ヘカベ/ドゥロイケティス 公演情報 ヘカベ/ドゥロイケティス」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
1-5件 / 5件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★

    舞台として非常に退屈。
    ポップなんだか前衛なんだか分からないが、根本のところで表現を軽く見ているような気がしてならない。役者たちを見てそう思った。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    観劇後に、原作『ヘカベ』のニュアンスってどんな感じだったっけ? と思い、ネット検索してみると、いま観た上演作品の印象とそれなりに剥離した「悲劇のあらすじ」が表示され、心の中で思わず「……おおお」と唸りました。おそらくAIによる要約なのですが、検索結果として出てきたあらすじは、極めて端的に、かつ要所を押さえた「とても悲劇的な物語」だったのです。ですが、この上演を観ると、AI要約のような分かり易い悲劇では全くなく、むしろ多面的、傍観的、そして複雑に入り組んだ繊細な物語に感じられます。戦争は悲惨だ、悲劇的だ。これを否定する人類はほぼいないでしょう。ですが、それが分かっているにも関わらず、人類は戦争を起こし続け、選択を誤り続けている訳で、そこには相応のメカニズムや因果、背景があるはずです。この上演は、人間同士の争い事や戦争について、多角的な視点から解釈することができます。おそらく観客は自分なりの解釈で作品を紐解き、そこから教訓や論点を導き出すはず。その論点の多さが、議論そのものを不成立にするほど、多くの視点から語ることができます。ひとつの物語として観ても引き込まれ、特定の視点にとどまらず多角的な解釈を導き出し、俳優たちの息遣いにも魅了される。古代のテキストを用いて現代演劇へと接続する、演出家や劇団の功績は見事。シンプルな小道具を組み合わせて空間を形成し、小さな会場を演劇空間として満たす、小劇場演劇の醍醐味を実感できた公演でした。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/02/15 (日) 13:00

    お布団『ヘカベ / ドゥロイケティス』作/演出 得地弘基

    個人的にお布団のベストとした『夜を治める者<ナイトドミナント>』を超えて来た。原案の「ヘカベ」を書いたエウリピデスは「バッコスの信女」も書いていたのか。

    紀元前424年、2,449年前のギリシャ悲劇がアトリエ春風舎に映される。

    宇都有里紗/大関愛/永瀬安美/中野志保実/渚まな美/新田佑梨の6人の俳優が戦争を戦った/に巻き込まれた者達が示す、惨憺たる古代の魂の叫びを見事に映していた。

    素舞台に箱馬(で合ってるかな)のみで空間を創り、照明/音響を駆使して、アトリエ春風舎をバルカン半島の辺りの港に。

    上演時間が85分とのことだが 2時間近く観ていた様に思える濃密な時間だった。快作だ!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    ステージには小さい箱馬が4個ずつ4列並べられている。炎のように光が揺らめくキャンドル型LEDライトがその中に入っている。奥に定型の箱馬が椅子として6脚並び、背景に白い幕が掛かっている。下手に置かれた2脚の箱馬、様々な用途に使用。

    まず中野志保実さんが現れ観客に説明を始める。劇の始まる前に既に死んでいる少年ポリュドロスの亡霊として。

    十年続いたトロイア戦争にて到頭ギリシア連合軍がトロイアを討ち破る。トロイア人の男はほぼ全員惨殺され、女だけが奴隷として連れて行かれる。老いた王妃ヘカベ(新田佑梨さん)、侍女のムネーサ(永瀬安美さん)。娘の王女ポリュクセネは想像を絶する性暴力を受け正気を失ったまま。
    ギリシア連合軍司令官のアガメムノン(宇都有里紗さん)、参謀オデュッセウス(大関愛さん)、伝令タルテュビオス(中野志保実さん)。
    海が荒れて航海がままならず、途中の小国トラキアに停泊させて貰うことに。トラキア王はポリュメストル(渚まな美さん)。実はヘカベはこの国に王子ポリュドロスを金塊と共に預けていた。戦争で全ての子供達は殺され残る希望は彼だけに。

    何の情報も入れずに観たので随分とイメージが違った。ルックスの良い若い女性ばかりの劇団?服装もカジュアルで等身大。頭でっかちの観念系ではなく普通に面白い。

    大関愛さんは「国境なき朗読者たち」の『朗読劇 The Message from Gaza ガザ 希望のメッセージ』で観た。
    宇都有里紗さんは連合赤軍にいそうな雰囲気。眼鏡を掛けるとハンジっぽくもある。
    中野志保実さんは妙に不穏な雰囲気。
    渚まな美さんはちょっと松本典子っぽい。
    新田佑梨さんはイントネーションに独特のものがあり、顔立ちからハーフ?とも思った。
    永瀬安美さんは品の良い美人でやたら気になった。
    これは大塚英志の『「彼女たち」の連合赤軍』を演るべき面子だろう。

    一昨年、清流劇場の『へカベ、海を渡る』を観て、こんな暗い話に何故人は惹かれるのか?と思った。今作のアプローチは現在進行系の戦争と通じるように作られている。やはりガザ地区の嘆きにリンクする人が多いだろう。遠い昔の伝説ではなく、今現在起きている事実。そしてそれをよく知る自分達は無力でほぼ何も出来ない。ただ呆然と立ち尽くすのみ。その怖ろしさ。今作を眺める観客と全く同じ。ただ黙ってソレを眺めている。怯えながら。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    「ドゥロイケティス」とはギリシャ語の「奴隷」と「家」を組み合わせた言葉らしい。奴隷の家?

    一番の見所は悲鳴の合唱。オデュッセウスが生み出した禁忌の化け物にポリュクセネは凌辱される。その最中、不意に宇都有里紗さんが奇声を上げる。獣のような悲痛な唸り声に何人もが声を重ね奏でるのは地獄のメロディ。気付くといつしか誰もが悲鳴を上げていた。世界中の誰も彼もが。何だこの声は?一体誰の声なんだ?ああ、これは。これは俺の声だ。俺が叫ぶ声だ。『もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。』

    オデュッセウスのキャラクターが練られている。戦争中捕らえられ処刑されるところを泣き叫びながら惨めに命乞いをする。憐れに思ったヘカベが処刑を止め逃がしてやる。その恩は感じつつ現実には何も出来ないオデュッセウス。兵士の不満を治める為だけに、ただの宗教儀礼と知っていながらポリュクセネを生贄に捧げる。全てが計算尽く、下の者を統率する為の方便、最早それにがんじがらめ、自由意志なんて何処にもない。統治する為の最適解に血塗られていく。

    禁忌の化け物には核兵器や生物兵器などのタブーを重ねた。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    このギリシャ悲劇を最初に何処かで見たひとのうち、結構な人が物語そのものに疑問に思うのではないかと思ったりする。というのも、『生贄としてのスケープゴート』というのは現代ではわりとよくある見せかけの安定、解決をもたらす手法で、コミュニケーションの難しい弱者がその役割を負わされるのは一般論として事件を観察するなら『よくみる』からで、特に昭和まではよく見かけ、この物語もよくあるそういう事件のステレオタイプの一つを美しく物語化した…ように見えるというのも自然だからだ。

    しかも事件後に生き残ったのはほぼ強者のギリシャ人である。

    美しさより事件?そのものの構造のほうがまず先に立ちはだかって見えるのは、現代の一般的な傾向になりつつある気がする。というのも現代では毎日いろいろなタイプの事件が起き、警戒しながら分析する量は今までと比較にならない。間違いなく有史以来最大だと思うから、どうしてもこの事件を物語化したギリシャ悲劇を見て、多少胸がつかえる人間が出るのもしょうがないのかも。

    今はエーアイが簡単に集団心理とか提示してくれ、ファクトとストーリー、エビデンス…と分けていき、それがいいか悪いかはともかく、プラスして歴史の積み重ねや組織犯罪のようなものの性質が思い浮かび、僕もどこまでこの物語を素直に鵜呑みにできるのかという気もする。それはギリシャ悲劇を観るとき考えすぎと言うものかも知れないが、自分の理解する限りではギリシャ人たちは非常に聡明で、現代人よりそうした集団心理に対する警鐘として、この物語を作成したのでは、と思うのが自然な気もしていたが、どうやらこの舞台の作者も自分と同じような感覚の持ち主のような気がした。

    シェイクスピアを見るまでもなく、古代の物語は情報伝達の手段としてよく使われた。それは退屈とか面白いからというより、現実の警句としてだった。事件を粉飾しても、どうしてもここおかしくないかな?本当なのか?そう言えばあの人はあの家族を疎ましく思っていた、とかというところを分析して、庶民の人たちは自分の明日の危険を察知した。そのまま物語を鵜呑みにする貧乏人は生き残れない場合もあったから、物語を知る人たちだけが生き残って語り継いたのかも知れない。


    どう書いていいのかあれなので、とりあえずネタバレに。

    ネタバレBOX

    まず最初に、この舞台はギリシャ悲劇を事件のように描いている。

    そのため、僕も事件っぽく感想が書ける気がする。それは自分にとっては長年のつっかえが取れるようで喜ばしいことでもある。

    というのも、この物語は後から生き残った人が描いたものだから、いかようにも読めるからだ。

    単純に言うなら、ギリシャ兵たちが立ち寄った港(トラキア)にダラダラいるうちに事件が起き、なんかトロイアの王妃ヘカベたち一家と港の国の王様(ポリュメストル)がなんか死んだ…らしい。

    いろいろ言っていたけどまとめると『しょうがない』『運命』『みんなすすんで運命を受け入れた。人殺しの王様だけが恨んでいた。どーしようもない人間のクズめ』のような形にまとまる気がする。

    で、その話を聞いた庶民は『話よくわかんないけど、そのヤバい王様が隠した財宝がどっかに眠ってるとか?まだ行ったらあるかな?』とかで、それに対しては『バカ、財宝の行方を吐かないポリュメストルがどうなったかお前も聞いてわかったろ。ギリシャ兵たちがあちこち漁ってるから、お前も近づくと殺人君主ポリュメストルの手下にされて巻き込まれて殺されるぞ。さっきの悲劇の物語が〝公式〟だ!現実のわけないだろ』『…え?ギリシャ兵たちめっちゃヤバい奴らじゃん』とかとなりそう…

    怨恨に塗れて感情のコントロールなくすのは今でもヤバいけど、この物語は母親でこの状態なら『わかりみ』だけど、現実の問題としては『財宝どこ行った?』『本当の話?』とかではないかと。

    ちなみにこの悲劇、結構見てると登場人物の胸のうちがいくつも想像できる。公式な描かれ方とは別に。

    まずヘカベ。

    ヘカベは、表向きには「髪振り乱して怒りに取り込まれ、トラキア王を襲って自滅した母」という描かれ方をします。
    でも僕の視点で見ると、

    冷静に生き残った方の息子の生存と財宝の確保を計算して動いた
    奴隷や王家、都市の責任まで背負っていた
    怨恨に見える行為も、政治的・戦略的判断だった

    つまり一番マトモで、責任感の強い人物なのに、物語上は一番報われない。

    そのうえで古代アテナイの市民は、劇場で見るヘカベの悲劇を

    「話は怪しいけど、ギリシャは勝ったし財宝も取った」
    「王女は犠牲になったけど、民主的プロセスでの象徴的な決断だから仕方ない」
    「女王は独裁王の一存で息子を失った→復讐して自滅」
    「でも結果的に民主主義的判断が成立しているので安心」

    くらいの距離感で受け止めた可能性。

    つまり、観客の立場は

    物語としてのカタルシスを楽しむ
    自分たち民主政の正当性を確認する
    敵対する権力者の破滅を他人事として見る

    という三重構造になっているかも。

    古代ギリシャ悲劇は、単純に「母が狂った」という話ではなく、

    個人の感情
    王権や政治構造
    民主政の相対的優位

    を同時に見せる政治的教育装置でもあったのでは。
    なので、アテナイ市民が「民主主義最高ー!」と内心で思ったとしても、
    劇中のヘカベの悲痛はちゃんと「観賞用の悲劇」として機能していた。
    悲劇を見て自分たちの政治体制の正当性を確認する、という二重構造です。

    …だからこそ、ヘカベの悲劇は不憫です。

    要は、勝者ギリシャ軍の利益になるように、わざと物語にのるかたちでトラキア王を怨恨で殺すムーブで、一人だけ生き残った我が子(のちに立身出世したらしい)にトロイの民の全てを託すかたちで乗ってあげたのかもしれないのに、アテナイの民主主義の引き立て役の怨恨おばさんみたいな描かれ方になって。トラキアの独裁王?とかも実際はヘカベの兄弟とかで、トロイの民より近い存在かもしれないのに、あえてトロイの共同体の最後の代表としてアテナイの民主主義大好き民が『うひょー!民主主義最高!財宝が凄い気になるけど…誰かギリシャ軍で潤ってる将軍いたらたかりに行こう♫』と叫ぶための悲劇…芝居のために噛ませ犬を演じたのでは?とも感じるわけです。二千年前とかの出来事?らしいですが。

    僕はそう思います。

    …ただ、今ならエーアイに聞けるので『民主的プロセスで王女生贄に決まりますた!おめでとう!』とか言っても『お前ら全員倫理設定壊れてるだろ、エーアイに聞け!』で終わりですね。悲しい話(でもないか)ですが…。

    つまり、現代的な視点で見ると、悲劇としては民主主義最高最強の再確認ショーかも知れないですが、実際にはその裏で敗者のほうが倫理的知的に優れてるかも知れない…。そのことをきちんと想像し分析しながら、自分たちの日常にもきちんと生かしていく(たとえ勝負に勝ったとしても決して傲慢にならない、無慈悲にならない、倫理を常に再確認、敗者の知性や冷静さを想像するなど)ことこそ、死んだ人たちへの花向けとも言えるのかも知れないな、とか。

    そもそもトラキア関係者が預かったトロイの王子を仮に殺したとしても、それがそもそも民主主義的なプロセスでないのかすらもよくわからない。

    そしてまた、ギリシャ軍も民主主義っぽく見せてるだけで民主主義ではない。市民が民主主義と錯覚してるだけで、責任を霧化してるだけ(占いとか)で、全然民主主義ではない…。

    実態:
    戦争中の決定や生贄の選定は、軍司令官や有力者の権限で行われることが多い
    「民主的に決めた」と見せる演出は、あくまで物語上の方便
    観客(市民)が「よし民主主義的だ!」と錯覚するだけ

    目的:
    勝者ギリシャ軍の正当性を強調
    民主主義のカタルシスを見せる
    実際の政治的利害(財宝や戦利品の分配)は、別の裏舞台で決まる

    腐してばかりでもなんなのであれだけど、あとギリシャ悲劇は意外と『語られなかったこと』で物語の構造や人間心理の輪郭が見えてくるパターンがある。表面的なカタルシスにのみ込まれないことが重要…。あんまり当時の観客に感情移入して『ヒュー!民主主義最高!』な民になると舞台裏が見えなくなるため。制御しやすいけど。

    エーゲ海沿岸ギリシャは、ハンモックに揺られてぼんやりしてても洪水終わったあとに種まきゃ肥料も何もやらんでも勝手になんでも育つナイルやチグリス・ユーフラテスと違って痩せた大地で完全なバトルフィールドであり、常に生死が身近にあった環境…極限状態のため、ギリシャ悲劇は法治が進んだ現代に置いても学ぶことが多い気がします…(苦笑

    ただ、正直『ラスイチ』とか言うとコンビニくじのラスイチみたいで申し訳ないですが、やらかし王子が若い美女うばったせいで始まったこの下らない十年戦争(東スポみたい)のラストで10人いた子どものラスイチ王子(9人死亡らしい)のための怨恨パフォーマンスだとしたら、正直ギリシャ軍の動きとかあんまり興味わかないですね。

    でも、そんなこんなを含めながら悲劇を見れるのは面白い。深掘り、妄想含めていろいろあるので。

    今回はヘレネのトラキア王殺害シーンがない。

    これは…難しいけど、ギリシャ軍関与を仄めかしているのか?とも思ったりする。

    ヘレネのギリシャ軍、半人半獣の悪魔的怪物(現代で言うチェインソーマン)使ったヤバ集団というギリシャ軍信用崩壊カードを使って、トラキア王と差し違えの、ラスイチ王子延命、プラス隠し財宝の譲渡を裏取引で使った知略に長けた王女なのでは?というやらかし王子から始まった大戦争を最後一人で幕引きする王女という説が湧いてくる(召使いは半人半獣言うが王女は言わない)。王女ヘカベ自体は怨恨で狂ったというオデュッセウスのシナリオにあえてのったという設定のやうに見える。

    長々と神話の設定の話が出てきたけど、要は今回の舞台で重要なマイナーチェンジ?採用バージョンは

    ①チェインソーマン的悪魔+人間を最終兵器として、攻略できないトロイア戦役でギリシャ連合軍が木馬に詰め込んで騙してぶち込んだとは事実、という設定

    ②連合軍は公的な機関っぽい性質を帯びており、令和の現代でいうところの『公的機関への強力な外部監査的組織』があるようで、そこに情報提供されて調査されたら、下手すればアガメムノーンやオデュッセウスも現在の外部監査に晒された不祥事塗れの公的機関と同様に即死?(英雄なのに)…そのため、情報漏洩を異常に恐れて目撃者を大量に殺戮している

    つまり、チェインソーマン的な怪物をトロイアに送り込んでかろうじて勝ったのに、それが外部監査にバレたら即死の状況…喋りそうな人間を片っ端から排除しているというかなり現代的な状況にある。トラキア王が情報ルートを明示すれば、ギリシャ軍は排除(殺害もしくは生贄にされた王女と同様精神疾患扱いで生贄)の可能性があるため、トラキア王は情報入手ルートを明示しないが、外部監査に告発すれば軍関係者全員即死?になるかも知れないという脅迫を行いつつ、トロイアでの莫大な利権を要求している。

    そこにヘカベの怨恨パフォーマンス…『チェインソーマン的怪物投入の情報を入手したトラキア王と相打ちになるという怨恨芝居』でギリシャ軍の利(オデュッセウスの即死回避)に貢献する形で、自らのラスイチ王子の生存戦略へ繋げるという逆転一発の感じに見える…ただ、そこら辺は明示されないが、暗示されているようにも読み取れるのが非常に斬新に見える。

    わかりにくかったですか?

    気のせいか、あえてそこら辺を明示しなかったのは、ひょっとしてどこかまわりにギリシャ神話好きな人がおり、大幅な改変(特に民主ギリシャ軍の公的機関っぽさ)に難色を示したのではないのかと推察しました。

    ただ、自分は怨恨に陥りながらも最後の最後でギリシャ軍オデュッセウスと裏取引をしてトラキア王と巻き添えでスケープゴートになり、ラスイチ王子を政治(やらかし王子騒動)に巻き込まずに生還させたという賢明な母親の物語に見えました…。

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