公演情報
「ヘカベ/ドゥロイケティス」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★
舞台として非常に退屈。
ポップなんだか前衛なんだか分からないが、根本のところで表現を軽く見ているような気がしてならない。役者たちを見てそう思った。
実演鑑賞
満足度★★★★★
観劇後に、原作『ヘカベ』のニュアンスってどんな感じだったっけ? と思い、ネット検索してみると、いま観た上演作品の印象とそれなりに剥離した「悲劇のあらすじ」が表示され、心の中で思わず「……おおお」と唸りました。おそらくAIによる要約なのですが、検索結果として出てきたあらすじは、極めて端的に、かつ要所を押さえた「とても悲劇的な物語」だったのです。ですが、この上演を観ると、AI要約のような分かり易い悲劇では全くなく、むしろ多面的、傍観的、そして複雑に入り組んだ繊細な物語に感じられます。戦争は悲惨だ、悲劇的だ。これを否定する人類はほぼいないでしょう。ですが、それが分かっているにも関わらず、人類は戦争を起こし続け、選択を誤り続けている訳で、そこには相応のメカニズムや因果、背景があるはずです。この上演は、人間同士の争い事や戦争について、多角的な視点から解釈することができます。おそらく観客は自分なりの解釈で作品を紐解き、そこから教訓や論点を導き出すはず。その論点の多さが、議論そのものを不成立にするほど、多くの視点から語ることができます。ひとつの物語として観ても引き込まれ、特定の視点にとどまらず多角的な解釈を導き出し、俳優たちの息遣いにも魅了される。古代のテキストを用いて現代演劇へと接続する、演出家や劇団の功績は見事。シンプルな小道具を組み合わせて空間を形成し、小さな会場を演劇空間として満たす、小劇場演劇の醍醐味を実感できた公演でした。
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2026/02/15 (日) 13:00
お布団『ヘカベ / ドゥロイケティス』作/演出 得地弘基
個人的にお布団のベストとした『夜を治める者<ナイトドミナント>』を超えて来た。原案の「ヘカベ」を書いたエウリピデスは「バッコスの信女」も書いていたのか。
紀元前424年、2,449年前のギリシャ悲劇がアトリエ春風舎に映される。
宇都有里紗/大関愛/永瀬安美/中野志保実/渚まな美/新田佑梨の6人の俳優が戦争を戦った/に巻き込まれた者達が示す、惨憺たる古代の魂の叫びを見事に映していた。
素舞台に箱馬(で合ってるかな)のみで空間を創り、照明/音響を駆使して、アトリエ春風舎をバルカン半島の辺りの港に。
上演時間が85分とのことだが 2時間近く観ていた様に思える濃密な時間だった。快作だ!
実演鑑賞
満足度★★★
ステージには小さい箱馬が4個ずつ4列並べられている。炎のように光が揺らめくキャンドル型LEDライトがその中に入っている。奥に定型の箱馬が椅子として6脚並び、背景に白い幕が掛かっている。下手に置かれた2脚の箱馬、様々な用途に使用。
まず中野志保実さんが現れ観客に説明を始める。劇の始まる前に既に死んでいる少年ポリュドロスの亡霊として。
十年続いたトロイア戦争にて到頭ギリシア連合軍がトロイアを討ち破る。トロイア人の男はほぼ全員惨殺され、女だけが奴隷として連れて行かれる。老いた王妃ヘカベ(新田佑梨さん)、侍女のムネーサ(永瀬安美さん)。娘の王女ポリュクセネは想像を絶する性暴力を受け正気を失ったまま。
ギリシア連合軍司令官のアガメムノン(宇都有里紗さん)、参謀オデュッセウス(大関愛さん)、伝令タルテュビオス(中野志保実さん)。
海が荒れて航海がままならず、途中の小国トラキアに停泊させて貰うことに。トラキア王はポリュメストル(渚まな美さん)。実はヘカベはこの国に王子ポリュドロスを金塊と共に預けていた。戦争で全ての子供達は殺され残る希望は彼だけに。
何の情報も入れずに観たので随分とイメージが違った。ルックスの良い若い女性ばかりの劇団?服装もカジュアルで等身大。頭でっかちの観念系ではなく普通に面白い。
大関愛さんは「国境なき朗読者たち」の『朗読劇 The Message from Gaza ガザ 希望のメッセージ』で観た。
宇都有里紗さんは連合赤軍にいそうな雰囲気。眼鏡を掛けるとハンジっぽくもある。
中野志保実さんは妙に不穏な雰囲気。
渚まな美さんはちょっと松本典子っぽい。
新田佑梨さんはイントネーションに独特のものがあり、顔立ちからハーフ?とも思った。
永瀬安美さんは品の良い美人でやたら気になった。
これは大塚英志の『「彼女たち」の連合赤軍』を演るべき面子だろう。
一昨年、清流劇場の『へカベ、海を渡る』を観て、こんな暗い話に何故人は惹かれるのか?と思った。今作のアプローチは現在進行系の戦争と通じるように作られている。やはりガザ地区の嘆きにリンクする人が多いだろう。遠い昔の伝説ではなく、今現在起きている事実。そしてそれをよく知る自分達は無力でほぼ何も出来ない。ただ呆然と立ち尽くすのみ。その怖ろしさ。今作を眺める観客と全く同じ。ただ黙ってソレを眺めている。怯えながら。
是非観に行って頂きたい。
実演鑑賞
満足度★★★★★
このギリシャ悲劇を最初に何処かで見たひとのうち、結構な人が物語そのものに疑問に思うのではないかと思ったりする。というのも、『生贄としてのスケープゴート』というのは現代ではわりとよくある見せかけの安定、解決をもたらす手法で、コミュニケーションの難しい弱者がその役割を負わされるのは一般論として事件を観察するなら『よくみる』からで、特に昭和まではよく見かけ、この物語もよくあるそういう事件のステレオタイプの一つを美しく物語化した…ように見えるというのも自然だからだ。
しかも事件後に生き残ったのはほぼ強者のギリシャ人である。
美しさより事件?そのものの構造のほうがまず先に立ちはだかって見えるのは、現代の一般的な傾向になりつつある気がする。というのも現代では毎日いろいろなタイプの事件が起き、警戒しながら分析する量は今までと比較にならない。間違いなく有史以来最大だと思うから、どうしてもこの事件を物語化したギリシャ悲劇を見て、多少胸がつかえる人間が出るのもしょうがないのかも。
今はエーアイが簡単に集団心理とか提示してくれ、ファクトとストーリー、エビデンス…と分けていき、それがいいか悪いかはともかく、プラスして歴史の積み重ねや組織犯罪のようなものの性質が思い浮かび、僕もどこまでこの物語を素直に鵜呑みにできるのかという気もする。それはギリシャ悲劇を観るとき考えすぎと言うものかも知れないが、自分の理解する限りではギリシャ人たちは非常に聡明で、現代人よりそうした集団心理に対する警鐘として、この物語を作成したのでは、と思うのが自然な気もしていたが、どうやらこの舞台の作者も自分と同じような感覚の持ち主のような気がした。
シェイクスピアを見るまでもなく、古代の物語は情報伝達の手段としてよく使われた。それは退屈とか面白いからというより、現実の警句としてだった。事件を粉飾しても、どうしてもここおかしくないかな?本当なのか?そう言えばあの人はあの家族を疎ましく思っていた、とかというところを分析して、庶民の人たちは自分の明日の危険を察知した。そのまま物語を鵜呑みにする貧乏人は生き残れない場合もあったから、物語を知る人たちだけが生き残って語り継いたのかも知れない。
どう書いていいのかあれなので、とりあえずネタバレに。