人の仕草や物事に対する対応の仕方などから、所作やそこで生きて働く情動を学び取る姿勢がなければ、こういった表現はできない。
     だが、こういった訓練をキチンとこなし、それに形が与えられると、舞台上の表現と観客の想像力が紡ぎ出す物語は科白劇を凌ぐこともあるのである。

     今作で描かれているストーリーは、普通の鼠とオートマタと呼ばれる自動機械人形とが共存する世界の話だ。錬金術師の持つ能力によって魂を吹き込まれたオートマタは、愛し合ったり、子供を持つことさえ可能だ。だが、そんなオートマタと普通の鼠が共存する世界にも貧富の差があり、豊かな者はオートマタを差別した。そんな豊かな鼠の中にカギヌワが居た。彼女の財力は大したものであったが、子が無いのが彼女の最大の悩みでありコンプレックスの根源でもあった。彼女は召使たちに命じて町中から男を連れてこさせ、子作りに励んだが成功しなかった。そんな彼女が目を付けたのが、貧しいが幸せなオートマタの家族であった。彼女は召使たちに命じて、この家族の父を襲わせ拉致する。抗う父を従わせる為、戒めを解かぬまま、その眼前に彼の妻子迄拉致し・殺すと脅迫。結果、家族を守る為に抵抗することを諦めた父を自分の寝所へ連れ込み行為に及んだ。彼女は妊娠し、子を産んだ。だが、カギヌワは父をその後も監禁し続けた。生まれた子は、彼女がどんなに尽くしてもなつかなかった。食べ物でさえ、拒否されることが多かった。だが、偶々嫌々ながらも手にした林檎を持ったまま彷徨い歩く子は、あろうことか父の監禁されている場所を見付けてしまい、父とは分からぬまま、弱り切った男に何となく惹きつけられて持っていた林檎を与えた。
    その後、懐かぬ子にどうしても相手になって欲しいカギヌワは食べ物を与えても食べようとしないどころか手に取ることすらしなかった子が林檎に手を伸ばして取ったことに感銘を受けた。然し我が子が手に取った林檎を食べもしないで歩いてゆくのを不審に思って後をつけてゆく。すると子は、その父が閉じ込められている場所へ出掛けて行って林檎を与えた。父は、その林檎を2つに割り、半分を子供に与え、一緒に食べる。カギヌワは子の現場を見て、修羅を燃やした。自分には決して見せたことの無い子供のそのような様子を見て、強く父を妬んだのである。父を拉致した時同様、カギヌワはまたしても錬金術師に金を与え、遂に父の魂を抜いてしまった。魂を抜かれた父はロボトミー手術を受けた者のようにすっかりインセンティブを失くし廃人と化してしまう。その抜け殻を彼の家に遺棄させたカギヌワだったが、抗議する子供と争っているうちに子に首を絞められ絶命してしまう。子は人を殺したショックから林檎を一緒に食べた男が返された家へ、男が自ら子の首に掛けてくれた形見のような意味を持つペンダントを付けたまま訪ねるが。ペンダントを見た、妻と腹違いの姉が驚きながらも家族であることを示すそのペンダントを返そうとする子を、自分達の家族と認めた。一度は妻に渡された件のペンダントは、母自らの手で再度子の首に掛けられた。それでもまた返すのを今度は姉が子の首に掛けてやる。この直後、魂を抜かれた父が立ちあがり、手を広げて歩いてゆく。
  • 満足度★★★

    鑑賞日2017/11/20 (月)

    席が狭く背もたれがないので腰が痛くなった。
    ダンスは独創的だが、みな表情が良かった。
    内容は伝わった。

このページのQRコードです。

拡大