海の凹凸 公演情報 海の凹凸」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
1-5件 / 5件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2026/03/08 (日) 14:00

    座席1階

    俳優座に書き下ろした劇作の自劇団による再演。この作品自体は初めて見るが、水俣を扱っていても患者からは一線を画して大学の教員らによる講座運営が舞台の中心になっている。

    丁寧な取材で定評のある詩森ろばらしい、細部にまでこだわった会話劇が展開する。水俣病が歴史の中に押しやられ風化していく中で、水俣を研究し、その事実を伝えていくことがいかに困難になりつつあるかを痛感させられる。冒頭、日本は公害が起きにくい地勢にありながらなぜ公害が繰り返されたのかと問いかけられるが、その答えは劇中で明確に提示される。

    個人的に少し物足りなかったのは、その講座がどんなふうに行われたのか具体的な場面がなかったこと。患者の声がストレートに聞かれなかったことも欲求不満のタネだった。しかし、逆に言えばそれらに手を広げなかったことで、物語がシャープになってわかりやすかったと言えるだろうか。

    竹下景子の存在感はさすがだった。道学先生のかんのひとみが教育者の役で登場したのは興味深い。役者としての幅の広さを感じてとてもよかった。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    serial number 13 『海の凹凸』を観劇。

    あらすじ:
     1980年、東京・東亜大学では、市民講座で公害問題を扱い、資料の開示や被害者への救済の継続を含め、世に大きく知らしめようとするが、時間と共に社会が興味を失いない、危機感を感じ始めている。
     そこに横浜から水俣病に関心のある女性が現れ、活気付き始めるのだが…。

    感想:
     公害問題の実の被害者ではない人たちの運動の苦悩を描いている。有名な写真家の視点、被害者家族の視点から描けば物語として分かりやすいが、関心をもった市井の人たちの視点で描くことで、問題の根本が社会を通して見えてくるのだろう。
     彼らの活動から水俣病について知っていくのだが、長い運動時間と並行して、問題を忘れ去ってしまう事の危険性を孕んでいることも警告してる。
    水俣病患者の苦しみや補償についての問題提起もするが、それ以上に国家が無視し続けてきた事実も忘れてはならない。
     登場人物たちは、学生運動崩れの社会人、現役学生、大学講師、教務課職員、作家、などは間違っている事に声を上げるという事に臆せず、反発へのエネルギーが溢れている。
    1980年代の登場人物たちと現代の我々と比較してもしょうがないが、忘れてしまったものが去来するのは確かだ。
    社会が興味を失った運動を継続するには、家族を捨ててでも、恵まれた職場を去ってでも、同士を募り、厭わずに向かっていき、喜びを見いだせないと運動は続かないのだろうか?と観客は疑念を抱き、立ち止まってしまうが、そこがクライマックスであったのは事実だ。
     長い会話劇で、展開の波もないので、息苦しさを感じる140分だったが、余波を引く作品なのは間違いない。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    とても高い強度を持った作品。
    水俣病のことを置きつつも、人間のエゴみとエグみが描かれる。その辺りの筆の運びは見事としか言いようがない。演者の演技が若干ムラがあったのが少し残念。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    初演の俳優座で岩崎加根子さんが演った石牟礼(いしむれ)道子さんをモデルにした役を竹下景子さんが演ずる。竹下景子さん72歳、未だ変わらぬアイドルのような輝きと可愛らしさは観客を唖然とさせる。1969年に出版された石牟礼道子の『苦海浄土―わが水俣病』はそれに触れた者達の人生を大幅に変えたルポルタージュ小説。大企業の垂れ流す公害と地域住民の受けた生涯に渡る地獄を宗教的叙情詩にまで高めた文学。

    杉木隆幸氏が演じた役のモデルは宇井純氏。東京大学都市工学科衛生工学コース助手の宇井純氏は公開自主講座「公害原論」を1970年より開講。実名で水俣病を告発した為に出世の道は閉ざされ、万年助手のまま冷遇された。(1986年、沖縄大学法経学部教授に招聘されるまで21年間)。
    川田希さんが演じた役のモデルは加藤タケ子さん。元ほっとはうす施設長、現「きぼう・未来・水俣」代表理事。

    1984年、横浜で市民学習会を開催している川田希さんはドキュメンタリー映画『水俣』(土本典昭監督)のフィルムを無償で貸してくれるという印刷所を訪れる。そこでは東大助手の杉木隆幸氏が一般市民を相手に公害をテーマにした公開自主講座を開いていた。場所を提供し印刷所に寝泊まりまでしてそれを支援する西原誠吾氏。丁度、『苦海浄土』の著者である作家(竹下景子さん)が上京するとの事でそれに参加してみる川田希さん。講座に集う者達の情熱と公害を必要悪と黙諾する日本社会の欺瞞を知り、のめり込んでいく。

    かんのひとみさんは膝上ミニスカートのいつもと違うキャラクター。
    西原誠吾氏の奥さん役の荻野友里さんが綺麗だった。もう少し物語に組み込んでも良かったと思う。

    遅発性水俣病という、ある程度歳を取ってから発症する人々が多数いる。それを水俣病とは認可しない行政との闘争。自分は関係ないと思って生きてきた人間がある日突然発症し当事者になる絶望。

    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    初演で一番衝撃を受けたシーンは安元栄司(志村史人氏)の夢に石邑美奈子(岩崎加根子さん)が立ち、告げる台詞。「仇をいつまで憎んでみても自分の苦しみが癒える訳ではない。こんな苦しみを抱え続けるのはもう嫌だから赦そうと決め、手を離したら心が軽く楽になった。他人の苦しみは何処までいっても他人のもの、自分のものにはならない。他人の苦しみや他人の歓びではなく、自分自身の歓びを。生きることはそれ自体が歓びであれ。」今回も強烈。(今回演じたのは西原誠吾氏と竹下景子さん)。

    自分的には初演の方が良かったような。今回はテーマが限定されてしまい中盤が退屈。市民運動組織の内部崩壊のようで描かれる世界が小さい。何故、水俣病運動に触れると人々の人生は変わるのか?そこが一番興味深い点。重要なのは石牟礼道子の綴る神話の語り部のようなこの世界への幻視。人間と世界とが対峙する全ての問題と答が水俣にこそあるのではないかと錯覚させる程、強烈。苦しみだけではなくその先にあるものすら感じさせる。
    「あねさん、魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。これより上の栄華のどこにゆけばあろうかい」

    作家の興味は個々の生き甲斐に向いているのかも知れない。作品の重要な問い掛けに「何故チッソは有機水銀を垂れ流すことで住民が水俣病になることを知りながら排出し続けたのか?」「宇井純氏の研究は社会的に有意義で価値があると皆が知りながら大学内で冷遇され続けたのか?」というものがある。それが人間の本性か?それが人間の世界の当然の仕組みなのか?人間というものの見たくない正体。「大義親を滅す」の正体。何処まで行っても他人は他人でしかない。自分と他人の間に掛ける橋。もっと高レヴェルの人間観、人生観。死を超えたその先。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2026/02/27 (金) 19:00

    実話ベースのフィクションを手慣れた役者陣が丁寧に上演する。(3分押し)126分。
     作・演出で主宰の詩森ろばが俳優座に書き下ろして2017年に上演された作品を自劇団での上演だが、俳優座の舞台は観てない。水俣病を始めとする公害問題の講義で知られる宇井純氏と取り巻く人々のあれこれを描く。水俣病の問題を扱いつつ、それに取り込まれ悩む人々の抱える人間関係が描かれる。それぞれの「正しさ」があり、それぞれの道を選ぶが、それで幸福になるのか、と言えば、そうではないのだな、という、いわば当たり前の出来事が丁寧に描かれる。いつもと違ってエンターテインメント要素が少ないのは、俳優座へ書き下ろしたことが影響しているか。初日のせいなのか、セリフに「滞り」みたいなのがあったように感じた。軸になる女性を演じた川田希の佇まいが良い。

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