第36回 シアターΧ名作劇場『巳之助の衝動』『天井裏の散歩者』 公演情報 第36回 シアターΧ名作劇場『巳之助の衝動』『天井裏の散歩者』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
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  • 満足度★★★★★

    新派
     我々の感覚からいうと既に古典に近い新派の作品だが、実に興味深い。時代をつくづく感じ、比較を楽しみながら、演劇の生きた歴史を振り返ってみることもできる作品群だ。

    ネタバレBOX

    巳の助の衝動
    天井裏の散歩者
     両作品とも演技がこなれているのは無論であるが、とりわけ女優達の仕草が奥ゆかしい。和服を着れば、内股で歩くのは基本であるが、現在、街を歩く成人式の和服姿はあでやかでも、奥ゆかしさなどかけらも感じられない歩き方、身振りを見掛けることが甚だ多いのも事実である。
     奥ゆかしさは、何も歩き方のみに限らない。女性は、男以上に恋に身を焦がして来た。今も昔もその点に変わりはあるまい。ただ、今回、演じられた舞台で巳の助と天麩羅屋の娘、むつとの恋の場面は、男の照れる仕草に対して、むつの反応は、その時々でより具体的、細やかである。生業の天麩羅屋の匂いが、衣服に浸みついていないか、巳の助への贈り物も、二人以外の者に見られても問題の無い物、二人だけの、謂わば秘密としての、の二通り。殊に後者は、意味深長であることこの上無い。髪は女の命と言われた時代、その髪の毛を切って赤いリボンで結び、小箱に収めたものが、彼女からの贈り物である。
     父、母、姉、男友達との関係も旧制中学・高校があった時代の雰囲気を醸し出して、ゆったりした時の流れを感じさせる。

    天井裏の散歩者
     乱歩の『屋根裏の散歩者』の5年後に書かれた作品だが、こちらは、軽快な喜劇になっていて楽しめる。「ボンクラ亭主としっかり女房もの」というジャンルがあるかどうかは知らぬが、そう名付け得る作品群はあろう。その群れの中で抜きん出た作品の1本と言うことが出来よう。
     長屋住まいの二組の夫婦(会社員森本・妻お杉、劇関係者鈴木、妻お糸)を中心に、大家、お杉の父、職人たちが巻き起こす上質なコメディーだ。
     鈴木は、酒を飲んでくだを巻いている。貰ったばかりのボーナス500円を盗まれたと言って騒いでいるのだ。だが、お杉は、自分に全部取り上げられるのが嫌で、理屈をつけて自由に使える金をへそくりしようとしている亭主の底意を既に見抜き、警察にも届けていない。亭主の目論見の先には、当然、カフェの女給との逢瀬もあると睨んでいるのだ。
     ところで、安普請の長屋故、隣家の話し声は互いに聞こえる。聞くともなく聞こえてくる話で、寝ることも叶わずに居たお糸の下へも亭主が帰ってきたが、こちらは、収入の安定しない演劇関係の仕事をしている。おまけにギャンブル癖が祟って家計は火の車である。味噌、醤油、酒、家賃など総てを借金で賄っている彼らの所へ天井から金が降って来た。天の恵みと大喜びした夫婦は、降って来た縁起の良い金を元手に賭場へ出掛け、儲けて帰って借金を完済するが、千切れた札が落ちて来るに及んで流石に気味悪くもなり、大家に千切れた札が落ちて来た件を話すが、森本は転寝しつつ、この話を聞きつけ、偶々、「屋根裏の散歩者」を読んでいたこともあって、隣人が怪しいと睨むや天井裏へ忍びこむ。
     そこへ大家や職人を戻ってきた隣室夫婦。天井を職人がつついて見ると怪しい手応えがあるので更に強くつついた所、人が落ちて来た。見れば、隣室の亭主。訳を糺すが舌を噛んでしまって要領を得た返答ができない。漸く話を繋ぎ合わせて事件の大要が飲み込めた皆であったが、こういうことだった。
    即ち、森本が自分のへそくりを借家トイレの天井に隠しておいたが、喪失した。偶々、居眠りをするともなくしていると、隣家の夫婦が金の話をしている。てっきり彼らが盗んだと思ったが、証拠が無い。それで、確かめようと隣家の天井に上がって調べたところ、鼠が札束を隣の家の天井迄運んで札束で巣を作っていたのを発見した、と。
     そんな話をしていると、裏手で火の手が上がる。居合わせた者皆が火消しを手伝った為、ぼやで済んだ。災い変じて福と為し、雨降って地固まったわけだが、一件落着を祝って皆が宴会を開く。その席で「森本が隠した金総てを鼠にやられたと思っていたのは誤りだ」と鈴木夫婦。「無傷の札も落ちて来た」と60円を返す。森本が受け取ろうとした刹那、お杉が、これを取り上げて幕。
     大衆演劇の健康なしたたかさ、しなやかさ、靭さを感じる作品だ。

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