木ノ下歌舞伎「心中天の網島」アクセシビリティ版 公演情報 木ノ下歌舞伎「心中天の網島」アクセシビリティ版」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.5
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    何かイメージで今まで観なかった木ノ下歌舞伎。歌舞伎という時点で難解でマニアックな感じ、面倒臭そう。近松門左衛門の代表作『心中天網島』も興味なかったが、一回観ようと決めた。衝撃。もっと早くちゃんと観ておけば良かった。

    舞台手話通訳の田中結夏さんは劇団銅鑼の『いのちの花』で初めて観て感銘を受けた。役に感情移入して一緒に演じながらの通訳。座・高円寺の『小さな王子さま』も良かった。今作では真っ赤なチョゴリのような袈裟を着て、ステージ中央に立ちスタート。上手や下手に動き時には涙ぐみながら手話通訳を熱演。最早出演者。
    上手と下手に吊られた巨大なモニターで全台詞が投映されることが非常に大きい。耳では理解出来なかった台詞が漢字として視覚的に見るとよく分かる。意味が掴めず聞き流していた台詞一つ一つの意図を味わえる。これが常にあれば伝統芸能を観ることへの抵抗がなくなる。
    アクセシビリティとは視覚聴覚障がい者が当たり前のように楽しめる観劇の場作り。それは特別なことじゃない、当たり前なんだという考え方。他者との関わり合い方に表現者が真剣に向き合うこと。他人に分かるだろうか?伝わるだろうか?作家の糸井幸之介(ゆきのすけ)氏は近松門左衛門と徹底的に向き合って「愛と死」に行き着いた。
    「大慈大悲の普門品(ふもんぼん)、妙法蓮華きやう橋(京橋)を、越ゆれば至る彼の岸の、玉の台(うてな)にのりをへて、仏の姿に身をなり橋(成橋)」
    どこまで向き合うか向き合えるか向き合うべきなのか、それは判らない。だが非常にその考えの方向性は愛おしい。
    視覚聴覚障がい者の方の感想を聞きたい。

    ネタバレBOX

    『心中天網島(しんじゅう・てんのあみじま)』とは1720年10月14日夜、大阪網島の大長寺で紙屋治兵衛(じへえ)と妓婦(ぎふ)小春が心中した事件。翌日の夜、大阪住吉でこの一報を聞いた近松門左衛門、興行主が明日一日稽古、明後日から上演したいとの無茶なオファー。早駕籠に乗り大阪に向かいながら今作を書き始めた。流石に一日では無理で12月6日初演。初演から3年後、余りの社会的心中ブームに幕府は心中物の出版上演を禁じる禁止令と「男女相対死(あいたいじに)処罰令」を発布した。

    原作では紙屋治兵衛28歳、小春19歳、子供は6歳の勘太郎と4歳のお末。年齢は役者の実年齢に寄せ、お末はカット。いつもおんぶの勘太郎は3歳位の設定か?

    紙屋治兵衛役日髙啓介氏は愛嬌がミスターちんっぽかった。
    紀の国屋小春役湯川ひなさんの美しさ。表情が浜辺美波。妹と言われても信じただろう。おっさんが風俗行ってこんな娘に当たったら人生狂う。ちょっとこの配役は卑怯。「今何時?」「親父」「イボ痔」「火事」「羊プンプン」
    女房おさん役伊東沙保さんも強烈。元々は治兵衛のいとこ。熱烈に惚れた治兵衛に口説かれて一緒になった。だが仕事も幼い息子もほっぽり出して風俗に入り浸る夫。「別れてくれ」と手紙で小春に頼む。それを受け入れてくれた小春が一人自殺することを知ったおさんは夫に身請けするよう頼む。自分は身を引いてもいいと。外人から見るとこのグロテスクな美意識こそが日本人文化の謎だろう。“義理”の為に生き、“義理”の為に死ぬ。まるで純情を競い合う競技のようだ。どれだけ自分を犠牲にして美しい精神性を世に捧げられるか。マゾヒスティックでナルシシスティックな純情。
    茶屋河庄の女将&おさんの母役西田夏奈子さん。ヴァイオリン本当に弾いててびっくり。
    豪商太兵衛&おさんの父役大鷹明良氏。こまつ座『きらめく星座』のイメージが強すぎて悪党振りに度肝を抜かれた。
    治兵衛の兄、粉屋孫右衛門役武居卓氏。義太夫節に驚いた。
    太兵衛の幇間&丁稚の三五郎役緒方壮哉氏。歌の難しい節回しを担う。

    つかこうへいっぽさと『銀河鉄道の夜』のメランコリー。星空を自由に駆け廻る最期の一夜。
    愛と死=嗚呼、愛しい。

    何で死ななきゃいけないの?多分描かれていないだけで二人共死にたかったんだろう。観ている連中も自分の中に隠し持った死の衝動が蠢いて苦しくなるんだろう。死ななくてもいいのにと思いつつ、やっとこの世からおさらばできる解放感への憧憬。

    3年前から治兵衛と小春は恋仲に。25歳と16歳。丁度おさんが出産して自分よりも息子を一番に愛するようになった頃。昔、自分のことを本当に第一に考えてくれた女が今ではもうそんなんじゃない。思い知るのは自分の価値の低下とそうなった要因。その痛み苦しみ惨めさ、彼女の瞳に映る自分の醜さ。辛くて暗くていたたまれない。メチャクチャ好きだった女からのその返信はとても受け止め切れない。風俗に行って現実逃避。金を払えば最高級の良い女が自分を笑顔で迎えてくれる。自分の価値を取り戻す。俺はそんな屑じゃないと。俺はそんな惨めな存在ではないと。人間は皆自分の存在の価値を受け止めてくれるものに従う。不安で不安でたまらないから。嘘でもいいから俺の存在を肯定してくれ。全ては逃避。逃げて逃げて逃げまくる。この世界から逃げ切るにはやっぱ死ななきゃいけないのか。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    2015年初演、2017年再演を経て、2026年が三度目の上演となった本作。今回は「アクセシビリティ版」と銘打ち、字幕、手話通訳、音声ガイドなど、多くの鑑賞サポートが導入されています。元々木ノ下歌舞伎は、古典の名作を現代の人々へどのように伝えるか? に注力してきた団体なので、アクセシビリティへの積極姿勢は容易に理解できます。

    個人的に三度目の観劇になりますが、とても素晴らしい上演でした。全編を通して、各シーンの解像度が高く、ここで何を表現し、どう物語が紡がれていくのか? が客席へ明確に伝わってきます。現代口語、歌舞伎で使われる言葉、糸井さんが作詞した歌詞など、複数の言語で上演台本が構成され、いま思うと、全編リズミカルに流れていく心地良さ、緩急なども非常に効果的でした。俳優たちも素晴らしく、初演から「おさん」役で出演する伊東沙保さんが特に素晴らしかったです。遊女との恋愛にのめり込む夫・治兵衛への態度や対応など、価値観の異なる現代人に観てもらうのに、とても苦労しそうな役どころを、奇跡的なバランスで好演していました。

    終盤のラスト15分ほどは、自然に涙が出てきました。テーマ曲も、ラストへ向けた演出も素晴らしかった。「清濁併せ吞む」という言葉がありますが、人間の存在を、懸命に許容・肯定しようとする名作だと思います。

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