ゴベリンドンの沼  終了しました!総動員1359人!! どうもありがとうございます!

デザイン:福田沙也果

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おぼんろ

ゴベリンドン特設劇場(東京都)

2012/09/11 (火) ~ 2012/10/07 (日) 公演終了

休演日:9月19日(水) 10月1日(月)

上演時間:

 2010年10月、渋谷TRE 20人入れば満席と言うたった
8 坪のスペースでの公演。 『狼少年二星屑ヲ』の動員数。
2日間6ステージ 167人。
2011年4月、渋谷ギャラリールデコ1Fでの公演 暗転もできない無機質な空間に実際に雨を降らし観客の度肝を抜いた
『ハッピー!!~夢ヲ見...

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2012年10月7日(日) ゴベリンドン特設劇場。 あなたは奇跡の目撃者になる。 作・演出 末原拓馬 <キャスト> 高橋倫平 わかばやしめぐみ 藤井としもり さひがしジュンペイ 末原拓馬 <期間> 9月11日〜10月7日まで。 <会場> ゴベリンドン特設劇場(東京都江東区枝川2-10-4) 詳しくはHPで。 ht...

公演詳細

期間 2012/09/11 (火) ~ 2012/10/07 (日)
劇場 ゴベリンドン特設劇場
出演 わかばやしめぐみ、藤井としもり、高橋倫平、さひがしジュンペイ、末原拓馬
脚本 末原拓馬
演出 末原拓馬
料金(1枚あたり) 0円 ~ 100,000円
【発売日】2012/08/01
前売・当日

普通の人 3500円
貧乏な人 2000円
ひよっこ(高校生)1000円
お金持  時価
リピーター  1000円から言値

☆イイネ公演 
14日21日28日5日
毎週金曜日の15時の公演は入場料なしの [言い値・投銭]で公演します。路上で芝居もするおぼんろならではの、試 み。あなたが参加して見て感じて、あなたが思った 価値分の
お金を、投げ入れてください。
サイト

http://obonro2012-9.jimdo.com/

※正式な公演情報は公式サイトでご確認ください。
タイムテーブル
説明  2010年10月、渋谷TRE 20人入れば満席と言うたった
8 坪のスペースでの公演。 『狼少年二星屑ヲ』の動員数。
2日間6ステージ 167人。
2011年4月、渋谷ギャラリールデコ1Fでの公演 暗転もできない無機質な空間に実際に雨を降らし観客の度肝を抜いた
『ハッピー!!~夢ヲ見ルマデハ眠レヌ森ノ惨メナ神様~』の動員数。キャスト5人で7ステージ 334人。
2011年10月、江戸川橋「絵空箱」での ゴミ美術の間を縦横無尽に走り回り、参加型アトラクション公演として、初演より更にパワーアップした再演
『狼少年二星屑ヲ』の動員数。キャスト5人で16ステージ773人。

2倍2倍と動員が伸びている新生劇団おぼんろ。

倍々作戦と名づけたこの流れ、
次回の 動員目標は、
1546人。

それにあたり、
既存の劇場ではなく、廃工場をおぼんろ色に染め
一ヶ月のロングランを行います!

少しでも多くの人に おぼんろの物語をお届けしたいと思います。

今回の値段設定も

前回、前々回同様の一般劇団とは、違うぶっ飛んだ設定になっています。そして、今回は、「イイネ♪公演」と銘打った、
『言い値・投銭』 での公演をする回をつくりました!
路上でも芝居をするおぼんろならではの企画。

気軽に気楽にいらしてください。そして、一緒に物語を紡ぎましょう。ご予約・ご来場お待ちしています!
 
★創作日誌★
例によって、拓馬が日々の過程を記していきます。 

■10月12日■
公演終了しました。
様々な形でこの公演に参加してくださった、
すべてのみなさんに感謝します。

本公演の総動員は、1359人でした。

1546人を目標にしていたので惜しくも届かずではありますが、
当たり前だけど重大なことはそんなことではありません。

当初は予約数が1人のスリリングなステージもあったものですが、
千秋楽が続くにつれ、
開場の一時間以上も前から工場前に行列ができるようになり、

リピーター、クチコミ、紹介で集まった仲間たちで、
工場内が溢れかえったのでした。
なにもかも、参加者全員で創り上げたこの公演、
部外者は一切入り込んでいません。

僕もまた、参加できたことを誇りに思います。

作品後記みたいなものは、どうも書けそうにありません。
とにもかくにも永遠にこの惑星内で循環してほしいと思うような、
ありったけの感謝のエネルギーと、

ネッシーばりに実在が疑われていたキンキラキンのラブを、
「あたしたちは確かに目撃した!」と言えるような、

ああ、奇跡、奇跡。
奇跡の時間たちでした。

演技や演出に関するプランニングは初日があくまでに終えて、

あとはもう、
ひたすらに参加者とともに物語を紡ぐことに魂を費やしたのでした。

前回776人だった仲間が1359人になり、
そして、一層に、目標と夢の共有を色濃くできたように思います。

語り部5人にとっても、
とてつもなく重要な時間でした。

こう言った公演を年に何回も繰り返せば、
50000人なんて気が付いたら手が届いているのじゃないかと思うのですが、

様々な面での体力などをおもんばかって、
次の作戦を立てています。


「700人まではなんとかなるけど、1000人は無理だ。」
「アイドルを出すか、雑誌に取り上げられるかしないと、無理だ」
「三谷さんだって、動員1000人の壁を越えられないで苦しんだんだ。
たった5人の演者でやろうなんて、バカだ。借金で首が回らなくなる。」


「やります。できます。根拠はないけれど。」


いまの時代、
やろうと思ってできないことはない、といつだって思っています。

途中、
どうにも困った事態もあって、
ああ、立ち行かないかもしれないと、膝が震えた時期もあったけれど、
そんなときのおまじないは決まっています。

「なんとかならなかったことなんてない」
いつだって、千秋楽にはガッツポーズしてきた。

「1300人まではなんとかできても。2700人は無理だよ、さすがに。」

できないわけがない。
1人が2人に増える、をたくさんやればいいだけ。

倍々作戦は続けるつもりです。
50000人を目指します。目指すと言ったからには、目指します。

そして、
もっともっと、すごい作品で、
もっともっとたくさんを、もっともっと笑わせたい。

トレーニングと執筆を再開しました。


くれぐれも忘れないでください。
あなたもおぼんろです。


不甲斐のなさにかけては他に追随を許さない僕ですが、
速攻で次の計画についてはご報告差し上げます。


楽しみに待っていてください。
必ずまた会いましょう。


打ち震えるほどの感謝のうちに
キンキラキンのラブをあなたに。





■緊急・千秋楽について■

予約チケットは売り切れましたが、
見キレ席の当日券を無限に発売する予定です。

数に応じてではありますが、

・立見席
・移動席
・音響、照明の横席
・語り部の着替えや給水丸見え席
・他の観客の気にならないときに二階から覗き込む席
・音だけで楽しむ席

などが考えられます。
もちろん、料金は格安にさせていただくつもりです。

この場に居合わせることで共有できるものが多々あると思っておりますゆえ、どうぞ、エイヤ!といらっしゃってみてください。

一か月間、多くの仲間と紡いできたこの物語り、
どうぞお楽しみください。

尚、
制作発表会の開始時刻は、
19:30を予定しております。
こちらだけのご参加も、ぜひぜひどうぞ☆

■10月5日■
昼と夜一回ずつ、明確に奇跡が起きてる。
たくさん刷ったはずの台本が売り切れた。
増刷するけど。
この物語りが語り継がれていくのはすごくうれしい。

もはや劇場には100人近い人間が入ったりしている。
最初は「20人でも様になるね」みたいに話していたし、
参加者7人の回もあったってことを考えれば、
ホーリーなほどにミラクルだ。
一か月で10倍以上!

チケット予約、売り切れてはいますが、
当日券をお出ししますので、
基本的には入れないということはありません。
多少見切れ席になってしまうかも知れませんが、
場内にいれば物語りには参加できるようになっています。
どうか、お見逃しになるくらいなら、
すこし遠くはあるのですが、
足をお運び頂ければ幸いです。

他人の言葉でお伝えするのもアレですが、
「がんばって来てよかった」と言ってくださる方が、
信じられないほどに多いのです。


とにかく毎日が参加者との出会い、出会い、出会い。
こんなにハッピーなエネルギーは他にないです。

千秋楽目前で、感傷的になってはならぬ。
体力がギリギリなおかげで、
いつも目前の公演をこなすのに必死。

それは、
逆にいいかも知れないです。




■10月4日■
突然、ゲリラ豪雨がトタン屋根を、
まるでジョンボーナムのごとく叩き始めて、
台詞が聞き取れなくなった。

路上でやっていれば、
酔っ払いや警察官やヤクザが物語りに乱入してくることもある。
そのままありきでストーリーを変えて紡ぐのが定石だけれど、

まさか屋根をゲットした公演でも、
お茶目な乱入があるとは!

台詞のいくつかは雨仕様にアドリブ変更。

そしたらば、
ああ、また、景色が変わる変わる。

とても素敵だった。

毎公演が驚きと感動に満ち溢れてる。

あからさまに右肩上がりな動員数も、
さまざまなハプニングも、

まるで、
ヤラセめいたドキュメンタリー映画の登場人物になったようだ。

たぶん、伝説になるような時間を過ごしているのだと思う。

誰の?

誰の伝説でもいい。

演劇界の、でもいいし、
世界の、でもいいし、

僕だけの、

あなただけの、

小さな小さな伝説にさえなれたとしたら、

そんなに素敵に100分間は、
他にはないんだ。

■10月3日■

魔法ってのは、
自分からかかりに来てくれないと、どうにもならない。

参加者の顔が変わる瞬間を知ってる。
目をつぶって想像したときに、
表情が変わる。
もう一度目を開けた時には、
簡単に言うなら「こどものような顔」になってる。

だけど、決して、僕は魔法使いでも、
催眠術師でもない。
眉間に皺を寄せてうつむかれたら、
なす術もない。

だからこそ、参加者のみんなに、
恋するみたいに感謝してます。

心を開いて楽しみに来たひとだけが楽しめる、
それは、
魔法を信じる子供だけが、
別世界への扉を探し当てることができるのと、
とっても似ている。

とにもかくにも、
楽しまなくちゃ損だ。
楽しく遊ぼうってときに、
うつむいてたらもったいない。

もっと多くの人に観てもらうために、
演劇祭とかで賞は欲しいけど、

別に評価のための表現じゃないし、
僕らの物語りは贈り物だ。
あげた贈り物に得点を付けられるのも不思議な感覚だし、
ある意味、もう、ひとつの完成形な気もしている。

とにかく、
みんなに幸せになってほしい。

切に願う。

■10月2日■
信じられないほどの盛況。

こりっちの予約の上限数をこっそり増やす。
座布団を創り足す。
演技スペースを減らす。

もう、
参加者に身をゆだねてる。

あまり何も覚えてないし、
ゾクゾクするほど、体に記憶は残っているのがわかる。

「死んでもいいと思える作品」を創りたいと思った。
今年の頭だ。
27歳だから。

この作品に、
その価値を与えるために、なんでもした。

毎晩毎晩、
すべてを賭して紡ぎたい。


■10月1日■
休演日。

来週にはもう、
森は消えている。

それがどういうことか、
明晰に頭を働かせようとするのに、
じょうずにできない

消えても、
永遠に、
記憶の中に留めておいてもらえるように、

ひたすら心を込めて、
物語りを紡ぐ。

物語のカケラを、
どうか、
ずっと、
持っていて

そういう、
作品全体が、作品の遺言であるような気もしてるけど、

でも、
物語りは、生き続ける。
それが、とっても大切。
語り継がれたら、もっと素敵

ネバーエンデイングストーリーて映画は、
たぶんおそらく、
ほとんどの人が見たことあるかと思うけど、

屋根裏で本をめくるあの感じ、
そして、
世界に入ってしまうあの感じ、


ようするに、
僕らがやっているのはああいうこと。

その日、その時、その年齢で、
この物語の風景が変わる

そういう風であれたら、
どんなにか素敵だろうと思う。


■9月30日■
台風。
参加者の来場はとにかく大変になってしまうのだけれど、
なによりも、
工場内は、環境的には外に近い。

気温も風の音も雨音も、
リトマスよろしく場内に干渉する。


奮えた。

リピーター(もはや顔なじみである)の方が言うには、
「今夜きてよかった」


嘘八百の夢物語りに過ぎない。


我々は、惑星の表面にへばりついている生物に過ぎない。
神秘的でもなんでもないかも知れない、
電気信号や循環機能で動くたんぱく質の塊が、


神を想像して創造し、
まじないで、何かを起こそうとした。


非常に、非科学的だ。


だけど、
科学では解明できないような奇跡を、

何千年もの間、
人類は目の当たりにしてきた。

ちょっとそんな、
素敵なスケールで考えてみたりしたくなった夜だった。

それにしても、
なんか、感謝でいっぱいだ。



■9月29日■
シャッターを開けてお出迎えをするのはいつものことだけど、
前半戦のある日、

開場時間に合わせて大急ぎでメイクを完了し、
意気揚々とシャッター前に正座した。

上がりゆくシャッターに合わせて、
自分の姿がちょっとずつ現れるのが
なんか面白いんじゃ?という浅はかなおふざけだ。
人によっては、
しゃがみこんでこっちを覗いてきたりもする。

さあ、
前半戦のその日、

5人はシャッター前にて、
ガガガおーぶんするシャッターの前にいた。


が、
開ききったシャッターの向こうには

・・・・・・・だれもいなかった。

悲しかった。

「ンだよ!」
などと言いながら、
メイクに戻ったのを覚えている。

それが・・・・

昨晩、
シャッターが開きゆくときに、

見えてくるのは、
足、足、足、足・・・・


ひとけのない工場の前に、
人だかりができていた。

「噂をきいてきました」
「ネットで評判をみました」
「友人に勧められました」

参加者の数は急激に増え、
象席にてんやわんやしながらも、
幸せをかみしめていた。

幸せだ。

広がれ、
広がれ、

この、物語の輪。


■9月28日■
こりっちには、昔、何度も泣かされた。
期待した評価がもらえず、
読むのに怯えた時期もあった。

それが、いまはどうだ。

なんか、嘘みたいだ。
こんなにみんなが応援してくれてる。

何年か前、
公演の評判が絶望的に悪かった時に、


すべての意見に、質問をした。
「僕はどうしたら、もっと面白くなると思いますか」

みんなが、
優しく教えてくれた。

それまでは押しも押されぬ鼻っ柱星人だったけど、
背に腹は代えられない思いだった。
当時の末原拓馬は異常なプライドの高さと
最悪な気性の荒さで通っていて、

さらには自分の才能を信じ切っていたから、
他人の意見を聞くのがなによりも嫌いだった。

でも、

コクーンに行けないよりは、マシだ、と思った。


片っ端から質問して、
頭を下げて、

ぜんぶに耳を傾けて、
実践してみた。


そうしたら、
なんのことはない、

足りなかったのは技術や緻密さ、知識であって、

感性に問題があるとか、
そういうことではないのだと、わかった。

もちろん、それだけではなくて、
プロの現場で学んだことや、
いろんなことがあるけれど、
変わった。

カーテンコールの反応で、
自分の作品が成長したことは手に取るように理解できた。


すべてのひとに感謝。


「こりっちの評判を見てきました」
という方が数十人という現状を見て、

ほっぺたをつねりたくなる衝動にさえ駆られるのでした。




■9月27日■
台風の風が強く、
シャッターがガタガタと音を鳴らしていたのが、
間違いなく不気味であるのに、
どこか幻想的だった。
ちょっとした暗闇が、
異世界と通じる入り口にでもなってしまいそうな、
そういう感じ。

口にすることさえヨカラヌと言う、
あの、コッ○リさんを、
小学校の教室でこそこそ行う時の、
あの、

「なにか起きて、
起きた後には全員、別のものになってしまいそう」

めいた、
バンジー台に立たされるような緊張感。

演劇というのは魔力で楽しむものだ。
科学的に数学的に内容を解明しようなんて、馬鹿げてる。

ああ、もっともっと、観てもらいたい。

■9月26日■
毎日違う。
不思議だ。

考えてみたら本当に不思議だ、演劇って。

呪術や魔術のニュアンスさえ大きく感じる。
だって、やっているのは、言葉を吐いてるだけだ。
嘘物語りと全員が知りつつ。

それなのに、
一本の物語りを終えると、
人生がほんの少し変わっている。

すごいことだ。

昨日は、
ゴべリンドンの後ろの暗がりに、
99人の人間の影が見えて驚いた。

あらゆるものが不安じゃない。

俺らが物語りしてることが、
きっと、
この世界の何かを変えると本気で信じている。

ひとりでも、
ひとりでも多くの人と、
この物語りを共有したい。

どうかどうか、
いらしてください。

■9月25日■

芝居で世界を変えるために芝居をやっている、というつもりだけど、実は芝居しかできないし、芝居をしないではいられない。物語り。

送り仮名の「り」をつけるのは、ちゃんとこだわりで、

ストーリー、
という固定されたイメージではなくて、

物語り、

という、
とにかく動きあって存在しえるもの、というか、
そういうニュアンスが実はとっても大切なように思う。


「物語」は永遠に固定されたもの、
「物語り」は永遠にうごめき、膨張するもの。

ダイヤモンドのCMをみると、
大概、光を当てられてダイヤのほうがくるくる回ってる。

まわってるほうがいい、
キンキラキンならね。

止まってたまるか。

地球だって、
まわってる。


■9月24日■
雨。終演後には台風までくる始末。
開場前にアップをしながら
ケラケラ、雨乞いについて話してたら、

メイク中、本当に雷が鳴りだして度肝を抜かれた。

五日前まで、
暑すぎで気分が悪くなる人がいるのではと心配していたのに、

いまは、
タオルケットの準備をしなければならないんじゃ?
と頭を抱えている。

でも、
常々思うけど、
やっぱり演劇に重要なのは場所や環境ではない。

ギリシャ悲劇なんて、
何千年前だって話だ。
冷房はなかったはずだ。

というか、
そもそもはネアンデルタールな時代に
演劇ってのは始まっていたのように思う。

洞窟の中だったか、
炎を囲んでいたか、
わからないけど、

やっぱりいつだって、

物語りは、
神様的なものとつながっている

そんな気がする。

寒いから物語り、
熱いから物語り、
哀しいから物語り、
笑えるから物語り、
星がきれいだから物語った。


ちょっと、
生き物として謙虚な気持ちに、
なってみたりする。

だから、
毎日違ってしかるべきだし、

毎日大切で、しかるべきだ。

なんてことも、
思う。

■9月23日■
初の雨の中公演。

当たり前だけれど、
開場前の工場内は大騒ぎ。

予約が多かったこともあって、
もはやビールケースを並べるスペースもなく、
八割が桟敷。
布団を敷いて、
その上に、手作り座布団を並べるというスタイル。

とは言え雨だから靴を拭いてもらったり、
靴を脱いでもらったり預かったり、

いろいろな新たば事態で、
てんやわんや。

我々にはプロの制作がいるわけでもない。
「どうしたらいいのかな!?」
というインスタントな判断にすべてが託される。

本番は雨が世界観を重厚に深めたように思う。
怪しげで、幻想的な夜だった。

■9月22日■


俳優の名前をそのまま役名にしているのには理由がある。


俺らの人生がそのまま舞台に乗りたいから。


そんなの、わけがわからないけれど、
あくまで俺らは語り部、

語り部に、
役が憑依する、

それがベスト。


俺ら、
という存在は、
地球上にそれぞれ一人だから、
オリジナリティもヘチマもあるもんか。
完全にオリジナルだ。

いま、ここで、俺らにしかできない体験を積み重ねたい。
本当に本当に、そう思う。

小さいころに、
眠るときに、じいちゃんがしてくれた物語り、

アレは、
わかんないけど、
話の内容が立派だったわけじゃないようにも思う。

じいちゃんが話してくれたから、
いまも忘れないんだ。


■9月21日■
この作品を使ってなにができるだろう、
みたいなことを考えだす。

この物語を必要としている人に観てもらいたいとも思うし、
これで、何かが変わればいい。
漠然とでも、そう思う。

運命論なんて別に信奉してもいないkど、
ひとところにこれだけの人が集まったのも、
この語り部たちで、
この物語が生まれたのも、
やっぱり、
なにかしら宇宙的なミラクルが作用しているのだと思う。

「人生が変わりました」
とか言ってもらえると驚きながらもうれしくて、

これまた、
宇宙的なミラクルの片棒を担がせやがったな、

なんて、
空を見上げて、誰かに二ヘラ笑いたくなる。


■9月20日■
休演日開けのワンステージ。
当日券があまりに多く出て、
開演前、
「座席だ!座席をつくれーー!」というような大騒ぎぶり。

さらには、我々と同じ格好をした参加者まで現れるし、
(これには感激した!)

終演後にメグミママによって経営される
“バー・ゴべリンドン”も日に日に盛リ上がっている。



拓馬はやればやるほどに最高で、
興奮が冷めやらず、
深夜の3時にまた台本を開き、
「もしかして・・・」と今一度演技プランを見つめなおしてみたり。

そんな毎日。

一年に何回か、この作品をやれたらいいのに。

何万年でも紡ぎ続けたい。

回によって、
ぜんぜん違うのがわかる。

参加者の頭の中はこっちからは見えないけれど
参加者がなにかを想像しているのがアリアリとわかる。

だから、
回によって、

会場内の空気がぜんぜん違うんだ。

そう思う。

それにしても、
もっと宣伝をしたい。

■9月19日■
今日も奇跡が起きている。
オフ日だったけれど、仕事だらけなのであって、
それぞれがそれぞれの場所で働いた。

身体のバテを治す重要な時間でもある

拓馬は、
妙に物語のことが気になって、

目をつぶって、
いろんなことを考えたりもした

明日はもっと、

もっともっと、
やりたいんだ。


■9月18日■

連日連夜、仲間が増え続けている。

しめしめ。

「ここにいるみんなで紡ぎたいのです」
という話をするのだけれど、

これはかなり本当の気持ちで、

“同じ釜の飯を食った”
みたいな様子で、

“同じ物語を紡いだ”
仲間たちとは、もう他人にはなれない。

別に俺らはアイドルになろうなんて思ってないから、
参加者と語り部の距離はゼロで構わない。

公演が終わっても、
みんなとつながっていたい。

ずーとずーと、
知っていたいなあ

と、心から思う。

■9月17日■
小さいころから、
ウッドストックのステージに立っている夢を見ることがある。
CSNの次の出番だ。
ギターを抱えて、
舞台そででドキドキして、
舞台に出ていく。
広がる視界。大観衆。
なんだか下手くそな歌をわめく

そんな夢。

フジロックもサマソニも行ったことがないけれど、
自分のルーツは明確に、
幼いころに父の傍らでビデオを観たウッドストックライブにある。

何年か前、
道端で一人芝居を始めるようになってからも同じ類の夢はみたけど、

その夢の中で拓馬はギターを持たなくなった。
体一つで、立っている。

そう、40万人のヒッピーの前で、
拓馬は独り芝居を始める。

更にここ数年、
拓馬は五人で立っている。

仲間たちだ。

さらに、
広場にいるのは、おぼんろ常連の参加者たち。

ウッドストックが行われたのは1969年だし、
現代に同じことが行われていても、
もはや当時と同じ意味合いはないと思う。

だけど、
ウッドストックの舞台袖の緊張感、興奮、昂揚感、
トランス感、

それは、
枝川二丁目の廃工場の本番前でも、
持っていようと思う。

動員数は一万分の一だけれど、
だったら、

各々のエネルギーは
一万倍であるべきでもある。

そんなことを思いながら、
舞台に立つ。

■9月16日■
例えば、物語中、「シグルムの葉」というのが登場する。

これは、
「架空の葉っぱ、名前何にしようかなー」と執筆中に考えて、
ごめんなさい、ぶっちゃけ、
基本的には適当につけました。

『指輪物語』のトールキンなら、
それなりの言語学的こだわりを持ったのだろうけど、
拓馬にそういうこだわりはありません。

さて、それが、
ですよ。

稽古期間を経て、
本番を経て、

どんどんと、
実在のものになる。

わかりますでしょうか。

シグルムという言葉が、
語り部にとってはもちろん、
参加者の間で語られる。

これって、
妙に面白い。

なかった世界が、
実在してくるというのが、

なんだかすごすぎる。

シグルムの葉でさえ、
実在化するんだ。

「キンキラキンのラブ」
なんて、アッと言う間に、抱けるっつーの。


■9月15日■
マチソワ。

終演後にダブルでカーテンコールをもらって、
なんかどうしたらいいのかわからないくらい興奮して、
挨拶してハケたあと、楽屋でずっと震えていた。

褒められたから嬉しかった、
みたいな話ではなくって、

参加者の顔をみたら、
上演前と、ぜんぜん違う顔なのに気付いて、
膝が折れるようにゾクッとして、
涙が溢れてきた。

自分で脚本演出して、あんだけ大声出して演じているけれど、
まったくもって、
自分の想定を超えるエネルギーが、
工場内に溢れている。

陳腐な言葉では表現したくはないけれど、

あれは、奇跡、とか、
そういう類いのものなんじゃないかな、
なんて、

思いました。

それは、あの場に参加したみんなは
そう思ったんじゃないかしら。
そう、思っていてほしい。

芸術で、キンキラキンのラブで、
世界を変えていくことを、

おぼんろは諦めない。

■9月14日■
初のマチソワ。
暗くしようにも暗く成りきらない会場。
暗転も聞かないし、
照明効果を邪魔するもので、
当初は誰もが不安になっていたけれど、

やってみたらなんのことはない。
むしろ、もろもろ総合的に
素晴らしい効果を発揮したマチネ公演でした。

それぞれのステージが、
唯一無二のレアさであり、
打ち震えるほどに、ホーリーでありたい。

■9月13日■
3日目終了。
開幕当初と言うこともあってか、まだまだ客席は薄いけれど、
ほとんどの方が「また来る!」と言ってくださる。

コクーンまで同じ船に乗るんだ。
エンヤコラ。一緒に行くんだ。

そう考えると、
毎晩の出会いが本当に興奮に包まれている。
夢を、目標を共にする参加者たちだ。

もっともっともっと、出会いたい。
素敵すぎる。

まだ30ステージ以上残ってるけど、
「もうたったのそれだけ」だ。

体力はしょっぱなから結構シビアにギーゴ―ガ―してて、
レッドブルやポカリスウェットやらを、
油をさすがごとくこの身に注ぎ込む日々。

だけど、なんだろう。
先のことなんか考えない。

いままだエネルギーがある。
だったら今それ全部使う気で
できるだけダッシュしまくって、進んでやる。

後のことは、また考える。

きっと、進んだ先で、
その景色に興奮して、

またエネルギーが生まれるんだと思う。

いこうぜ!

三振上等。
フルスウィングしてやるんだ。

まだまだ俺ら、
宇宙の端っこだ。

ビビったりしてる、場合じゃねぇ。

■9月12日■
二日目終了しました。
こりっちへの書き込みありがとうございます。
大変に素敵なコメントをいただくことができて、
奮い立つようなエネルギーを得ています。

やっぱり、どうしても、
今回なぜこんな作品を書いたのだろうと思います。

あっけらかんとした作品なんかじゃまったくない。

でも、
拓馬は小さいころから、

宇宙で一番大事なものが何か、
みたいなことを、
一生懸命、考えてた。


震災後もそうだし、
そもそもが、
なんか憂鬱って言葉には向き合わないといけないみたいだ
人間は。


心が弱いからみんな苦しむんだ、
みたいなことを言う人もいるけど、
そんなこともないように思う。

何千年も前にギリシャでガンガン悲劇が書かれた。
旧約聖書だって、戒めという意味合いは強いけど、人間の業のことがとくとくと。
仏典だって読み解けば、そんな話でいっぱいだ。

人間の本質は、物悲しいぜぃ、て、

そこには、
実はすっごく普通に、別に共感してやってもいい。

でも、
悪いけど、

「諸行無常のコトワリ」なんかには唾を吐く気で生きてる。

なにもかも過ぎ去るにしても、
そいつらは大したもんじゃない、なんてこと、あるわけがない。

「現世ってのは苦しみのことだ」、
には賛成しない。

かと言って、

「現世ではがんばらないで楽しんだもん勝ち」、
にも、ちょっと、全面的には賛成してない。

「人生は苦悩に満ちている」
は、拓馬にとっては、
「バスケの練習は苦しいぜ!」
くらいのことでしかない。


試合に勝ちたいなら、走り込みをするしかない。

人生も、そんなシリーズに違いない。

だから、
大切なものってなんだろ、


みたいな、
そういうことを知りたくて、

この作品と寄り添います。

なんのこっちゃ!なことを書いてしまったけれど、


人生を賭けて取り組んでる公演だもの。
本気で熱くなってしまうこと、許してほしい。

■9月11日■
初日が空いた。初日が空いた。

自由行動が基本原理な我々には似つかわしくなく、
倫平さんが開場前に「集まろうぜ」と言って、集まった。

円陣、てやつ。
なんか、拓馬も、今回は、そういうの、
やってみたいと思ってた。
でも打ち合わせなしでやったから、
拓馬が

「おぼんろー!ファイ!」

と言ったのに対して、

「おー!」
「トー!」
「ふぁいちゃー!」
「おぼんろー!」

と各自の言語センスでレスポンス。

それでも気合は入った。

ハッキリ言って、
物語りは、
初日で完成したように思う。

我々は、「役者」ではなくて、
「語り部」というオシャレな名前で名乗っている。

こどもがいなければベッドサイドストーリーが完成しないのに、似ていて、昨日、参加者の前で物語られて初めて、工場の中に沼の魔力が満ちた、という感覚でした。

もっともっと、たくさんのひとが観に来てくれたらうれしいです。


業務連絡です。
本当はひた隠しにしたいのですが、
会場内、非常に気温が高いです。
早急に対策を練っていますが、

薄着でくる、うちわをご持参いただく、
凍らせたペットボトルを・・・・

など、
大変申し訳なくもあるのですが、
それぞれのスタイルでご参加いただければ幸いです・・・

初日ご来場ありがとうございました!

めくるめく一か月の始まりです。

■9月10日■
通し稽古気味で場当たりをし、
夜は本番と同じ時間帯でゲネプロ。

工場と言う環境は諸々のスタッフを存分に苛め抜く。
照明は吊りにくいし、
美術は単純に、スケールが大きく、
音は反響する。


さらには、観客からの距離はすこぶる近い。


俺らはおぼんろの芝居にはもはや慣れているのでなんとも思わないけれど、フと冷静になって、今回初めておぼんろを観る人はずいぶんと驚くんじゃなかろうかと思う。演者だって、初めて参加してくれたときには「は?」と言う態度だった。

でも、やっぱりどう考えても、自分としてはあらゆるスタイルの演劇及びエンターテイメントよりもこれが面白いと思う。これは自惚れでも何でもない。面白いと思うから、追及したのだから。

宇宙の誰一人、俺に演劇をやることを強要はしなかったし、「こういうスタイルにしろ」とは言わなかった。自由な選択肢の中で敢えて、この形で演劇をしている。


おぼんろ演劇は、狭さにこそ意味もある。
だもんで、生産効率の悪さたるや半端じゃないけど、問題ない。

今回も1546人という目標が立った時に、
効率を重視するならば明らかに300人規模の劇場を借りたほうがシンプルでストレートで、リスクも少ない。

でも結局、
狭い空間で、34ステ―ジ公演を繰り返すことを選んだ。

「そのほうが面白い」、
という演出家的な判断でもある。

誰かひとりにとってでも構わない、
生涯の記憶になれたら、成功だ。

前日も、結局深夜までかかって作戦を立てる。
徹夜で作業をするスタッフも何人もいてくれた。


出陣だ。
絶対に、勝つ。

仲間の皆さん、
勝ちましょう、俺らで、この公演。


■9月9日■
奮える。

何も怖くない。
怖くならせようって脅かしてくるものはいくらでもあるけど、

間違うはずがない。

みんなを喜ばせたくて、
ただひたすら、心を込めて準備をしてる。

プロフェッショナリズムを疑われたくはないのだけど、
馬鹿にしてるわけじゃないけど、

おぼんろは、
会場全員でやる遊びだと思う。

遊びに失敗も成功もない。

学校の怪談。
それの、
ガチ本気バージョン。

楽しみだ。

■9月8日■
ああ、本当に始まるのだ。
めくるめく闘い。

準備は
砂浜の準備体操のようにまどろっこしく、
そして恋人のためにクリスマスのプレゼントを買うみたいに興奮に満ちている。

兼ねてから言っているように、
おぼんろは修学旅行の夜型演劇だ。

真夜中、先生の巡回が終わった後に、
ムクリみんな布団の上に胡坐をかいて、
顔つき合わせて、
懐中電灯一本つけて、
お菓子をつまんでもいい、
「まずは俺からね・・・・」
と話し始める。

「これはね、ばあちゃんがこどものころに本当に体験した話らしいんだけどね・・・」

と、怪談話が始まる。

だんだん、
部屋の隅に、
妖怪が見えてくる。

窓の外には無限の世界が迎えに来ている。

身体を寄せ合って、
一緒に笑って、
一緒に想像をする。

「この物語ね、ゴべリンドンの沼って言うんだけどね・・・」

一緒に、
物語りをしに来てください。

人生を変えるのは、
一万円のフランス料理じゃない。

俺らとあなた、
場所と、時間さえあればいい。

ちっとも美しくないことが、
最高に、美しい。

そういう美学で、
やっています。

■9月7日■
本当のことを言うと、
どうして今回こんな物語を書いたのかが、
いまいち、わからなかったりする。

拓馬は誰かの贈り物であるときしか物語りを思いつかないのだけど、

今回は、
たぶん、自分としても、

なにか強いものが欲しかったのだろうとおもう。

一筋縄で、
あっはっは、と終われないものを書いてしまい、

折しも「メジャーになろう!」的なことを一心に考えているタイミングで、これまたどうしてこんなものを書いたのか?

みたいなことを考えている。

そのあたりの、

自分の思考と、
自分の深層心理とのズレには、

必ず理由があると思うわけで、

それなりに、
やむにやまれず書いたからには、
その理由と言うのは、かなり重要なものだとは思うのです。

そのあたりの謎を解くために、
あれこれと演出を考えるのであったりもします。

■9月6日■
衣装パレード。

おぼんろの衣装は、
貧乏チームならではの、
【捨てられるような布、服を寄せ集める作戦】

「衣装が独特な世界観ですね」
と言われたときは、ドキッとする。

いまは、
おぼんろのテイストと呼ばれているものの、

もともとは、

一番安い服を探したら、
リサイクルショップの婦人服だった、
というところに端を発している。

一着100円以下だってザラにあったのだ。
劇団が破産したときにやむにやまれず、工夫で乗り切ったものが、今や「おぼんろの世界観」になっている。

実はこれが、相当に嬉しかったりもする。


衣装には魂が宿ると思う。

なんとなく小さいころから、
田舎に帰って祖母の大切にしていた箪笥をみては、
そう思ってきた。

布が高級だ、とかそういうことはわからないけど、
要は、思い入れの問題だと思う。


稽古もはかどってきている。
みんなが本当にカッコいい。

拓馬はちょっとのことで

大笑いしながら、
大泣きしながら、
頭を抱えながら、
大はしゃぎで飛び回りながら、

稽古場にいさせてもらってる。

とどのつまり、
情緒が不安定なのだ。

恋をしているのに、
たぶん似てる。

■9月5日■
参加者のみなさんとは遠距離恋愛です。
もう数か月もお会いしていない方ばかり、
私の心はたしかに虚ろで、
なにをもって元気になればいいのかわかりません。

唯一、次にあなたにお会いできるときのために、
いそいそと準備をするのが、

それは、
その作業自体は非常に、
冗談ではないほどに可酷であろうとも、

わたしはそのときに胸が高鳴るように幸福を感じるのです。

あなたはちゃんと喜んでくれるでしょうか。

あなたが好きだったものはなんだったかしら、
などと思いめぐらしながら、

変わらぬ私を、
変わった私を、観ていただきたくて、

昼も夜も、
あなたのために恋文を綴り続けているような心持です。

まだお会いしたことのないあなたのことも思っています。
私たちが、
あの汚い工場で、
どうやって恋に落ちるのか、
あれこれ想像しては眠れぬ夜が続くのです。

■9月4日■
ハッピーな作品が、
ギスギスした現場からは生まれないと思います。

生まれたとしたら、
それは、嘘です。

だから、努めて、ひとを愛することも必要です。
嫌うのは簡単、愛するのは、場合によって困難。

今日、偶然、

中東の兵士が、
黒焦げになった息子の死体に
最後のキスをしている写真を観ました。

人殺しの戦争のシステムがシンプルだとは
もちろん思わないけれど、

根本的には、
誰かが誰かを、
憎みそうなところをがんばって愛せれば、
もう少し、なんとかなったんじゃないかと思うのです。

それは、
俺らの日常の、どこまでもミニマムな事情でも、
遠く離れた空の下の大泣きの人殺しの事情でも、
根は同じなんじゃないかと思うのです。

で、そんなこんなで、
21世紀の科学な時代に、
ラブだとハッピーだのって、
どこまでもアナログな言葉を紡ごうと覚悟を決めました。

お芝居は虚構だ、というのはもちろんそうでいいのだけれど、

おぼんろの場合は、
本当に俺らが1546人に向かっていたり、
本当に工場を劇場に造り替えたり、
本当にお金ではなくて参加者の笑顔に価値を感じていたり、

そういう、
本当の何かがにじみ出ているような場でありたい。

だから、

愛を語るからには、
愛に溢れていたいと思うのです。

ポーズだけの愛は、
Jポップに任せればいい。いくらでもあふれている。

■9月3日■
舞台稽古。

もう一度、頭をの中をチャラにしてみる。

なにせ、稽古場や自宅の机で計画してきたことと、
工場内に生まれそうな世界とは、

ぜんぜんスケールが違う。

頭の中のプランに合わせる、
なんて、この場合に関しては良いことじゃない。

まだ7日ある。
その場所でできることをアレコレ考えて、
いまいちど、可能性を探る。

■9月2日■
6時半に倫平さんのうちに集合し、美術家のところを周り荷物を積み込み、劇場へ。そこから、ボランティアで集まってくれた仲間たちと、大掃除!7時間、とりあえず、渾身の思いを込めて、大掃除!近隣の工場の方から様々なものを貸していただくなど、どこまで行っても愛情に支えられた公演(><)

差し入れでいただいた弁当のおいしさに大興奮したり、これでもか、というほどに夏合宿っぽい時間が流れる。工場を大改造し、だんだん、空間に、演劇にとって本当に神聖な空気が漂い始める。

夜から合流したスタッフによって、劇場はさらにどんどんと凄みを増す。照明の仕事が完了したのが深夜三時。音響完了が5時。美術完了が6時半。

拓馬が帰宅したのが8時半。

すぐまた、今日の稽古に向かうが、
どうにも、眠気が大したことない。
興奮しすぎている。

早くみなさんをお迎えしたい。
真摯に、準備してお待ちしております。

今日のファイトが、かならず成功につながると信じて。


■9月1日■
朝から演出プランを検証し、

衣装探しにでかけて、全員分の衣装を決めるべく、女性用の服を延々と着たり脱いだりした、試着室。これは、誰かが間違えてカーテンを開けてしまった場合、確実にあらぬ誤解を受けるし、「ぼ、ぼくは演出家なんです。お芝居をするんです、その、工場で。ゴ、ゴべリンドン。そう、ゴべリンドンの・・・沼なんです」と事実を話せば話すほどに嘘だと思われるなあ、などとビクビクしたのでした。

稽古は予想以上に収穫アリ。ふつうに思っていたはずのシーンが輝きを得る、キャラクターが、ゾクッと息衝く、そういう瞬間が、たまらなくうれしい。

稽古場をバラシ、トラックに荷物などを積み込み、そのまま工場へいき、明日の大掃除に備えて、小掃除。これがまた、ヘビー。

「工場でふざけたら殺す」と工場につく寸前に倫平さんに言われたのが印象的でした。ふん!主宰に向かって失礼な!と思ったのだけれど、ふざけてカーナビを触ってよくわからない画面にしてしまった直後だったから、黙っていました。

プロの清掃業者のいでたち(ナウシカめいたマスク、ゴーグル、強靭な清掃マシーン、など)で、何年も使われていなかった工場に降り積もった埃たちと闘う僕らには、「バスターズ」という名前が似合っていた。

拓馬は家で仕事があるので終電で帰宅。
明日は6:30に高橋家に集合。

これー!寝れないよー!

でもなんで?

こんなにワクワクしているよー!

はやくみんなに会いたいよー!

わーーーー!

あーーいーーにーーー
きーーーてーーよーーーーーー!!!

■8月31日■
「俺、演劇嫌いだもん」て言う先輩にはたくさん出会った。
ロックなつもりなのか知らないけど、
格好をつけてそんなこと言うような人間に
拓馬はなりたくないと思った。

「俺、音楽嫌いだもん」
と言うミュージシャンがいたら、
そのひとに音楽の神様は何もくれないと思う。
だから、俺はその人の音楽は聴かないと思う。

社会的地位、みたいのは気にしない。
よかったことがないから、
悪いことにも気づいてないのだとは思うけど

張り裂けるほどに、張りつめるほどに、
胸を張って物語りをしてる。

それでも、

“生活できるだけの収入を年中安定して得られること”
を仕事と定義づけするならば、
俺らは演劇を仕事にできていない。

でも、

確信がある、だから続けている。
愛しすぎてる、だから続けている。

そろそろ奇跡を起こしてもいい。
2012年に、起こしてもいい。

マヤ歴では世界が滅亡するかもしれない一年だもの、
おぼんろ歴で、大革命が起こったって誰も怒らないでしょ。

荒通しをした。
キャストよりも多いスタッフに見守られて、
作品の魔力を体に吸い込んだ。

呑み込まれたい。
24時間全部、身も心も、
あなたに、作品に、捧げます。

■8月30日■
第二稿を渡して稽古。
二日間、
サバの味噌煮か?と見紛うほどに缶詰めいていたため、
シャバの空気が無条件に胸をくすぐる。

台本の改訂は成功。
作品が前よりもエネルギーを得たことが、
やっていて確かにわかる。

さあ、明日31日は通し稽古だっぺ。

八幡山のオバケの我々の秘密基地も、
9月1日まででバラシて、

2日からは特設劇場での稽古になる。

張りつめた緊張感と、
ペットボトルのコーラを振りに振った後にふたを開けたみたいな爆発的膨張感と、

そういうものが心のうちに共存しています。

■8月29日■
今日はオフ。稽古開始から、最初で最後のオフ。
先の予定を決められない拓馬が、
前日に決めたオフ。
オフとはいっても、
「集合しない」の同義語でしかない程度の、オフ。

それぞれが、それぞれなりに稽古をし、
作業をする。

拓馬は今日は、なんだか、
静かに、静かに、
この公演をやる意味について考えていた。
考えるために、
どうしても疎遠になっている最近のニュースを、
今一度ゆっくり読んだりもした。
楽しいことばかりが書いてあったわけじゃまったくなかったし、
代わってあげられないことが苦しくなるような事件も多かった

笑ってたいな、と思った。
笑えることが起きるから笑う、というんじゃなくて、
笑う、てのはなんか、練習すればある程度上手になるきがする。
最悪、「アハハ」て、カタカナ発音でも、口に出してみれば、
いくらかマシな気がする。

不謹慎なんかじゃない。
真摯に真摯に、笑っていたい。

■8月28日■
今日は、全編を三分割して、
ほぼほぼ通した。

つなげるとわかってくることは、もちろん多大にあるわけで、確実に興奮した。役作りって、ある日突然、ガコンとギアが変わる日がある。今日も、そんな日だった。ぐぐぐ、と、世界の見え方が素敵に変化した。

稽古後22:30からスタッフ打ち合わせで、渋谷へ。

スタッフサミット。

かつては怖くてビクビクしていたこの人たちが、
今はこんなに、
大好きすぎるだなんて、
人生って本当に最高だ。

なんてことを、思ったのでした。

美術案も、ああ、なんか、
本当に、いいの!

■8月27日■
工場に見学に行く。
とにかく特異な場所なので、
現場でのインスピレーションを鍵にしたい。

屋根がトタンなので、雨が降ればダダダダとやんちゃなパーカッションがなり続けることも間違いないし、当たり前だけど劇場ではなくて、半分は屋外みたいな空間だ。天気によって室内温度は素直すぎるほどに左右される。

こういうところで物語を紡げてこそ、おぼんろ。

仕方がないから工場なのではなく、
工場でしかできないと思ったから、工場。

ぴかぴか光る一万円のオモチャで遊んでる子供と、
捨ててある空き缶で遊んでいる子供と、
どっちが楽しいかなんて、

誰に判断できる?

もちろん、一万円のオモチャが欲しくて欲しくて仕方がなかったけど、

でも、缶を蹴りながら、いくらでも遊べた。
時には缶も見つからず、
ただただ走り回った。
靴を遠くに飛ばすゲームで何か月も興奮できた。

遊びには魔法が必要だ。
ぴかぴか光るオモチャは魔法を持ってる。

でも、オモチャがないひとは、
自分で魔法を使うしかない。

公園が大海原に変わるように、
宇宙空間に変わるように、

なにかしらの怪人に化けたり、
なにかしらのヒーローに化けたりして。

そう考えると、僕の語り部歴は25年くらい前には始まっていたと言います。長いんです、この道。

汚い工場だからこそ、

魔法、
使えます。
あなたにも、使えます。

しばらく使ってこなかったあなたは、
錆びたその能力を、
取り戻しに来てください。

■8月26日■
稽古もさることながら、合間に挟まるスタッフとの打ち合わせが心地よい。ふわふわと、綿あめみたいな幸福感と安心感に浸ってしまう。

照明の伊藤孝さんは、実は拓馬が演劇と言うものを初めて一番最初に出会った照明家。「先輩たちが仕事をお願いしている、恐れ多い方」と、今や一緒に打ち合わせているのだから、思えば遠くへ来たもんだ。

音響の志水れいこさんも、そうだ。でもこの方は、先輩な割に見た目がどう考えてもタメか年下にしか思えないため、平伏すと言うよりは、いつもファミレスでご飯を食べながら打ち合わせだったりする。安心する。

全スタッフ自慢をしたいのだけど、小出しにしたいから、今日はここまで。

工場、という辺鄙な場所で公演を行うことについて、
「めんどくさい!」的なニュアンスで叱ってくれながらも、

実はすっごくすっごく丁寧に作戦を立ててくれてるのを知っていて、
拓馬は、だから、綿アメに包まれたみたいに、
嬉しくなっているわけです。

■8月25日■
時間がアッと言う間にすぎる。
スウィートパラダイスに行った時みたいに、
あっちも幸せ、
こっちも幸せ、
って、いろんなシーンをやりたくなる。

やればやるほど、
場面に霊力が宿る。

それなりに、
それそれの役者に、進化を期待してる。

拓馬は、
サヒガシりょういちと、わかばやしめぐみと、
高橋倫平と、藤井としもりに育てられたのに、

彼らの演出家である、
という、複雑怪奇な役職でもある。

でも、
話を聞いてくれるから、
嬉しくて、話すと、

すっごく素敵な演技をしてくれたりする。

相変わらず、
甘やかされています。

えへへ。
■8月24日■
稽古二日目!
稽古プランを持って行っての開始だったけど、
稽古場でアドリブな感じで変更。

一日でかなり物語が動いた。

思えば我々もチームワークがよくなったなあ!という感激。


この時代にやる、という意味を感じる。


うちの場合、
「日常がちょっとおいしくなればいいや」、
というオヤツ感よりも、
「ばあちゃんの干しイモ」だとか、
「5歳の誕生日のときのママの手作りケーキ」とかのほうが、
理想のイメージは近い。

さらには、
戦場で瀕死の兵士が泣きながら食べた一切れのパイナップル
(本当はリンゴを、シェフが必死で加工したもの)

みたいな、そういう風なものを創りたい。

「あなたたちは病んでる時代に生まれた」、
と教えられた。
匿名で好きなことが書ける掲示板をみてみろ、
際限のない悪意に満ちて、平気で無責任に他人を傷つける、
人類に関しての見解は、性悪説に立つのが正しい。
らしい。


そんな中、
あえて、
嘘八百の夢物語を、

シャーシャーとやる。

やるべきと信じることができるから、
こんなに必死になれるわけで、

必要だ、
と、日々、感じる。

世の中の醜い部分
人間の弱さや、負の感情を目撃したり、
体験したりする度に、

物語りの大切さを、信じる気持ちになる。

■8月23日■
稽古初日!

顔合わせと本読み。
顔合わせとは言え、もう顔もみたくないくらいに顔なじみな五人だけれど、しっかりテーブルに座っていろいろ話す。

我が目の上のたんこぶたち。
全員が、平伏すほどに先輩だ。
目の上のたんこぶどもは、
いつだって拓馬に最高のアドバイスをくれる。

本当に主宰でいいんだろうか。
悩んでいても仕方がないので、稽古を進める。

本読み。
その後、ダメ出し、アイデア出し、ディスカッション。

やっぱり、みんながいると最高だ。

■8月22日■
台本が完成したのは午前三時半。
400年上演される物語が生まれた瞬間じゃないなんて、
誰が言いきれる。

そこから京都にいるとしもりさんと打ち合わせ。

修正。修正。

寝る。起きる。

朝から演劇三昧。

夕方には特設劇場となる廃工場に、サヒガシさんと共に赴く。
演出助手のセレナ(本名)も来る。

演出プランのアイデアを出し合う。

眠すぎて眠れない。

明日からは稽古。

■8月21日■
「こ、こんなはずがない!」というくらいに集中力がある日。

「音楽が立体的に聞こえるぜ~」とか言ってしまいそうなくらいのブッ飛び方の精神で、余り紙の裏にボールペンでぐちゃぐちゃと下書きを書いて、読んで、それをタイピング。を繰り返すのだけど、ほんっとうに整理整頓が苦手なくちで、大切な言葉を書き込んだはずの「紙たち」が部屋のあちこちを逃走。

どこだ、この先の展開どこだー!

と、執筆をしながら宝探しゲームができるというエコロジーな状態。

ずいぶんと、入り込んでしまう作品である。

今夜中に書き終わるような気がしている本当はもう8月22日な午前1時。座りすぎで背中が痺れています。

■8月20日■
昨日まで参加していた
『MACBETH』という舞台が千秋楽を迎え、

いよいよ本気で執筆を完成させる。

この公演に賭ける意気込みがありすぎて、
集中力がプレッシャーに誘拐されることもしばしば。

仲間はさすがに拓馬の扱いには慣れてきたのか、
やんわりと催促はするけど、
豆腐を扱うみたいに気遣ってくれる。

その優しさに応えたい気持ちがさらにこの胸をドキドキさせるという幸福な悪循環の中を旭山園の大きな動物のように遊泳中。プレッシャーの先にしか栄光がないことも知っている。

昨日までのがだれがどう見てもプロフェッショナルな現場だったこともあり、脚本家もちょっと有名な人間だったため、対抗意識が澱のようにミルフィーユしてきて、喉元までつみあがりつつある。

気付いていなかったけれど、
そうだ、

僕はどこにも今回のあらすじというものを掲載していない。

大丈夫、
僕が書いてるんです。

ひたすら愛に満ちた、
死んでも死にたくないや、
と終演後のあなたに思わせる作品を書いています。

存分にご期待ください。

この日誌はこれから毎日更新します。

どうぞ、
参加者の皆さんも、一緒にモチベーションをあげてくだされば幸いです。僕ら演者だけで勝てる闘いには、どう考えてお思えませんので。


■8月6日■
作品のことを考えて頭が大混乱し出す。ここでやめると、負け戦。
身もだえしながら考え続けると、いつの間にか、思考は進んだりする。
とにかくまずは執筆。急かされるから、ではなくて、本当に早く動き出したい。






その他注意事項
スタッフ  
演出助手 西川高史・茅野奏 
美術・小道具 竹邊奈津子 
音楽  末原康志 
音響  志水れいこ
音響操作 山下沙織
スチール 三浦麻旅子  
フライヤー制作 福田沙也果
フライヤーメイク 小島奈津希
フライヤー写真 菅原愛

企画製作・おぼんろ

[情報提供] 2012/07/26 17:21 by 末原拓馬

[最終更新] 2014/03/31 19:29 by 末原拓馬

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チケット取扱い

この公演に携わっているメンバー9

まつのぶ。

まつのぶ。(3)

記録映像お手伝いしました。

シホ

シホ(0)

こんなに素敵なことがあっていいのかしら。 おぼんろが...

藤井としもり

藤井としもり(0)

1500人の仲間を出迎えるんだ その僥倖に襟を正...

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