野良豚 Wild Boar 公演情報 文学座「野良豚 Wild Boar」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    中国国内では「人はいきなり行方不明になる」し(そして数年後何も具体的なことを言えない状態でひょいと帰って
    くるまでセット)、メディアタワー内部からといわずSNSなども含めて各所監視されているし、そんな状況下で上演なんか
    したら「あれ? これって現在の状況まんまじゃね?」って意識しちゃう人が続出しちゃうので絶対無理でしょう。

    作品自体はいろいろ伏線が張られてて、本筋じゃない男女のいざこざ部分も含めて怖い劇だなあと。

    ネタバレBOX

    主要人物は実質5人。

    ユン……元大手リベラル系新聞の編集長。モナムの失踪後、「モナムプレス」を設立し、モナムの調査資料(数十年前の
    街再開発を巡る事故が今回のパーフェクトシティ3.0と酷似していることを示すもの)を公にしようとするが……。みんなが
    想像する「ジャーナリスト」まんまな人。

    トリシア……ユンを深く愛する妻。といえば聞こえはいいものの、ユンは彼女を一種の「ミューズ」「自信を
    支えてくれる存在」としか思っておらず常に仕事に駆け回っているため、孤独感から多くの男性と関係を持っている。
    ユンと同じ会社のカメラマンとして働き、その独立とともに「モナムプレス」へ移籍した。負けん気が強いさばさばした
    性格は表面上に過ぎず裏の顔を持っている。

    ジョニ―……ユンの下で後輩として働くも、地元で父親の仕事を手伝っていた元記者。ユンのジャーナリズム魂を
    教え込まれた「精神上の弟子」ともいえる人物だが、その一方で私生活の方はちゃらんぽらんでトリシアや後述する
    ケリーと恋愛関係にあった。なお、「モデムプレス」の名の発案者であり、耳目を集めるための俗っぽい仕掛け等にも
    通じている。

    ケリー……ジョニーと過去に恋愛関係にあった下層階級の庶民。元は不良たちの一員で職場も何度となく替わり、
    乱脈な男性関係から生まれた父親不明の我が子は幼くして亡くなる。「パーフェクトシティ3.0」に心酔し、その
    計画を阻む格好となったユンを憎悪し、計画が進めば街の貧困層向け周縁エリアや地下エリアに押し込められると
    聞かされてもそれで生活が保障されるならいい、自由は恵まれた特権者の遊び道具だ、だから貧困層には必要ない、と
    結構過激な主張で迫る新自由主義を内面化したような感じの娘。なぜかトリシアとジョニーの関係を掴みユンにバラす。

    おイモ……軽いノリが目立つジョニーの刎頸の友。有能なハッカーでパーフェクトシティ3.0の情報やモナムの
    資料解析に大きな貢献を果たすが、一方で自分の仕事は社会的使命というよりも生活のためだと割り切る冷めた
    リアリストの顔を持っている。
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    ユンが第1幕の序盤で銃撃された後、運び込まれた病院で医者や他の患者、見舞客から全員一致で「余計なことをする人」
    「街の発展を無意味に阻害する悪人」扱いされて壊れちゃって、

    「俺のやってることは正しいと思ってたけど、街のほとんどの人にはありがた迷惑だった、銃撃者も政府ではなく街の一般
    市民なのかもしれない」→「だとしたら俺がやるべきなのは計画の邪悪さを告発することじゃなくて、計画がいい形に、
    街の人が本当に望むように監視し、導くことじゃないか」→「政府との妥協も必要じゃないだろうか」と、

    本人も認めるイエスマン気質全開で知らず知らずのうちに御用ジャーナリスト化していくの、街の人の生活と引き換えに
    大事な自由や正義を捨て去るのか、と第三者が非難するのは簡単だけど、実際にその場にいたら抗いにくいと思うんだよね。

    だって街の人の暮らしのため、自由のため、正義と民主主義のためにジャーナリズムやってるのに、当の街の人に「私たち
    あなたの活動支持してません」って言われたらもうどうしていいか分かんないし、支持されてなくとも自分の思ったまま
    やるって難しいよ。自分が正しいという保証はない。

    だから、ケリーやユンを非難するのは、自分が実際のところは当事者じゃないって告白でもあるのよね……。

    それ以上に怖いのは、物語の終盤でトリシアとジョニーの仲を邪推したユンが、激しいDVを妻に対して
    振るい、トリシアは反抗するどころか「ユンがどんなに変わっても私はついていく」と断言。そして
    自分が新しく雇い入れた秘書としてケリーを紹介する……。

    これどういうことなんだろうね? 終盤も終盤なだけに登場人物の知られない「闇」あるいは「病み」を
    突きつけられたような気持がしてぶるっときたよ。

    思えば最初から伏線があって、ユンやジョニーは自分の政治的、社会的立場を公にしゃべっていたけど、
    トリシアって自分のそういうジャーナリスト的な見解はほとんど明らかにしてこなかったのよね(終盤で
    ジョニーに「あなたの声はどこにあるの?」と詰め寄ってたけど、それでも自分の具体的な考えは分からない)。

    トリシアは、夫を「現場を駆け巡る正義のジャーナリスト」から「メディアタワーの椅子に腰かける“真心がある
    政府”の代弁者」に堕とすことで自分がずっとそばにいることを望んでいたのではないか? ケリーに自分と
    ジョニーの関係をリークしたのはもしかしたらトリシアなのではないか? その見返りにケリーは秘書の座へ就く
    ことになったのではないか? トリシアの裏には政府の人間がもしかしたらいたのか? 

    とかいろいろ想像ができるけど、なんだか垣間見えた夫婦の関係も含めてめちゃくちゃグロテスクだなと
    感じた。「モナムプレス」は名前替わるか御用系メディアとして脱皮するんだろうか……?

    最後の場面は、魯迅「吶喊」前書きの話だと思う。

    あそこでは、小説なんか書き続けてどうするんだ、誰も意識改革できないだろうに、と問われた魯迅が、
    「厚い鉄の壁に閉ざされた部屋の中であなたは目覚めた。他の人はまだ眠ったまま、自分一人では
    どうしようもない。他の人を起こして助力を願った場合、もしどうにもできなければ「眠ったまま楽に
    死ねたのに目覚めさせて苦しめた」と責められるかもしれない。でももしかしたら目覚めた人が多ければ
    助かる希望がわずかでも出てくるかもしれない」と書いてるんだよね。

    同じことで、檻に閉じ込められた野良豚(=ジャーナリスト)は自由を求めて大暴れしておとなしくしていれば
    大丈夫なのにむざむざ傷ついて流血することになる。でも、こうして抵抗する姿をみせているうちに、誰かが
    自分を逃がしたりしてくれるかもしれない。ジョニーがあの場で気付いたのはそういうことだと思う。

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    2025/09/19 18:22

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