公演情報
「5月35日」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/08/16 (土) 14:00
座席1階
Pカンパニーがこの作品を最初に演じたのは2022年。それから3年で再演が決まり、前売りチケットは売り切れているという。どれだけこの作品が支持されているのかが分かる。中国政府の言論統制はどんどん進み、比較的自由だった香港も中国政府の抑圧が強まるばかり。この作品は今、日本でしか見られないのだ。初演の熱量は鮮明に覚えている。あの感動をもう一度味わいたくて、吉祥寺に出かけた。
やはり、劇団代表の林次樹と竹下景子の熱演に尽きる。竹下が演じた「天安門の母」は脳腫瘍で幾何の命もない。彼女の魂に引っ張られ、林演じる夫は、5月35日、すなわち天安門事件があった6月4日に母国の軍隊に殺害された息子の弔いを事件現場の天安門広場で行うという計画を実行しようとする。
中国では今も、この事件に関する報道はおろか、ネット検索もできず完全に歴史から抹消されている。30年以上たち、事件のことを知る国民は圧倒的に少ないと思われる。劇中でも余すところなく描かれる政府による言論弾圧、歴史の抹消が中国では今も進行している。
だが、これは中国だけのことなのか。2022年の初演の口コミでも書いたが、自由な言論が保証されているはずの日本はもはや対岸の火事ではない。「南京事件などなかった」「沖縄・ひめゆりの資料館の記述は歪曲されている」などの発言は今や国会議員レベルでも横行し、それを真に受けたひとたちの投票行動が選挙に反映され政治を動かしているのだ。政府に都合のよい方向で。中国とどこが違うのだろうか。
だから、今Pカンパニーがこの演目を再演し、それが連日満席になっているという姿に少し勇気づけられる。政府にとって都合の悪いことでも、「日本人ファースト」に都合の悪いことでも歴史的事実を忘れてはいけないのだ。
主人公2人の演技の熱量は、初演より大きくなっている。戦後80年の夏に目撃したい。
実演鑑賞
満足度★★★
2019年1月下旬北京、タクシー運転手のアダイ(林次樹〈つぐき〉氏)とシウラム(竹下景子さん)老夫婦が暮らす家。アダイは大腸癌の手術を受け、ストーマ(人工肛門)を装着している。使い捨てのパウチ(排泄物を溜める袋)の在庫を確認するシウラムには脳腫瘍が見付かっており、余命3ヶ月との宣告が。死ぬまでの間に持ち物を整理し、自分がいなくなってもアダイが生活できるよう準備してやらないと。その現実が受け止め切れないアダイは「まだ何か手があるんじゃないか?」と話を逸らす。医者の判断ミスだってあるし、まだ絶対死ぬって決まった訳じゃない。シウラムは死んだ愛する息子ジッジの遺品整理に手を付ける。彼が18歳で亡くなったのは30年前、1989年6月4日天安門広場だった。
開幕時、林次樹氏の演技が少し過剰な気もしたが、竹下景子さんを際立たせる為のアクセントなのだろう。竹下景子さんは完璧だった。70代の丁寧な動作の老女から、鬘と化粧を少し変えただけで40代の激昂する女性に。(歩けなくなる程弱り、記憶の混乱が起きるシーンの時だけもみあげにピンマイクが見えた。細かい拘り)。そしてカーテンコールでは嘘のようにスタスタ普通に歩く姿。何処までが演技なのか?全てが「ザッツ竹下景子」。たっぷりと堪能した。是非全く違う役柄でも観てみたい。
下手にある漆喰の壁に囲まれた亡き息子ジッジの部屋。蚊帳のように照明によって透けて見える仕様が効果的。30年間、生きていたそのままに保存された空間、それはシウラムの止まった時間。
失脚した毛沢東が劉少奇から権力を奪還する為に起こした文化大革命(1966年〜1976年)。その混乱に巻き込まれた当時の学生達は進学の機会を奪われた。学問よりも労働が奨励された時代。勉学に心残りがあったシウラムは息子のジッジに夢を託す。裕福ではない家で出来得る限りの教育を与え、アダイが2ヶ月分の給料をはたいて買ってやったチェロ。ジッジは優しい性格で勉学に秀で音楽の才もある自慢の息子。自分達が体験できなかった理想の青春時代を代わりに実現してくれている!そんな彼がある夜両親に告げる。「自分には音楽よりも今やるべきことがあるんだ」と。
当時、中国の改革に前向きだった胡耀邦(こようほう)、肩書は総書記だったが実権を握っていたのは鄧小平(とうしょうへい)。1987年民主化に理解を示したとして失脚させられ、1989年4月急死。胡耀邦に未来の希望を抱いていた学生や市民達が天安門広場に集まり千人規模の追悼集会を開く。その集会は終わらずどんどん中国全土から人が集まって来て3万人以上に。この流れに恐怖を抱いた鄧小平は戒厳部隊を送り込み武力で鎮圧。6月3日深夜から4日にかけて戦車の突入と機銃掃射により3千人から1万人が虐殺されたと言われる。この事件は国家的に隠蔽され、未だに誰も触れてはいけない禁忌。世界的に報道された事件だったが中国国内では誰もが口をつぐむ。事件についての情報や「6月4日」はネット検閲される為、人々は「5月35日」など隠語を使うようになる。
昔書かれたディストピア小説みたいだがこれが今の中国の現実。参政党政権になって治安維持法が復活した暁には日本もこうなるのか。