満足度★★★★★
やっぱりりえさんていいね~、舞台っていいね~と思えた作品でした。野田さんてなんか難しそうなイメージがありましたがいい意味で裏切られました。
満足度★★★★★
めっちゃよかった。安定の野田MAP。
そして大好きなりえちゃん。
響いた〜〜どうしてあんなに動きがしなやかで美しいのか。演技はもう観るたびに、神がかってる。
😩あ〜〜すごいいい席で観れて感謝🙏🏻✨ 素晴らしい!!
満足度★★★★★
カーテンコールで舞台中央でお辞儀をする野田さんの隣には中村勘三郎さんが確かにいると思いました。中村勘三郎さんの舞台をを見られなかったことは残念です。宮沢さんのハプニングは今回だけだったのでしょうか?宮沢さんの「ぐわあっ!」には胸を突くものがあります。
今回は2階席でしたが、桜の絵の幕が最初舞台に敷かれるように置かれていたものが舞台後方に引っ張られて背景になるところや、回り舞台の様子がよく分かって良かったです。役者さんの表情まで見るなら前方席がいいですし、全体も見たいしとなると複数回見るしかないですが、なかなか予算的に難しいですね。
満足度★★★★
鑑賞日2017/02/23 (木)
故人に思い入れのある人は、特に万感が去来するのでは。
公演中盤に観劇した。観劇する日まで、すでに公開されたゲネプロ映像や他のサイトでの口コミ等々を知らず知らずに目にしてしまったので、大まかな内容は知ってはいたが、見にいったら劇場が縦横無尽な歌舞伎座になっていた。
歌舞伎、舞踊とそれにまつわる人達への鎮魂のような話なのか、と思ったが野田さんから勘三郎さんへの熱烈な想いがこもった共同舞台と受け取れた。
言葉遊びがかつての野田さんの舞台でよく見たような懐かしさもあり、ラストの姉、弟の場面、研辰初演公演の歌舞伎座楽日の場面情景を思い出して泣けた。
もし魂の存在があるのなら、故人達は草葉の陰(都会じゃ見られない風景だけど)からウロウロしてても、2月の期間は歌舞伎座に入り浸っていると思われ、その十八代と大和屋さんは、今回のピーターパンが書いた戯曲をほくそ笑みながら、傍で扇田氏が楽しき劇評を書いているんではなかろうか、と思わせるような舞台だった。
満足度★★★★
とにもかくにも宮沢りえさんが魅力的。あふれ出るパワーと心打つ表現。かわいらしさ、弱さ、強さ、迫力、すごかった。勘三郎さんへのオマージュということで抜擢されたであろう中村扇雀さんの登場は一気に舞台を歌舞伎「猿若座」への世界に通ずる雰囲気を作っていてよかった。 最後は反則技とも思える(いい意味で)たたみかけるようにほぼストレートな猿若―勘三郎、の叫びで涙が止まらなかった。
満足度★★
鑑賞日2017/02/22 (水)
はじめてのNODA・MAPでしたが、自分としては あまり好みのお芝居ではありませんでした。 ただ、やっぱり宮沢りえさんは 素晴らしい女優さんですね!
満足度★★★★
江戸時代の芝居小屋を舞台に、伝説や史実、現実と空想が“ことば”を媒介に重層的に展開する物語。入り組んだ展開の中から、芸術と権力、肉体とともに消えてしまう芸のはかなさや観た者の心に残る強さ、中村勘三郎さんへのあふれる想いなどを読み取った。
俳優さん達の演技も衣裳もあでやかで、目にも楽しい舞台だった。
満足度★★★★★
鑑賞日2017/02/15 (水)
NODA・MAPの言葉あそびが面白かった。
宮沢りえさんが綺麗でした。
中村勘三郎さん、フォーエヴァー!!
満足度★★★★★
見てよかったです。
笑ったあとでじーんとなって泣きそうにもなった。
どう感想書いても拙い感想にしかならないのでコメントを書きつらねる気にはならないけれど、とにかく見てよかったなあと思いました。
満足度★★★★★
鑑賞日2017/02/01 (水)
座席1階L列28番
NODAMAP『足跡姫』を観劇。野田秀樹から中村勘三郎さんへの、この世あの世を跳び越えたラブレター。逆もまた真也。
アンサンブル(コロスという言い方は古臭いのかね)の動かし方には、蜷川幸雄さん演出の空気まで感じてしまった。野田さんの舞台は昔から今でも、時や空間を自由に行き来する。ここはどの空間だとか、暗転がないと場の切り替えができないとか、縛られない。それは、芝居の可能性を誰よりも信じ探してきた人だから。
そしてコトバというものが本当は、時も空間も飛び越えるものだから。言葉の力と怖さをよく知っているからだ。
宮沢りえは鬼のような気迫で足跡姫を、聖女のような可憐さで三、四代目出雲の阿国、双つの貌を見事に演じてみせた。古田新太の不気味さとかっこよさの区別がよくわからなくなる生臭さ、怪物感。池谷のぶえの(いい役者さんですね)高く澄んだ声のキレと力強さ、立ち姿の粋なこと。布、板、雪、穴、桜、肢。次は何が起こるのかいつもわくわくして見る。
唯一、よくなかったのは舞台前面にマイクが設置してあったこと。たぶん。自分の耳がどうかしたのでなければ、マイクを通した声に聞こえた。野田さんの芝居でマイクは・・ないだろう。お陰で台詞はよく聞こえたけれども、やはり芝居の魅力はナマ声だよ。何か事情があったには違いない。
近年、ホントにマイクで声を拾う芝居が多い。肉体はまだ(近い将来ホログラムを超えた4D芝居とか作られてしまいそうだから)生、LIVEだが、音楽と違ってマイクを通した声はLIVEではない。生とそうでないのとでは、決定的に何かが違うのだ。その何かがあるから芝居は愉しいのだ。
女歌舞伎から野郎歌舞伎への移行期に材をとっており、戯曲としては
( 近松の虚実皮膜論などをベースに、プレイハウス次回公演の大々的な
宣伝なども含め)力技でずいぶんいろいろ詰め込んできたなという感はあるが
出演者の熱演と相まってその分エンターテインメント性はぐっと高まり、
作者(達)の溢れる熱い想いが十二分に伝わってくる作品。
さらにリファインメントがかかってくれば演舞場あたりで観てみたい
とおもわせる舞台でもあった。
ただ、後半劇に拍車がかかったのはよいが、重層的になり過ぎた構成の下で
虚実が入り乱れめまぐるしく交錯する展開は、昨今では、ややわかりにくいか
(→幕間入れは適切。作品の作りはある意味シェイクスピアのロマンス劇に
近いのかもしれないが)。
満足度★★★★
■約155分(途中休憩あり)■
足跡姫というキャラクターを、もっともっと魅力的に肉付けることはできなかったものだろうか?
そんな疑問がわだかまりはしたものの、初野田、想像以上に楽しめた。
きらびやかなスペクタクル、絶え間ない言葉遊び、複層的な劇構造に煙に巻かれているうちに、気がつけば二時間半余が過ぎていた。
満足度★★★★★
「ぐわあっ」っとなれるものを見つけられた人は幸せだと思います。せめてそばでそれを見ていられたらと。伝統芸能はそれを引き継いで行ってくれる人がいるし、そうじゃなくても今は映像でも残せるわけですが、やはりナマで見られるのが一番でしょうか。