しろたへの春 契りきな 公演情報 しろたへの春 契りきな」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
1-8件 / 8件中
  • 満足度★★★★

    こんなん好きなんですよねェ・・・

    空間、歌唱、重いテーマの中にもしっかりと笑えて、・・・・

  • 満足度★★★★

    よかったです
    ある家族を通してみる日韓の歴史。色々と考えさせられる重いテーマですが、中庸を得た良い作品で、芝居として十分に楽しめました。ピアノの演奏と歌が雰囲気を盛り上げていました。

  • 満足度★★★★

    日本統治時代の韓国を描く。
    日本統治時代における、日本人と朝鮮人との関係、および時代的不幸を、真正面からシリアスに描いた作品。

    民族的恨みが過剰に描かれず、バランスよい物語になっているのが、「演劇として」私個人はいいと感じた。

    プロパガンダ演劇になりそうなところを、その手前で踏みとどまっているのが、とてもいい。

    しかし、そこがいかにも日本人が書いた芝居、といえるかもしれない。

    以下、ネタばれ。

    ネタバレBOX

    もちろん私は、かの時代の実情を実際には知らないが、医者夫婦の語り口などに、知識人階級では「きっとこんな感じだったのだろう」と、ある種のリアリズムを感じた。





    かの時代と、現代を交錯させて芝居は進むが、そのバランスがとてもよかった。

    ピアノ、写真機、歌、などが、実にうまく2つの時代のかけ橋として使われている。
    その辺の、リリカルな感じがいい。

    いっぽう、満州へ行った医者夫婦が、満州から苦労して帰って来るシーン、朝鮮人青年が日本兵として出兵するくだり、朝鮮人青年が反日運動して拷問されているという説明のくだり等、やや通俗的パターンの印象。
  • 満足度★★★

    重なる状況
    日本統治時代の京城(ソウル)と現代の日本の状況を重ね合わせた物語で、戦争と国と個人の関係について考えさせられる作品でした。

    京城で写真屋を営む日本人の家に生まれ育った女性の少女時代と、戦後日本に移り住み痴呆が進んだ現在の姿が交互に描かれ、その女性を軸に日本と朝鮮の不幸な歴史が家族スケールの関係の中に表現されていました。統治時代の朝鮮人に対する日本人の態度が最近話題になっているヘイトスピーチを思わせたり、政府による思想弾圧が特定秘密保護法案を連想させたりと、とてもタイムリーな内容でした。
    最初から最後まで舞台のやや下手寄りに設置され、歴史を客観的に眺めるかの様に存在するカメラが、客席にこの歴史を忘れてはならないと訴える様で印象的でした。

    扱っているテーマは大事なことであり、そのテーマがはっきりと描かれているのは良かったのですが、台詞や演技に説明的な部分があり、演劇的な面白さに比べてポリティカルな主張が強く出過ぎている様に感じられ、個人的にはあまり物語に入り込めませんでした。

    物語の流れに沿って役者達が歌ったりピアノを弾いたりするのは、重い内容の中で安らぎが感じられて良かったのですが、音楽・効果音の使い方がベタであまり好みではありませんでした。演奏されたショパンの曲のタイトル及びそれにまつわるエピソードと物語の関係がそのまま過ぎだと思いました。

  • 満足度★★★★

    ショパン 革命
     大好きな曲がオープニングで演奏された。この曲、ショパンの才能を惜しみ、ポーランドに居ては、反体制運動をして死地に赴くと心配した友人たちが、彼を国外に逃した後に、ショパンが祖国の運命に思いを馳せて作曲したとの話を聞いたことがある。非常に激しい、断腸の思いの籠った名曲だ。(追記2014.1.23更に付けたし予定)

    ネタバレBOX

    ソウルが未だ京城と呼ばれ、朝鮮半島が大日本帝国の植民地下に在って、系譜を非常に重んずる朝鮮族に対して創氏改名が為された1940年代初頭から現代までを、当時、京城で堀写真館を開いていた一家の家族史と、此処に出入りしていた朝鮮族の人々と末裔の歴史を通して描いた歴史物。直球勝負の佳作である。
     堀 賢治は、京城で写真館を営む。十数年前結核で妻を失くした後、妻に瓜二つのキム ソルを女中として雇い、家族同然に暮らしている。その関係で弟のチュンセンも書生として此処にいる。長女の蕗子は、朝鮮総督府の経営する病院の医師と結婚し、近いうちに満州へ行くことになっていた。妹の芽は、母に似たのか歌が上手く、以前、この家で書生をし、現在はラジオの放送局に勤めるチュンセンの兄の番組で合唱を歌うことになっており、練習に余念が無い。曲は“野薔薇”。日本語とドイツ語で歌うようである。きちんと歌う為には、無論、ピアノのレッスンも必要とあって、賢治の古い友人でジャズ好きのピアニスト、パク ウヨンが先生である。
     明るく、豊かで、フランクな家庭であったが、ここにも戦争の影は忍び込む。ラジオ局に勤めるチュンセンの兄が、特高にパクられたのだ。在米の朝鮮族が母国の運命を憂い、戦争の実体をアメリカから短波放送を使って流していたが、その放送を聞いていたことが、罪に問われたのである。ミッドウェー海戦で日本が大敗を喫した後、大本営の嘘とは裏腹に日本は負け続けていたので、その事実を報道されることも、受信することも、軍部は固く禁じていたからである。捕まった後も彼はジャーナリズムに携わる人間として節を曲げなかったので、連日拷問を受け続け、終に命を奪われた。
     戦争が劣勢になるや、日本は、朝鮮人、台湾人等も皇民として徴兵、チュンセンも心を寄せた芽の為、世話になった堀家の為に応召に応じるが、幸い生き残って日本に復員、その後、結婚して子を設け、日本へ戻って写真館を開いたと聞いた堀写真館を訪ね、親子の写真を芽に撮影して貰っていた。民族の言葉を喋れなかったチュンセンは、ハングルを学び、1971年に韓国へ行くが、反共独裁朴 正熙政権下の韓国でスパイ容疑を掛けられ逮捕されてしまう。兄と同じように、毎日拷問を受けたが、監守の隙をついて焼身自殺を図った。然し、耳も眉も炎で焼かれて跡かたも無くなり、口も殆ど開かない程の大やけどを負ったものの、火を消し止められ、目的は果たせなかった。傷が癒えるとまた獄に戻されたが節を曲げなかったが故に獄殺された。
      記号化
     囚人番号をつけられることの本質は何か? それは、人間性の剥奪、生きて、同胞として、尊厳を持った個人として当たり前に生活することの否定である。だから、総ての権力は、個人に圧力を掛け、その精神を挫く為に、必ず一切の例外なく記号化を行うのだ。
     権力側が、記号化するのに対して、面会者は、囚人、収容者の個人名を呼び、個人の尊厳を持った者として接する。ここには、決定的な差がある。ニュース報道などで、死者何人などとして報道されることは、本質的な意味を為さない。それは、誰でも無いからだ。数字即ち記号にされた者は、ただ、忘れられる為に、記号化されるからである。人の死とは、そんなものか? そうであってはなるまい。だから、報道にあっても、本質的な報道であろうとすれば、本来は、亡くなった方々の個人名と個人史を掲載した上で、亡くなったことを報じるべきなのである。著名人であれば、そのように報じられることも稀ではないが、本来は、総ての人に対して、個人情報保護上問題が無ければ、そのように報じられるべきであろう。
  • 満足度★★★★★

    京城と呼ばれていた時代
    京城においての日本人の立ち振舞、そうだったのだろうなと思いました。

    ネタバレBOX

    ピアノが弾けて、歌が上手くてびっくりしました。ショパンの「革命」には、あまりの上手さに本当に凄いと一瞬騙されました。

    現代日本の茶の間の風景と、1942年から1946年にかけての京城、ソウルの情景が交錯して描かれた作品。

    抗日活動は日本総督府によって弾圧され、祖国統一運動は、その主張の立ち位置如何で韓国政府に弾圧されました。キム兄弟を巡る痛ましい悲劇がありました。雪乃も日本に来ていれば違っていたのでしょうが、雪乃が韓国に残ったことでそんな彼らと血縁であることを芽は一切知らないまま老いを迎えました。

    どうしても終戦間際の話題が取り上げられがちですが、芽の義理のお兄さんが言っていたように、韓国併合はインフラ整備や教育、技術移転で貢献した面もあると思うと色々考えさせられます。

    夫からありがとうが言ってもらえず、夫婦の危機を迎えていた芽の孫娘ですが、そう言えば自分もお母さんにありがとうを言っていなかったことに気付く普通にいい話の側面もありました。
  • 満足度★★★

    しろたへの春 契りきな
    日帝時代のソウルと現代日本を行き来するお芝居でした。歌が上手な俳優さんが多かったです。

  • 満足度★★★★★

    感服!!
    単純に自宅から近いというだけで観に行ったのだが、予想外のしっかりした土台(演技力・演出・脚本)の上に出来た良い舞台だった。テーマは今も片づかない厄介な問題とその過去。過去と現代の描写が上手くクロスする。想いもしっかり痛く伝わってくる。私ごときがああだこうだと言っては申し訳ない上出来の舞台だった。

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