公演情報
「OIL」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★
19世紀末、英国南西部コーンウォール州。かつて銅と錫の鉱山で栄えたが銅の暴落と共に衰退。英国で最も貧しい州とも言われる。延々と続く荒野と岩場の崖、荒涼たる景観。
下手前で電子ピアノを弾く後藤浩明氏。効果音から劇伴までリアルタイムで奏でる。ウォーターフォンから多種多彩な楽器を用意。湯たんぽのような地雷のような謎の楽器もある。ツルハシを振るう音、ドアの開閉音、テーブルを叩く音まで。
今作の面白い演出は殆どの小道具をマイムで表現。食べ物、飲み物、バケツ、皿、グラス、酒瓶···。マイムに音を被せる効果でメタ的な虚構の層が何層も重ねられる。
第一場
1889年、コーンウォール州の農場に暮らす一家。余りの寒波で桶の水が凍ってしまい羊が飲めない。氷を砕いてやらなくちゃ。痺れて指の感覚がなくなる。くたくたのメイ(森尾舞さん)、愛する夫ジョス(猪熊恒和氏)。朝から晩まで引っ切り無しに続く労働。厳しい義母(岡本舞さん)。いやらしい目で自分を眺める義理の弟(林田一高〈かずたか〉氏)。弟の女房(高木愛香さん)は流産した。凍傷を負った三男(武山尚史氏)とその妻(山下智代さん)。酷い臭いのする傷んだ鶏肉を調理。そこに夜遅く訪ねて来る一人の紳士(円城寺あやさん)。アメリカの石油会社が石油の備蓄倉庫としてここの農場を買いたいと。これからの時代は石油である。持参したオイルランプで室内を照らしてみせる。石油を使った灯りの余りにも明るいこと、そして何よりも温かいこと。メイは部屋を照らすその光に神の福音に似た衝撃を覚える。だがジョスは紳士を追い返す。「ここは一族の土地だ。売る気はない」。メイの妙な様子に何かを感じ取る義母。「出て行くんなら扉を閉めてお行き」の名台詞。妊娠中のメイは目映い光の温かさに道を指し示される。身籠った赤ん坊は私自身。産まれた時に私のもう一つの新しい人生が始まる。それはきっとここではない。基調は灰色。
オイルランプを知るのが遅すぎる気もするが。(日本ですら1877年には普及)。
完璧な第一場。ここだけでも傑作。森尾舞さんはほぼ出ずっぱり。客前で着替え、髪型を変える。口を右にひん曲げる癖。
娘エイミー役柴田美波さんは若い頃の指原莉乃っぽい。この母娘の愛憎漫才のようにも受け取れる。
今年も森尾舞さんを見逃せない。
実演鑑賞
満足度★★★
燐光群というよりは森尾舞と柴田美波の二人芝居という感じ。石油をめぐる歴史的、地政学的な要素と母娘の話が並走しながらごちゃごちゃと入り混じる。19世紀から21世紀までを旅する少し不思議な物語。興味深いけど、ずば抜けて面白いとは思わない
実演鑑賞
満足度★★★
『OIL』(燐光群)を観た。石油が「新しい光」だった時代から、遠い未来まで——母と娘の関係を軸に、人類の繁栄と暴力、依存と正当化の歴史を折りたたんでいく構造は野心的だ。時代も土地も跳ぶ。その跳躍を成立させるために、俳優陣は人物の温度を落とさずに繋ごうと踏ん張っていたし、舞台が抱える情報量の多さを身体で支えていたと思う。
ただ、私自身は不思議なくらい「刺さる台詞」が残らなかった。言葉が弱いというより、観客が人物に感情移入していくための“撚り”——関係のねじれが積み上がっていく感じ——が薄い。場面ごとの情景は追えるのに、主題の輪郭が像を結びにくい。とくに核に置かれているはずの「愛」が、何の比喩/隠喩として立っているのか掴みにくかった。愛=依存、愛=支配、愛=世代間責任……読み筋はいくつもあり得るのに、その複数性が「意図された余白」というより「手がかり不足の余白」に見えてしまい、観客の側が芯を握り損ねる。
終盤の着地も、予定調和というより既視感が勝った。結末そのものが悪いのではなく、そこへ至る増圧が足りず、“そうなるよね”の地点で止まってしまう感覚が残る。壮大な時間のスケールと、家族という最小単位のスケールが最後まで噛み合いきらず、世界史の叙事と私的な倫理が、並走したまま終わったようにも感じた。
とはいえ、題材の射程は大きい。豊かさの源泉だったものが、暴力や分断の燃料にもなる。その二重性を「家族」という器に注ぎ、観客の生活感覚へ沈めようとする企て自体は、いま必要な挑戦だと思う。だからこそ、「愛」という語が綺麗事ではなく、支配や依存や責任と地続きに見えてくる瞬間を、もう少し舞台の側から手渡してほしかった。野心の大きさに対して、感情の導線がもう一段、太くなれば——そんな悔しさを残す観劇だった。
実演鑑賞
満足度★★★★★
趣向を変えた公演をしばしば行う燐光群ではあるが今回はまた随分と色の違う舞台・・と観始め感心しきりだったが、改めて布陣を見れば、そうであった。今回はこのかん燐光群の演出助手に名を連ねていた村野女史による「演出」であった。燐光群常連の客演もいるが新顔と思しい俳優も含め数名の舞台(燐光群俳優は猪熊氏くらい)。舞台美術の趣きも同じく抽象舞台の多い燐光群とも異なる(犬猫会に通じる?)曰くあり気に見える抽象性で(使われた数台のテーブルは前回「高知パルプ」のものかも)。
昨年来しばしば遭遇する人間の本質を抉る作劇のこれも一つ。「KYOTO」のCo2を今度は石油に置き換えたドキュメンタリータッチの劇を想像していたが、人間ドラマ、親子のドラマである。ただしそのタッチは独特で、背後に人間とエネルギー(石油)の関係、文明論が静かに流れている。俳優力を要する戯曲(いやどんな芝居もそうだとは言え)を見事に俳優力で舞台に上げたと言える仕事。この企画を燐光群でやった事が面白い。
実演鑑賞
満足度★★★★
少し変わった興味深い作品で、なかなか難しいところもある。一人の女性の半生とその娘との愛と葛藤、閉塞感と自由への欲求、生活の維持、生への欲望、孤独などが描かれ、石油はそれらの心的エネルギーの象徴として絡められていると感じられた。ストーリーは5つの時代に分けられているが(最後は2050年代?よく見えなかった)、それらは同じ人物の話なのだろうかと疑うほどガラッと変わる印象があり、その一つ一つは面白いとしても、まとまりにくさは否めない。一筋縄にはいかない台本と思われ、上演は簡単ではなかったのではないかと想像する。2時間半ぐらいと思うが、休憩なしで通したので少々つらいものがあり、5部に分かれているのなら途中どこかで休憩を挟んでも良かったのではないか。それにしても、森尾舞氏は一流の舞台俳優だな、と。
実演鑑賞
満足度★★★
「時空を超えた母娘の物語」
イギリスの劇作家エラ・ヒクソンが2016年に発表した戯曲の日本初演である。坂手洋二率いる燐光群+グッドフェローズのプロデュースで、翻訳は一川華、演出は文学座の水野玲子が手掛けた。