野良豚 Wild Boar 公演情報 野良豚 Wild Boar」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.2
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    久々に文学座アトリエを訪れた。今回は四方を囲む客席。香港の女性劇作家の本作は権力とジャーナリズムを描く。同じく香港出身の文学座座員の女性演出のデビュー舞台でもある。
    翻訳劇としての難しさ、彼我の国情の差による状況描写の難しさなどあったようである。不眠気味の状態で観るにはハードルの高い内容だった(要は寝た)が、後半覚醒し、物語の大半の流れは掴めた。大国中国の統制とせめぎ合うジャーナリズムの現在進行形が劇に反映し、主人公の些か素行の悪い記者は、師と仰いでいた先輩記者ユンが撃たれた事を機に、民主勢力の闘争心に火を点け巻き返そうと熱を入れる。だが最終盤、退院したユンが変節した事を知る。この事が徐々に露呈していく過程が秀逸。「パーフェクトシティの建設」は社会の進歩を表わし、これの実現が社会のため人民のためである、という論理が、不正の暴露の使命の前に立ちはだかる。それは計画の中止を意味するゆえ、両論平行線、従って推進派は逃げ切ることになる。
    冷静に考えれば、不正の事実を問題化した上で、シティ建設の是非を改めて問うても良いはずなのだが、二択しかないと思わされている(観ている自分も)。かくして悪は蔓延り、正義は二の次に追いやられる(という前例を一つ一つ作られて行く)。日本の政治家とくに権力の中枢に近い者は私は何らかの手段で「脅し上げられている」と推測しているが、それが可能な権力関係を日本は受け入れており、今更抗えない所にまで来ている事が想像されるにつけ、日本が真の民主主義を勝ち取るにはやはり一度血を流す必要があるのだろう・・そんな事を思う。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    中国国内では「人はいきなり行方不明になる」し(そして数年後何も具体的なことを言えない状態でひょいと帰って
    くるまでセット)、メディアタワー内部からといわずSNSなども含めて各所監視されているし、そんな状況下で上演なんか
    したら「あれ? これって現在の状況まんまじゃね?」って意識しちゃう人が続出しちゃうので絶対無理でしょう。

    作品自体はいろいろ伏線が張られてて、本筋じゃない男女のいざこざ部分も含めて怖い劇だなあと。

    ネタバレBOX

    主要人物は実質5人。

    ユン……元大手リベラル系新聞の編集長。モナムの失踪後、「モナムプレス」を設立し、モナムの調査資料(数十年前の
    街再開発を巡る事故が今回のパーフェクトシティ3.0と酷似していることを示すもの)を公にしようとするが……。みんなが
    想像する「ジャーナリスト」まんまな人。

    トリシア……ユンを深く愛する妻。といえば聞こえはいいものの、ユンは彼女を一種の「ミューズ」「自信を
    支えてくれる存在」としか思っておらず常に仕事に駆け回っているため、孤独感から多くの男性と関係を持っている。
    ユンと同じ会社のカメラマンとして働き、その独立とともに「モナムプレス」へ移籍した。負けん気が強いさばさばした
    性格は表面上に過ぎず裏の顔を持っている。

    ジョニ―……ユンの下で後輩として働くも、地元で父親の仕事を手伝っていた元記者。ユンのジャーナリズム魂を
    教え込まれた「精神上の弟子」ともいえる人物だが、その一方で私生活の方はちゃらんぽらんでトリシアや後述する
    ケリーと恋愛関係にあった。なお、「モデムプレス」の名の発案者であり、耳目を集めるための俗っぽい仕掛け等にも
    通じている。

    ケリー……ジョニーと過去に恋愛関係にあった下層階級の庶民。元は不良たちの一員で職場も何度となく替わり、
    乱脈な男性関係から生まれた父親不明の我が子は幼くして亡くなる。「パーフェクトシティ3.0」に心酔し、その
    計画を阻む格好となったユンを憎悪し、計画が進めば街の貧困層向け周縁エリアや地下エリアに押し込められると
    聞かされてもそれで生活が保障されるならいい、自由は恵まれた特権者の遊び道具だ、だから貧困層には必要ない、と
    結構過激な主張で迫る新自由主義を内面化したような感じの娘。なぜかトリシアとジョニーの関係を掴みユンにバラす。

    おイモ……軽いノリが目立つジョニーの刎頸の友。有能なハッカーでパーフェクトシティ3.0の情報やモナムの
    資料解析に大きな貢献を果たすが、一方で自分の仕事は社会的使命というよりも生活のためだと割り切る冷めた
    リアリストの顔を持っている。
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    ユンが第1幕の序盤で銃撃された後、運び込まれた病院で医者や他の患者、見舞客から全員一致で「余計なことをする人」
    「街の発展を無意味に阻害する悪人」扱いされて壊れちゃって、

    「俺のやってることは正しいと思ってたけど、街のほとんどの人にはありがた迷惑だった、銃撃者も政府ではなく街の一般
    市民なのかもしれない」→「だとしたら俺がやるべきなのは計画の邪悪さを告発することじゃなくて、計画がいい形に、
    街の人が本当に望むように監視し、導くことじゃないか」→「政府との妥協も必要じゃないだろうか」と、

    本人も認めるイエスマン気質全開で知らず知らずのうちに御用ジャーナリスト化していくの、街の人の生活と引き換えに
    大事な自由や正義を捨て去るのか、と第三者が非難するのは簡単だけど、実際にその場にいたら抗いにくいと思うんだよね。

    だって街の人の暮らしのため、自由のため、正義と民主主義のためにジャーナリズムやってるのに、当の街の人に「私たち
    あなたの活動支持してません」って言われたらもうどうしていいか分かんないし、支持されてなくとも自分の思ったまま
    やるって難しいよ。自分が正しいという保証はない。

    だから、ケリーやユンを非難するのは、自分が実際のところは当事者じゃないって告白でもあるのよね……。

    それ以上に怖いのは、物語の終盤でトリシアとジョニーの仲を邪推したユンが、激しいDVを妻に対して
    振るい、トリシアは反抗するどころか「ユンがどんなに変わっても私はついていく」と断言。そして
    自分が新しく雇い入れた秘書としてケリーを紹介する……。

    これどういうことなんだろうね? 終盤も終盤なだけに登場人物の知られない「闇」あるいは「病み」を
    突きつけられたような気持がしてぶるっときたよ。

    思えば最初から伏線があって、ユンやジョニーは自分の政治的、社会的立場を公にしゃべっていたけど、
    トリシアって自分のそういうジャーナリスト的な見解はほとんど明らかにしてこなかったのよね(終盤で
    ジョニーに「あなたの声はどこにあるの?」と詰め寄ってたけど、それでも自分の具体的な考えは分からない)。

    トリシアは、夫を「現場を駆け巡る正義のジャーナリスト」から「メディアタワーの椅子に腰かける“真心がある
    政府”の代弁者」に堕とすことで自分がずっとそばにいることを望んでいたのではないか? ケリーに自分と
    ジョニーの関係をリークしたのはもしかしたらトリシアなのではないか? その見返りにケリーは秘書の座へ就く
    ことになったのではないか? トリシアの裏には政府の人間がもしかしたらいたのか? 

    とかいろいろ想像ができるけど、なんだか垣間見えた夫婦の関係も含めてめちゃくちゃグロテスクだなと
    感じた。「モナムプレス」は名前替わるか御用系メディアとして脱皮するんだろうか……?

    最後の場面は、魯迅「吶喊」前書きの話だと思う。

    あそこでは、小説なんか書き続けてどうするんだ、誰も意識改革できないだろうに、と問われた魯迅が、
    「厚い鉄の壁に閉ざされた部屋の中であなたは目覚めた。他の人はまだ眠ったまま、自分一人では
    どうしようもない。他の人を起こして助力を願った場合、もしどうにもできなければ「眠ったまま楽に
    死ねたのに目覚めさせて苦しめた」と責められるかもしれない。でももしかしたら目覚めた人が多ければ
    助かる希望がわずかでも出てくるかもしれない」と書いてるんだよね。

    同じことで、檻に閉じ込められた野良豚(=ジャーナリスト)は自由を求めて大暴れしておとなしくしていれば
    大丈夫なのにむざむざ傷ついて流血することになる。でも、こうして抵抗する姿をみせているうちに、誰かが
    自分を逃がしたりしてくれるかもしれない。ジョニーがあの場で気付いたのはそういうことだと思う。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    無機質なシルバーの机と丸椅子、天井の金網、新聞紙など、シンプルだが印象的な舞台装置で展開する物語は香港の劇作家によるものだが、舞台となる街や登場人物たちの名前は何処とも限定されず一般化されている。中盤の編集長とウェイトレス、終盤の編集長と記者の間の激しい議論がこの作品の本質と思われるが、作者の今の香港を見る冷徹な目が感じられる。最後の2つのシーンも象徴的。決して体制批判一辺倒というような単純な作品ではないのだが、あちらではこの作家の作品の上演が可能な状況ではないらしい。なんと未成熟で浅はかなことか。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    7月に文学座アトリエで観た文学座附属演劇研究所研修科発表会『天保十二年のシェイクスピア』が最高だった。2000円でこんな凄いものを観せて頂いて申し訳ない程。御礼に次ここで演る作品を観ようとチケットを買った。
    8月に『5月35日』を観て、今作の作者が同じ莊梅岩(そうばいがん)さんと知って期待大。香港の現在進行形反骨作家。今作『野良豚〈いのしし〉 Wild Boar』は2012年に香港で初演されたもの。もう香港では上演出来ない。莊梅岩さんは今も香港で政府の締め付けと戦っている。母校・香港演芸学院に宛てた公開書簡が話題に。政府が「ソフトな抵抗」への警戒を呼び掛け、呼応した者達は重箱の隅をつつくように行動発言作品への監視を強めた。自主規制の名の下に阻害分断孤立を迫られるアーティスト達。それは芸術の殺戮だ、と。
    演出のインディー・チャンさんは香港出身の文学座の演出家、今作が文学座デビュー作。この二人が上演後にステージに上がった!

    高度に管理された都市。
    ある日、高名な都市工学の大学教授モナムが失踪する。事件性があるニュースなのにマスコミは何処もそれを報じない。「モナム教授に認知症の恐れ」など同じ方角に読者を誘導する情報操作の記事ばかり。大手新聞編集長ユン(清水明彦氏)はモナム教授とその日会う約束があった為、拉致されたと直感。だが書いた記事は空白にされた。義憤に駆られたユンは会社を辞め、自ら新しい新聞社を設立しようとする。妻でカメラマンのトリシア(上田桃子さん)はかつて有能な記者だったジョニー(山森大輔氏)に協力を依頼。ジョニーは相棒のハッカー(相川春樹氏)を呼び寄せ、モナム教授が告発しようとしていた事柄について調査する。そしてかつての女友達(下池沙知さん)とも彼女がウェイトレスとして働く店で再会。

    ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』のようなハードボイルド風味。主演の山森大輔氏は俗なチンピラ・キャラからフィリップ・マーロウの苦味まで幅広く表現しとても魅力的。陽気な遊び人と信念に殉じる義士の同居した胸の裡。
    そしてMVPは下池沙知さんだろう。『廃墟』では若きパンパン役だったが今回は全くの別人。可愛くキュートな女からゾッとするもう一つの冷たい素顔まで。高層テラスでのデート・シーンは映画的。第一幕ラストの遣り取りこそ今作の心臓部になる。

    ある意味、『ブレードランナー』的なニュアンスも感じる作品。
    是非観に行って頂きたい。

    ※今の内に観といた方がいいぞ。もうこういうのは日本でも観られなくなる。ネパールの報道で確信した。

    ネタバレBOX

    四面に客席、囲まれたステージ。床には一面、沢山の新聞紙が敷かれている。新聞を一つ手に取ると床にマンホール状の穴が空いている。そこから4人の豚のハーフマスクを着けた者達が上がって来て新聞紙を丸め出す。丸まった巨大な新聞紙の塊を野良豚〈いのしし〉に見立てる。天井には垂れた網、罠にかけられてしまうぞ。早く逃げ出せ!

    相川春樹氏は『痕、婚』が強烈だったが今回は功夫で見せる。成龍から李小龍の流れ。おいもちゃん?

    静かな立ち上がりで居眠りも何人かいたが第一幕ラストで爆発的に盛り上がる。
    「PERFECT CITY 3.0」とは球体の街作り、新時代の都市計画。中心から富裕層が住居し、外縁部に行く程収入が低い層。更に地下にも都市を作り貧困層はそこに押し込める。貧富の差による明確な区分けがされた完璧な街。
    下池沙知さんは「それは良いことだ」と肯定する。自由やら正義やらは富裕層の嗜好品だ、と。あんたらはそんなもので遊んでいるだけじゃないか。何も選択肢を持たない貧しく弱い市民にそんなものは必要ない。弱者に必要なものは完璧に調和のとれた安定した世界。

    ラストは前日譚、テロに遭って入院しているユンの退院会見の原稿を考えるジョニー。気分転換に一日だけハッカーと野良豚狩りに出掛ける。まだ小さい野良豚が罠に掛かって檻の中。何度も何度も鉄の扉に突進してやめようとしない。その姿にふと扉を開けて逃がしてやるジョニー。それが当然のように何処までも駆けていく野良豚。「ああ、これだ!野良豚なんだ!」ユンが宣言すべき言葉が見つかった!

    尾崎豊、1984.3.15新宿ルイードでのデビューLIVE。
    「自由じゃなけりゃ意味がねえんだ!お前等本当に自由か?腐った街で埋もれてくなよ。俺達が何とかしなけりゃよお、何にもなんねえんだよ。」
    ラストはそれを思い出した。人間が自由を求めるのは本能だ。そこに善も悪もない。それこそが真実。

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